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番外編 Episode1
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side 冴島秋成
(冴島テクニカルシステムズ・社長)
◇
ふと名前を呼ばれたような気がした。目を開けると、すぐ隣に咲都がいて、僕を見ていた。
「ごめん、ちょっと寝てたかも」
「『かも』じゃなくて、しっかり寝てたよ」
咲都はそう言うと、テレビのリモコンを操作し、電源をオフにした。
今日は土曜日。咲都も僕も明日は休み。もう一月末だが、今月に入って初めて落ち着いて過ごせる週末だった。
今夜は久しぶりに外で食事をし、土日をふたりで過ごすために僕のマンションに咲都を連れてきた。だけど帰宅後、ソファに座ってテレビを見ていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。
「秋成さん、今日はもうベッドで休んで」
「なんで?」
「疲れてるっぽいから」
「疲れてないよ。それにもうすっかり目が覚めた」
「あれ? なんか怒ってる?」
別に、という言葉を飲み込んで、「怒ってないよ」とやさしく言う。咲都は「よかった」とにこりと笑った。
まずい。思わず本音が出るところだった。だって僕は咲都との時間を堪能したいのに、“さっさと寝ろ”だなんて言うから。それってひどくないか?
こういうのは今日に限ったことじゃない。お互いに仕事が忙しくて会える時間があまり多く取れないのに、咲都はとくに不安がることはないし、不満も言ってこない。
なんでだ? 咲都はさみしくないのか? 僕にもっと会いたいと思わないのか? そう思っているのは僕だけなのか?
「紅茶いれるね」
「うん、ありがとう」
僕のイライラなんてまったく気づかず、咲都はソファから立ち上がると、キッチンに入っていった。
だけど僕たちの交際そのものは順調だ。つき合って四ヶ月と少し。先月のクリスマスはふたりきりで過ごし、年末は咲都のお母さんと僕の家族とで食事会を開いた。弟夫婦も紹介できて楽しい時間を過ごした。
僕の呼び名が「冴島さん」から「秋成さん」に代わったのはその食事会の頃だ。それまでも僕の家族の前では「秋成さん」と呼んでいたけれど、「やっぱり統一したい」と言って、今の呼び方に落ち着いた。
どうせ変えるなら呼び捨てでもよかったんだけど、咲都はそれを拒んだ。理由はなんとなくだそうだ。まあ僕としては咲都が呼びやすいほうでかまわないんだけど。
それともうひとつ変わったことがある。僕に対する丁寧語がなくなったことだ。それは僕からお願いした。家でも丁寧語だとどことなく距離を感じる。咲都はそんなつもりではないんだろうけれど、できれば言葉遣いも対等でいたい。
「ねえ、レモンティーは好き?」
新聞に目を通していると、アイランドキッチンから咲都がたずねてきた。
「うん。でもレモンなんてあったっけ? あっ、買ってきておいたの?」
「ううん。家で栽培していたものがちょうど食べごろだったから収穫しておいたの」
「一月なのに?」
「レモンの収穫時期は冬なんだよ」
さすが花屋の店主。レモンまで作っちゃうのか。これまでルッコラやラディッシュなど、いろいろな自家栽培の野菜を食べさせてもらったことがあるけれど、フルーツは初めてだ。
「今度レモンのはちみつ漬けも作る予定だから、できあがったら持ってくるね」
「それは楽しみだな」
もともと咲都はあまり料理をしない人だった。家での料理担当はもっぱらお母さん。でも僕とつき合うようになって、料理上手なお母さんからいろいろと教わっているらしく、何度か手料理をごちそうになった。
幸せだなあ。こんな穏やかな時間を過ごせるのは咲都のおかげ。仕事の疲れなんて、あっという間に吹き飛ぶよ。
「はい、どうぞ」
あたたかい紅茶がリビングのローテーブルに置かれた。ソーサーには輪切りされたレモンが添えられている。
「ありがとう。いただきます」
紅茶にレモンを浮かべたまま、ひと口飲む。ほどよい酸味が口のなかをさっぱりとさせてくれた。
「どう?」
隣に腰を下ろした咲都が期待をこめて聞いてきた。
「めちゃめちゃうまいよ。しばらくはコーヒーをやめて、レモンティーでいいよ」
