公爵家を乗っ取った男爵一家は、家系図から消えました 〜偽公爵令嬢は王太子妃を夢見たようですが、本物の私は公爵として並び立ちます

エスビ

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第十九話 王宮召喚

第十九話 王宮召喚

一族会議の翌朝。

公爵邸に、王宮からの使者が訪れた。

白い外套。

胸には王家の紋章。

玄関ホールに立った使者は、無駄な挨拶をせず、封書を差し出した。

「王宮より、正式な召喚状でございます」

ルークが受け取り、エレノアへ渡す。

封蝋には、王家の金印。

軽い用件ではない。

エレノアは静かに封を切った。

文面は短い。

――王宮舞踏会における身分詐称の疑いについて、グランディア公爵家当主エレノア、及びアルベルト男爵一家の出頭を命じる。

アルベルト男爵一家。

そこに、もうグランディアの名はなかった。

エレノアは文面を読み終え、静かに頷いた。

「承知いたしました。指定の時刻に参ります」

使者は深く礼をする。

そのやり取りを、階段の上から叔母が見ていた。

いや、もう叔母と呼ぶべきではないのかもしれない。

アルベルト男爵夫人。

彼女は真っ青な顔で駆け降りてきた。

「王宮からですって?」

エレノアは封書を畳む。

「はい」

「何の用なの」

「王宮舞踏会での件です」

その言葉だけで、彼女の顔色がさらに悪くなった。

後ろからセシリアも現れる。

目元は腫れている。

昨日、家系図から名を消されてから、ずっと泣いていたのだろう。

「お母様……王宮って……?」

アルベルト男爵も遅れて姿を見せた。

彼は昨夜ほとんど眠っていないようだった。

顔は疲れ、目だけがぎらついている。

「見せろ」

エレノアは封書を差し出した。

アルベルト男爵は乱暴にそれを開き、文面を読む。

そして、唇を噛んだ。

「アルベルト男爵一家、だと……」

そこに最初に反応するのか。

エレノアは何も言わなかった。

彼は怒りを押し殺した声で言う。

「王宮は、我々を罪人のように扱うつもりか」

「身分確認のための召喚です」

「王太子殿下の前で少し名乗りを誤っただけだ!」

「少し、ではありません」

エレノアの声は静かだった。

「セシリアは、王太子殿下の前でセシリア・フォン・グランディアと名乗りました」

セシリアがびくりと震える。

「私は……」

声が小さい。

「私は、ただ……」

「王宮での名乗りは、記録に残ります」

エレノアはそう告げた。

責めるためではない。

事実だからだ。

アルベルト男爵夫人がエレノアの腕を掴もうとした。

すぐにルークが一歩前へ出る。

彼女は手を止め、震える声で言った。

「エレノアさん、あなたから王宮へ説明してちょうだい。家族の行き違いだったと」

「家族ではありません」

エレノアは短く答えた。

「昨日、一族から除名されました」

男爵夫人の顔が歪む。

「そんな冷たいことを……!」

「王宮の召喚状にも、そう記されています」

エレノアは封書へ視線を落とす。

「アルベルト男爵一家、と」

セシリアが泣き出した。

「嫌……嫌です……王宮で、男爵令嬢だなんて呼ばれるの……」

エレノアは静かに彼女を見た。

「それが本来の身分です」

「でも、王太子殿下にまで知られてしまいますわ!」

「すでにご存じです」

セシリアは言葉を失った。

王太子は、あの場で彼女の名乗りを聞いた。

側近に記録を取らせた。

そして今、王宮が動いている。

もう、なかったことにはできない。

アルベルト男爵が低く言った。

「エレノア。お前が当主として、私たちを庇え」

「庇う理由がありません」

「公爵家の恥になるぞ」

「恥を作ったのは、私ではありません」

沈黙。

アルベルト男爵の顔が赤くなる。

「お前は……本当に可愛げがない」

「公爵に必要なのは、可愛げではありません」

エレノアはまっすぐ彼を見た。

「責任です」

その言葉に、彼は一瞬怯んだ。

かつてなら、怒鳴って押し切れたかもしれない。

泣かせて黙らせられたかもしれない。

だが今のエレノアは、昨日までの少女ではない。

いや、最初から少女としてではなく、公爵として立っていた。

それに、彼らが気づかなかっただけだ。

王宮へ向かう馬車は、二台用意された。

一台目は、グランディア公爵家の馬車。

乗るのはエレノアとルーク。

二台目は、アルベルト男爵一家。

家紋は外された。

それを見たセシリアは、顔を歪めた。

「どうして、私たちの馬車に紋章がないの……?」

ルークが淡々と答える。

「グランディア一族から除名された方々に、公爵家の紋章はお使いいただけません」

セシリアは泣きそうな顔で父を見た。

「お父様……」

アルベルト男爵は何も答えなかった。

馬車が走り出す。

王都の街並みが窓の外を流れる。

エレノアは静かに座っていた。

膝の上には、昨日の一族会議の記録。

王宮へ提出する正式な控えだ。

ルークが向かいに座り、低い声で言う。

「緊張なさいますか」

「いいえ」

「王宮での審問です」

「だからこそ、事実だけを述べます」

エレノアは窓の外を見る。

王宮の白い尖塔が近づいてくる。

「私は、何も作りません。何も隠しません」

