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番外編 Episode3(1)
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side 榎本正親
(FLORALはるな・アルバイト店員)
◇
二月も終わりに近づき、来月は卒業並びに異動・転勤シーズンに突入する。おそらく怒涛の一ヶ月となるだろう。
でも俺は忙しいほうが好きだ。仕事はきついけど、やりがいを感じる。店でお客様と接することも好き。老若男女、いろいろな人と話ができるし、なにより喜んでくださるお客様の顔を見ることは俺の幸せでもある。
今日は夕方前から冷たい雨に見舞われていた。おかげで夕方からはお客様の来店がほとんどなく、実にさみしいものだった。
「ひゃあー、さっきよりも雨足が強くなってきましたよ。外はまるで嵐ですね」
店の窓ガラスに激しい雨がたたきつけていた。
「榎本くん、少し早いけど、今日はもうお店を閉めちゃおう」
「そうですね。この分だとお客様はもう来ませんもんね」
商店街の通りも閑散としている。すでにシャッターを下ろしている店も多かった。
咲都さんがレジ締めをしている間、俺は店内の掃除をした。咲都さんはテキパキとレジのお金を数えている。俺はそれを横目で見ながら、改めて咲都さんのすごさを感じていた。
すごいな。今日の店舗内での売り上げはおそらく目標額に達している。
決して高い金額ではないけれど、毎日目標額を上まわるように努力するのは大切なこと。常に多くの種類の商品をそろえ、来店してくださるお客様の満足度を維持し続けることは、店の評判を高めることになる。
ちなみに店の売り上げは来店するお客様の購入分だけではない。通常の配達分、生け込み、慶弔用の売り上げ分も加わるので、店舗内での売り上げが少額でも店の経営は成り立つ。むしろ、それがないと生き残れない花屋は多い。
俺がそのことを知ったのは花屋で働くようになってからだ。だから町の小さな花屋は潰れないのかと感心したものだった。
俺がこの店でアルバイトをはじめたのは十九歳になってすぐのこと。今から三年以上前になる。
ところが数ヶ月後に、オーナー店長だった咲都さんのお父さんが亡くなってしまった。当時、咲都さんは会社員で、その後の店は塔子さんが切り盛りするようになった。
正直、店が潰れるのは時間の問題だと思った。実際、俺が思った通りになった。一年後には店をたたむべきかと、塔子さんは悩んでいるようだった。
そろそろ次のアルバイトを見つけなきゃなあ。
本当は一年前にさっさと見切りをつけて辞めるつもりだった。でもお世話になった塔子さんに申し訳なくて、ずるずると働き続けていた。
しかし、その半年後に店は転機を迎えた。咲都さんが会社を辞め、FLORALはるなの店長として働いてくれるようになったのだ。最初は頼りなかった咲都さんだったけど、一ヶ月もするとすっかり店長らしくなり、店の雰囲気も一変した。
たとえば切り花のディスプレイ。咲都さんのセンスはどちらかといえば斬新。でも実はしっかりと計算されていて、花の色や形、価格がバラバラでも、隣り合う花同士の相性がいい。そのため切り花をお求めにきた馴染みのお客様がまとめて手に取ってくれるようになり、いつもより多めの種類を購入していくことが増えた。結果、高すぎず安すぎない客単価が保たれることになる。
二ヶ月後には売り上げも回復。数字としてはそれほどではないけれど、店にとってそれは奇跡的な数字だった。
それを目のあたりにして思った。ここでのアルバイトを続けていこうと。咲都さんから学ぶことがたくさんありそうな気がしたんだ。
「榎本くん、掃除が終わったら、事務所まで来てくれるかな? 大事な話があるの」
レジ締めを終えた咲都さんが、なぜか突然そんなことを言ってきた。しかも真顔。
なに、その顔。大事な話? ええっ? ちょっと咲都さん、急に改まらないでよ。そんなふうに事務所に呼ばれるのなんて初めてなんだけど。なんかそれ、怖いんですけど。
動揺しまくりの俺。だけどそれを悟られないよう顔をキリッと引きしめる。
持っていたほうきの柄を強く握りしめ、冷静さを装って聞き返した。
「なんの話ですか?」
声は震えていないだろうか。この店でこんなに緊張したのは初めてだ。
「それはあとでね。先に事務所に行ってるね」
俺の不安な気持ちは置いてぼり。咲都さんはさっさと店の奥に引っ込んでしまった。
おいおい、嘘だろう? 話があるって、俺クビにされちゃうのかよ? この仕事、めちゃめちゃ気に入ってるのに。俺、辞めたくないんですけどぉ!