咲都が作ったレモンだとなおさらおいしい。
「よかったあ」
咲都が目を輝かせ、とてもうれしそうな顔をした。
それから咲都もレモンティーのカップに口をつけた。時折、紅茶に浮かんだレモンを眺めてはまたひと口飲んだ。
その一連の動作がすごく可愛い。いや、なにもかも可愛い。その横顔もピンクの唇もまつ毛も、全部。
やばいな。このまま押し倒したい。だってこんなに近くにいるんだ。そう思うのは当然だ。
「咲都、おいで」
とうとう我慢できなくなった僕は、咲都が紅茶を飲み終えたタイミングを見計らって声をかけた。最初は意味がわからず、ぽかんとしていた咲都だったが、すぐに僕の意図を汲んでくれて、僕の膝の上に跨ぐようにのってきた。髪を撫でると、咲都は顔をほんのりと赤らめ、軽く目を伏せた。
「こっち向いて」
おいおい、こんな大胆な体勢をしておいて、恥ずかしがるとはどういうことだよ? 可愛すぎるだろう。
「疲れてないの?」
「またその話? 逆だよ。咲都といると疲れが吹き飛ぶんだよ。だから、もっとたくさん会いたい。会えない夜はすごくさみしい」
「わたしも……」
「本当かな? 僕に会えなくても平気そうだけど」
「そんなことないよ! 平気じゃない。会えない日は秋成さんのことばかり考えてるよ」
必死になって訴えてくる。その言葉に僕はたまらなくなって、思わず咲都の胸に顔を埋めた。やわらかくて、いいにおいがする。
「ちょっと待って」
「えっ、だめ?」
服の裾から手を入れようとしたら止められてしまった。
「先にシャワー……」
「じゃあ一緒に浴びよう。なんだったら、お湯もためる?」
「……無理」
「この間は前向きに検討するって言わなかったっけ? 一緒にお風呂」
「それについては却下!」
「えー、それって一生だめなの?」
「一生というわけじゃないけど、今のところはだめ!」
そんなに強く否定しなくたっていいじゃん。残念だなあ。実は今日、密かに楽しみにしていたのになあ。
でも恥じらう咲都も好きだから、まあいっか。それにバスルームよりベッドのほうがなにかと都合がいいしね。
「咲都、先にシャワーを浴びといで。カップは僕が片づけておくから」
「うん」
後頭部を引き寄せて、唇にキスをする。咲都の目が潤んでいつも以上に色っぽい。
だめだ。何度見ても慣れない。僕はいつもこの顔にドキドキさせられるんだ。
たぶん咲都はまるっきり自覚していない。自分がどれだけ僕の心を乱しているのかを。僕は毎回理性を抑えるのが大変で、今だってそうなのだ。
だからね、咲都。今夜も無理をさせちゃうかもしれない。もちろん、できるだけ配慮するけど、あんまり自信がないんだ。だからそうなったら、本当にごめんね。
僕はバスルームに入っていく咲都に心のなかでそっと謝った。
番外編 Episode1《完》
⇒Episode2へ
(冴島テクニカルシステムズ・社長)
◇
ふと名前を呼ばれたような気がした。目を開けると、すぐ隣に咲都がいて、僕を見ていた。
「ごめん、ちょっと寝てたかも」
「『かも』じゃなくて、しっかり寝てたよ」
咲都はそう言うと、テレビのリモコンを操作し、電源をオフにした。
今日は土曜日。咲都も僕も明日は休み。もう一月末だが、今月に入って初めて落ち着いて過ごせる週末だった。
今夜は久しぶりに外で食事をし、土日をふたりで過ごすために僕のマンションに咲都を連れてきた。だけど帰宅後、ソファに座ってテレビを見ていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。
「秋成さん、今日はもうベッドで休んで」
「なんで?」
「疲れてるっぽいから」
「疲れてないよ。それにもうすっかり目が覚めた」
「あれ? なんか怒ってる?」
別に、という言葉を飲み込んで、「怒ってないよ」とやさしく言う。咲都は「よかった」とにこりと笑った。
まずい。思わず本音が出るところだった。だって僕は咲都との時間を堪能したいのに、“さっさと寝ろ”だなんて言うから。それってひどくないか?
こういうのは今日に限ったことじゃない。お互いに仕事が忙しくて会える時間があまり多く取れないのに、咲都はとくに不安がることはないし、不満も言ってこない。
なんでだ? 咲都はさみしくないのか? 僕にもっと会いたいと思わないのか? そう思っているのは僕だけなのか?
