婚約破棄された令嬢は、隣国の皇女になりました。

瑞紀

文字の大きさ
20 / 39

皇女の決意

しおりを挟む
「あのー、ちょっといいっすかー?」

 突然、間の抜けた声が飛び込んできた。知らない男の人の声。安全だと思い込んでいた自分の領域に人が入り込んできたことで、反射的に身体に力が入る。

「何の用だ、エド」
「いやーお邪魔して申し訳ないっすー。いつまでもイチャついて話が進まないんでー」
「ちゃんと進んでるだろ」

 失礼しまっす、と軽い調子でことわって部屋に入ってきた男を見て、力が抜けた。

 男性は、どこからどう見ても、ポピーにそっくりだった。そういえば、兄がいるとポピーかジェシカが言っていた気がする。

「見ればわかるかもしれないんすけどー。自分、ポピーの兄で、エドって言います」
「エドさん、ですね。はじめまして」
「初めて、ではないんすけどね、まぁいいっす。で、ラブラブしてるとこ悪いんすけど」

 ラブラブなんて、と言おうとして、私の手がフィンリーの服のすそをつかんでいたことに気がつく。あわてて手を離した。

 フィンリーの方から小さく舌打ちが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。根っからの王子様といった雰囲気の彼が、そんな粗野なことをするはずがない。

「エド」

 隣から地をはうような低い声がする。やっぱり気のせいではなかったのかもしれない。さっき私が傷つけてしまったからなのかも。

「いやわかるっすけどー。ぼさっとしてるとパーティー始まるっすよ」

 フィンリーは口を閉ざした。ものすごく不機嫌そうだけど。

「皇女サマ、今からする話は断ってくださっても構わないっす。一応伝えときたいだけなんで」
「エド、その話は」
「皇女様にも知る権利はあると思うんすけどねぇ」

 何がなんだかわからない。でも、蚊帳の外にされるのは嫌だ。教えてほしい。フィンリーだけに背負わせるなんて。

「教えてくれませんか?……仲間外れは、嫌です」

 フィンリーが、クソ、と毒づいた。さっきから見たことのない面ばかりが見れて、嬉しくなる。こんな一面があったなんて。

「愛しの姫君に頼まれちゃ、断れないっすよね?」
「必要のないことをグダグダと喋るな。あとお前は口出しするな」
「わかったっすよ、自分は静かにしときます」

 本当に仲が良いのだな、と思うと、自然と笑みがこぼれた。改めてこちらを見たフィンリーが、ハッとする。

「フィンリー様ぁ、お・じ・か・ん」
「わかってるから黙っとけ……」

 アイリス、とフィンリーが呼んだ。

「なんでしょう?」
「巫女姫、というものを知っていますか?」

 この間勉強したばかりだ。

 双子神から生まれたのは、実は初代皇帝だけではない。彼には双子の妹がいたのだ。

 兄妹の仲は良好で、皇帝となった兄は太陽神の声を、巫女姫となった妹は月神の声を聞いて、国を導いたのだという。

 伝承にしたがって、この国には皇族の女性から誰か一人、巫女姫を選ぶというならわしがある。そして現在、皇族の女性を名乗れるのは私一人だった。

「はい、存じております。……もしかして、私が巫女姫に?」
「ええ、あくまでそういう選択もある、という話ですが」

 フィンリーは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

「巫女姫は宗教的な象徴ですから、皇后と兼任されるとなるとかなりご多忙になります。それをフィンリー殿下……じゃない、陛下は心配なさっているのですよ」

 ずっと沈黙を貫いていたポピーが言った。横目でフィンリーの顔をうかがうと、変わらず怒って……いや、拗ねている様子だ。

「……どうしてもあなたがならなければいけないわけでは」
「けど、巫女姫なしってのも困るっすよね。他に候補いないのにどうするんすか?」
「そ、それはそうだが、何とかできるだろう」

 何となく話が読めた。つまりこういうことだ。

 この国には巫女姫が必要で、その資格があるのは私だけ。でも、私を案じたフィンリーは、私を巫女姫にすることに反対している。

 それなら私の答えは決まっている。

「私、やりたいです。巫女姫のお役目」

 帝国のために必要ならば、喜んでこの身を捧げるのも皇族の務めだろう。

 何より、少しでもフィンリーの役に立てるのなら、やりたいと思った。お役目を果たせば、彼にふさわしい女性に近づけるかもしれない。

 本当は、身を引く方が良いのかもしれない。でも、それはしたくない。それなら覚悟を決めるしかない。

「アイリス、無理をしなくてもいいのですよ」
「無理はしていません。私にも果たすべき役割があるのでしょう?」

 フィンリーは眉を寄せた。

 ワガママを言ってごめんなさい。だけど、あなたの役に立ちたいの。

「……わかりました。正直なところ、そうしていただけると助かります」
「ここはもう、私の国でもあります。もう少し、頼ってくださると嬉しいです。……夫婦になるのですから」

 そう口にしてから、血の気が引く。今私はとんでもなく図々しいことを言ったのではないだろうか。

「あ、あの、今のは忘れてください! 過ぎたことを」
「なぜですか? ……嬉しかったですよ、すごく。ありがとうございます」

 フィンリーが照れるから、私にまで伝染する。何も言わずに二人して赤面する。

「あのー、マジで時間やばいんで。もう行った方がいいと思うっすよ」

 エドさんの声に急かされて時間を確認した私たちは、あわてて最後の身支度を整えて、会場に向かった。

「これが終われば時間がとれますから。話の続きはまた夜に」
「楽しみにしています」

 側室を迎えないというフィンリーの言葉と、私にもできることがあるという事実。胸のあたりがじんわりと温かくなっていた。
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

転生バレ回避のはずが、領主の息子に見つかって恋をした。

黒蜜きな粉
恋愛
前世で遊び尽くしたRPGの世界に転生した少女ルーシ。 この世界で転生者は特別な存在として保護され、自由を奪われる。 英雄になんてなりたくない。 ルーシの望みはただひとつ──静かに暮らすこと。 しかし、瀕死の重傷を負った領主の息子アッシュを救ったことで、平穏な日常は崩れ始める。 才能への評価、王都への誘い、そして彼から向けられる想い。 特別になりたくない転生治癒師と、 彼女を見つけてしまった領主の息子の物語。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

冷徹婚約者に追放された令嬢、異国の辺境で最強公爵に見初められ、今さら「帰ってきて」と泣かれてももう遅い

nacat
恋愛
婚約者である王太子に濡れ衣を着せられ、断罪の末に国外追放された伯爵令嬢レティシア。 絶望の果てにたどり着いた辺境の国で、孤高と噂の公爵に助けられる。 彼は彼女に穏やかに微笑み、たった一言「ここにいなさい」と囁いた。 やがてレティシアは、その地で新しい居場所と愛を見つける。 だが、彼女を見捨てた王太子が、後悔と未練を胸に彼女を追って現れて――。 「どうか許してくれ、レティシア……!」 もう遅い。彼女は優しく強くなって、誰より愛される人生を歩き始めていた。

処理中です...