ラブホオーナーは愛しの彼女を溺愛したくて仕方がない

九条 いち

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inオフィス

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彼からの提案はすごく魅力的なものだった。

でも、見知らぬ建物内に会ったばかりの人と入るのは気が引けた。


――彼が悪い人だったら?

――さっきの男と組んでいたとしたら?

……考えすぎ、だよね。

協力していたら、タクシーで帰るように言わないはず。

それに彼はそんなことする人ではないと、なんとなく思う。

信じられそうな気がした。


「すいません。では、お言葉に甘えて……お邪魔させて頂いてもいいでしょうか?」

「ええ」


私はエントランスの奥へ歩いていく彼についていく。


「ありがとうございます」


エレベーターのボタンを押して待つ彼の背中に話しかける。彼は開かないドアを見ながら答える。


「いえ」


厳格そうな人だからきっと見ていられなくて助けに来てくれたんだろう。あまり話しかけないようにしよう。


エレベーターの中では機械音がいつもより大きく感じた。



扉が開くと、小さな廊下が現れる。

廊下と言ってもいいのだろうか。

五メートル先に大きなドアが一つあるだけでホールのようだった。

彼は慣れた手つきでドアを握るとドアから〝カチャッ〟と機械音がして鍵が解除された。

開いたドアの奥からは、ホテルのように落ち着いて、洗練されたインテリアたちが目に入ってくる。

素敵なビルに入っているオフィスだからオシャレだとは思っていたが、想像以上だった。

シックで落ち着いた雰囲気があり、でも冷たくて近寄りがたいような、思わず背筋を伸ばしてしまう――彼の雰囲気によく似ていた。

ただ、オフィスと言うには違和感があった。

ローテーブルとそれを挟んで向かい合うように配置されたソファが大部分を占めていた。

部屋の中にある作業場所は大きな革張りの回転椅子とオーク色の机のセットが一セットだけ。



社長室……?



「……素敵なオフィスですね」


あまりに想像と違っていて喋りながらもキョロキョロと辺りを見回してしまう。


「オフィス兼自宅です。他の方は各々好きな場所で仕事をしています。商談の時は見栄を張らないといけなくてここを借りたんです。ここまで広い必要はないと思うんですけどね」


彼がこちらを見て呆れたように微笑む。初めて見る彼の緩んだ顔につられて、私も自然と口角が上がる。


「あそこに立つとよく見えると思います」


壁際に向かって歩き出した彼について行く。

後ろから見る彼はできる男性を絵にかいたようだった。

嫌みのない上品な革靴、皺ひとつないスーツに清潔感のある髪。


「どうしました?」


彼が振り返った瞬間、バッチリ目があってしまった。

凝視していたことがバレただろうかと不安になる。


「いえ! 何でもないです!」


一面窓ガラスの場所に着いたので、窓から下を覗く。

確かに先ほどのベンチがよく見えた。


「よく見えます。ありがとうございます」

「いえ。彼が見えたらおっしゃってください。下までお送りします」


……え?


「彼、とは?」


不思議そうに聞くは私にばつが悪そうな顔をして答える。


「恋人を待たれているのかと。勝手な思い違いでしたね。すみません。」


「いえ! 私こそ紛らわしい言い方をしてしまって。彼氏の一人や二人いてくれたらよかったんですけどね」


冗談まじりに言って彼を見ると「そうですか」と少し顔をほころばせていた。


窓の外をしばらく見ていると、わたしがさっきいたベンチ付近に篠宮さんがいるのが見えた。


「いました!」


見つけられた喜びでやや興奮気味に彼に話しかけてしまう。


「おりましょうか」


彼は優しく微笑んだ。



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