「紅茶いれるね」
「うん、ありがとう」
僕のイライラなんてまったく気づかず、咲都はソファから立ち上がると、キッチンに入っていった。
だけど僕たちの交際そのものは順調だ。つき合って四ヶ月と少し。先月のクリスマスはふたりきりで過ごし、年末は咲都のお母さんと僕の家族とで食事会を開いた。弟夫婦も紹介できて楽しい時間を過ごした。
僕の呼び名が「冴島さん」から「秋成さん」に代わったのはその食事会の頃だ。それまでも僕の家族の前では「秋成さん」と呼んでいたけれど、「やっぱり統一したい」と言って、今の呼び方に落ち着いた。
どうせ変えるなら呼び捨てでもよかったんだけど、咲都はそれを拒んだ。理由はなんとなくだそうだ。まあ僕としては咲都が呼びやすいほうでかまわないんだけど。
それともうひとつ変わったことがある。僕に対する丁寧語がなくなったことだ。それは僕からお願いした。家でも丁寧語だとどことなく距離を感じる。咲都はそんなつもりではないんだろうけれど、できれば言葉遣いも対等でいたい。
「ねえ、レモンティーは好き?」
新聞に目を通していると、アイランドキッチンから咲都がたずねてきた。
「うん。でもレモンなんてあったっけ? あっ、買ってきておいたの?」
「ううん。家で栽培していたものがちょうど食べごろだったから収穫しておいたの」
「一月なのに?」
「レモンの収穫時期は冬なんだよ」
さすが花屋の店主。レモンまで作っちゃうのか。これまでルッコラやラディッシュなど、いろいろな自家栽培の野菜を食べさせてもらったことがあるけれど、フルーツは初めてだ。
「今度レモンのはちみつ漬けも作る予定だから、できあがったら持ってくるね」
「それは楽しみだな」
もともと咲都はあまり料理をしない人だった。家での料理担当はもっぱらお母さん。でも僕とつき合うようになって、料理上手なお母さんからいろいろと教わっているらしく、何度か手料理をごちそうになった。
幸せだなあ。こんな穏やかな時間を過ごせるのは咲都のおかげ。仕事の疲れなんて、あっという間に吹き飛ぶよ。
「はい、どうぞ」
あたたかい紅茶がリビングのローテーブルに置かれた。ソーサーには輪切りされたレモンが添えられている。
「ありがとう。いただきます」
紅茶にレモンを浮かべたまま、ひと口飲む。ほどよい酸味が口のなかをさっぱりとさせてくれた。
「どう?」
隣に腰を下ろした咲都が期待をこめて聞いてきた。
「めちゃめちゃうまいよ。しばらくはコーヒーをやめて、レモンティーでいいよ」
咲都が作ったレモンだとなおさらおいしい。
「よかったあ」
咲都が目を輝かせ、とてもうれしそうな顔をした。
それから咲都もレモンティーのカップに口をつけた。時折、紅茶に浮かんだレモンを眺めてはまたひと口飲んだ。
その一連の動作がすごく可愛い。いや、なにもかも可愛い。その横顔もピンクの唇もまつ毛も、全部。
やばいな。このまま押し倒したい。だってこんなに近くにいるんだ。そう思うのは当然だ。
「咲都、おいで」
とうとう我慢できなくなった僕は、咲都が紅茶を飲み終えたタイミングを見計らって声をかけた。最初は意味がわからず、ぽかんとしていた咲都だったが、すぐに僕の意図を汲んでくれて、僕の膝の上に跨ぐようにのってきた。髪を撫でると、咲都は顔をほんのりと赤らめ、軽く目を伏せた。
「こっち向いて」
おいおい、こんな大胆な体勢をしておいて、恥ずかしがるとはどういうことだよ? 可愛すぎるだろう。
「疲れてないの?」
「またその話? 逆だよ。咲都といると疲れが吹き飛ぶんだよ。だから、もっとたくさん会いたい。会えない夜はすごくさみしい」
「わたしも……」
「本当かな? 僕に会えなくても平気そうだけど」
「そんなことないよ! 平気じゃない。会えない日は秋成さんのことばかり考えてるよ」
必死になって訴えてくる。その言葉に僕はたまらなくなって、思わず咲都の胸に顔を埋めた。やわらかくて、いいにおいがする。
「ちょっと待って」
「えっ、だめ?」
服の裾から手を入れようとしたら止められてしまった。
「先にシャワー……」
「じゃあ一緒に浴びよう。なんだったら、お湯もためる?」
「……無理」
「この間は前向きに検討するって言わなかったっけ? 一緒にお風呂」
「それについては却下!」
「えー、それって一生だめなの?」
「一生というわけじゃないけど、今のところはだめ!」
そんなに強く否定しなくたっていいじゃん。残念だなあ。実は今日、密かに楽しみにしていたのになあ。
でも恥じらう咲都も好きだから、まあいっか。それにバスルームよりベッドのほうがなにかと都合がいいしね。
「咲都、先にシャワーを浴びといで。カップは僕が片づけておくから」
「うん」
後頭部を引き寄せて、唇にキスをする。咲都の目が潤んでいつも以上に色っぽい。
だめだ。何度見ても慣れない。僕はいつもこの顔にドキドキさせられるんだ。
たぶん咲都はまるっきり自覚していない。自分がどれだけ僕の心を乱しているのかを。僕は毎回理性を抑えるのが大変で、今だってそうなのだ。
だからね、咲都。今夜も無理をさせちゃうかもしれない。もちろん、できるだけ配慮するけど、あんまり自信がないんだ。だからそうなったら、本当にごめんね。
僕はバスルームに入っていく咲都に心のなかでそっと謝った。
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