(FLORALはるな・アルバイト店員)
◇
二月も終わりに近づき、来月は卒業並びに異動・転勤シーズンに突入する。おそらく怒涛の一ヶ月となるだろう。
でも俺は忙しいほうが好きだ。仕事はきついけど、やりがいを感じる。店でお客様と接することも好き。老若男女、いろいろな人と話ができるし、なにより喜んでくださるお客様の顔を見ることは俺の幸せでもある。
今日は夕方前から冷たい雨に見舞われていた。おかげで夕方からはお客様の来店がほとんどなく、実にさみしいものだった。
「ひゃあー、さっきよりも雨足が強くなってきましたよ。外はまるで嵐ですね」
店の窓ガラスに激しい雨がたたきつけていた。
「榎本くん、少し早いけど、今日はもうお店を閉めちゃおう」
「そうですね。この分だとお客様はもう来ませんもんね」
商店街の通りも閑散としている。すでにシャッターを下ろしている店も多かった。
咲都さんがレジ締めをしている間、俺は店内の掃除をした。咲都さんはテキパキとレジのお金を数えている。俺はそれを横目で見ながら、改めて咲都さんのすごさを感じていた。
すごいな。今日の店舗内での売り上げはおそらく目標額に達している。
決して高い金額ではないけれど、毎日目標額を上まわるように努力するのは大切なこと。常に多くの種類の商品をそろえ、来店してくださるお客様の満足度を維持し続けることは、店の評判を高めることになる。
ちなみに店の売り上げは来店するお客様の購入分だけではない。通常の配達分、生け込み、慶弔用の売り上げ分も加わるので、店舗内での売り上げが少額でも店の経営は成り立つ。むしろ、それがないと生き残れない花屋は多い。
俺がそのことを知ったのは花屋で働くようになってからだ。だから町の小さな花屋は潰れないのかと感心したものだった。
俺がこの店でアルバイトをはじめたのは十九歳になってすぐのこと。今から三年以上前になる。
ところが数ヶ月後に、オーナー店長だった咲都さんのお父さんが亡くなってしまった。当時、咲都さんは会社員で、その後の店は塔子さんが切り盛りするようになった。
正直、店が潰れるのは時間の問題だと思った。実際、俺が思った通りになった。一年後には店をたたむべきかと、塔子さんは悩んでいるようだった。
そろそろ次のアルバイトを見つけなきゃなあ。
本当は一年前にさっさと見切りをつけて辞めるつもりだった。でもお世話になった塔子さんに申し訳なくて、ずるずると働き続けていた。
しかし、その半年後に店は転機を迎えた。咲都さんが会社を辞め、FLORALはるなの店長として働いてくれるようになったのだ。最初は頼りなかった咲都さんだったけど、一ヶ月もするとすっかり店長らしくなり、店の雰囲気も一変した。
たとえば切り花のディスプレイ。咲都さんのセンスはどちらかといえば斬新。でも実はしっかりと計算されていて、花の色や形、価格がバラバラでも、隣り合う花同士の相性がいい。そのため切り花をお求めにきた馴染みのお客様がまとめて手に取ってくれるようになり、いつもより多めの種類を購入していくことが増えた。結果、高すぎず安すぎない客単価が保たれることになる。
二ヶ月後には売り上げも回復。数字としてはそれほどではないけれど、店にとってそれは奇跡的な数字だった。
それを目のあたりにして思った。ここでのアルバイトを続けていこうと。咲都さんから学ぶことがたくさんありそうな気がしたんだ。
「榎本くん、掃除が終わったら、事務所まで来てくれるかな? 大事な話があるの」
レジ締めを終えた咲都さんが、なぜか突然そんなことを言ってきた。しかも真顔。
なに、その顔。大事な話? ええっ? ちょっと咲都さん、急に改まらないでよ。そんなふうに事務所に呼ばれるのなんて初めてなんだけど。なんかそれ、怖いんですけど。
動揺しまくりの俺。だけどそれを悟られないよう顔をキリッと引きしめる。
持っていたほうきの柄を強く握りしめ、冷静さを装って聞き返した。
「なんの話ですか?」
声は震えていないだろうか。この店でこんなに緊張したのは初めてだ。
「それはあとでね。先に事務所に行ってるね」
俺の不安な気持ちは置いてぼり。咲都さんはさっさと店の奥に引っ込んでしまった。
おいおい、嘘だろう? 話があるって、俺クビにされちゃうのかよ? この仕事、めちゃめちゃ気に入ってるのに。俺、辞めたくないんですけどぉ!
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