「十分でございます」

ルークは深く頷いた。

「事実こそ、最も強い刃です」

王宮の門が開く。

一台目の馬車が中へ入ると、近衛兵たちは深く礼をした。

「グランディア公爵閣下」

エレノアは静かに頷く。

二台目の馬車が止まる。

近衛兵が扉を開けた。

「アルベルト男爵。男爵夫人。セシリア嬢」

その呼び方に、セシリアは肩を震わせた。

男爵令嬢とも呼ばれない。

ただ、セシリア嬢。

彼女が望んだ公爵家の名は、もうそこにはなかった。

王宮の廊下は白く、冷たい。

足音がやけに響く。

案内されたのは、謁見の大広間ではなかった。

それより小さく、しかし格式のある審問室。

中央に机。

奥には王宮審理官。

その隣に王宮記録官。

そして、上座には王太子がいた。

セシリアの顔がぱっと上がる。

一瞬、救いを見つけたような顔だった。

「殿下……」

だが王太子は、彼女を見ても微笑まなかった。

あの日の舞踏会のような社交辞令もない。

ただ、静かな目で見ている。

審理官が口を開く。

「これより、王宮舞踏会における身分詐称の疑いについて確認を行う」

重い声が室内に響く。

「まず、グランディア公爵エレノア殿」

「はい」

エレノアは一歩前に出る。

「セシリア嬢を、グランディア公爵家の令嬢として登録した事実はあるか」

「ございません」

「王宮舞踏会において、セシリア嬢が公爵家を代表すると承認したか」

「しておりません」

「アルベルト男爵に、公爵代理としての権限を与えたか」

「与えておりません」

短い答え。

迷いはない。

審理官は記録官に視線を向ける。

記録官のペンが走る。

次に、審理官はセシリアへ向いた。

「セシリア嬢」

彼女は震えながら前へ出る。

「王宮舞踏会において、王太子殿下の前でセシリア・フォン・グランディアと名乗ったか」

セシリアは唇を震わせた。

「そ、それは……」

「名乗ったか」

逃げ道のない問い。

セシリアは泣きそうな顔で父を見た。

アルベルト男爵は目を逸らした。

「……はい」

小さな声。

だが、聞こえた。

審理官は続ける。

「自分が、王宮登録上はアルベルト男爵家令嬢であると知っていたか」

セシリアは黙った。

その沈黙が、重く落ちる。

「答えよ」

「……知って、いました」

王宮記録官のペンが走る音が響く。

セシリアは顔を覆った。

「でも、悪気は……」

審理官が遮る。

「悪気の有無ではない。王宮での名乗りの事実を確認している」

セシリアは、それ以上何も言えなかった。

次に、アルベルト男爵が呼ばれた。

「アルベルト男爵」

「はい」

「王宮外務局へ、セシリア嬢をグランディア公爵家を代表する令嬢として申請したか」

アルベルト男爵は唇を噛む。

「……後見人として、必要だと判断しました」

「申請したか」

「しました」

またペンが走る。

「公爵エレノア殿の承認はあったか」

「……ありません」

その一言で、部屋の空気はさらに冷えた。

最後に、男爵夫人が問われる。

「あなたは、社交界および公爵邸内で、自身を公爵夫人と称したか」

彼女は真っ青な顔で震えていた。

「言葉のあやですわ……」

「称したか」

「……申しました」

審理官は目を伏せ、静かに告げた。

「確認は取れた」

セシリアがすすり泣く。

男爵夫人は椅子に崩れ落ちそうになっている。

アルベルト男爵は顔を伏せていた。

王太子が、そこで初めて口を開いた。

「セシリア嬢」

セシリアは顔を上げた。

「は、はい、殿下……!」

まだ、ほんのわずかに期待している顔だった。

王太子は静かに言った。

「私は、グランディア公爵家の令嬢と聞いて、あなたと踊った」

セシリアの瞳が揺れる。

「それは……」

「男爵令嬢だと知っていれば、同じ扱いはしなかった」

その言葉に、彼女の顔から血の気が引いた。

社交辞令だった。

興味ではなかった。

ましてや恋ではなかった。

彼女が夢見たものは、彼女自身の嘘の上に立っていただけだった。

審理官が書類を閉じる。

「本日の確認結果をもとに、王宮は正式審理へ移行する」

アルベルト男爵が顔を上げた。

「正式審理……?」

「王家の前での身分詐称、公爵家名義の不正使用、公爵代理の無権限申請について、罪状を整理する」

男爵夫人が震える声で言う。

「それは……私たちは、どうなるのですか……?」

審理官は答えなかった。

答えなくても、十分だった。

王宮召喚は、弁明の場ではなかった。

確認の場だった。

そして確認は、終わった。

エレノアは静かに一礼する。

「公爵家として、必要な資料はすべて提出いたします」

王太子が彼女を見た。

その目には、少しの驚きと、それ以上の評価があった。

「見事な対応だ、公爵エレノア」

「当然の責務です」

エレノアはそう答えた。

背後で、セシリアの泣き声が聞こえる。

だが、振り返らない。

王宮の白い床に、彼女の足音だけが静かに響いた。

一族から切り離された者たちは、今度は王家の前に引き出された。

もう、家族という言葉では守られない。

もう、涙でも戻れない。

偽りは、王宮の記録に刻まれた。
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