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番外編 Episode3(2)
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掃除を終え、事務所のドアをノックすると、なかから「どうぞー」とやわらかい声が返ってきた。
俺はすでに心臓がバクバク。今すぐ帰りたい。いや、マジで。
「し、失礼します」
事務机のパソコンで作業していた咲都さんが手を止め、カチコチになっている俺をクスリと笑った。
「そんなにかまえなくて大丈夫だよ。座って」
部屋の中央にあるふたり掛けのコンパクトなソファに腰かけると、咲都さんも向かい側に座った。
ここは事務所兼休憩所。いつもならリラックスできる空間なのに、今はとてつもなく居心地が悪かった。
「急にごめんね。このあと予定あった?」
「いいえ、今日はバイトもありません」
「よかった。でもなるべく手短に話すね。前々から考えていたんだけど──」
咲都さんはサクサクと話を進めてくる。一方、俺はなにを言われるんだろうと気が気じゃなかった。
「榎本くんさえよければ、正社員として雇用したいの」
「……え? しゃ、社員!?」
「お給料はそんなにたくさんは払えないんだけど、生活できるくらいは基本給として保証します。今後、昇給もあり得ます。ボーナスもがんばる。有給や福利厚生についてもちゃんとするから安心して」
社員なんて、そんなこと考えてもみなかった。だって数年前は潰れかけていた店だぞ。それなのにまさかの展開。
「去年に引き続き、今年になって新たに法人のお客様の契約が増えたし、経営的にもだいぶ安定してきた。榎本くんには今まで以上に期待してる。それでね、ゆくゆくはわたしの仕事を引き継いでもらいたいなと思ってるの」
「咲都さん?」
「今の話はちょっと先走りすぎかな。でも大事なことだから言っておくね。将来、榎本くんにはFLORALはるなの店長になってもらいたいの」
「俺が店長?」
「うん。榎本くんならまかせられると思ってる。もちろん、それについては榎本くんの考えもあるだろうし、断ってもかまわないよ。社員登用の件についても、返事は今すぐじゃなくていいから。少し考えてみてくれないかな?」
咲都さんは俺のためにそこまで考えてくれていたんだ。
高校を卒業してからずっとフリーターだった俺。なるようになるとテキトーに考えてこれまできたけれど、二十二歳になり、さすがに将来が不安になってきたところだった。
「ぜひ、よろしくお願いします! 俺、花屋の仕事が大好きで、できればずっと続けたいなって思ってたんです。俺を店長にっていうお話もありがたいです。ただ正直あんまり自信がなくて、今ははっきりとしたことを言えないんですが。でも働きながら勉強していきたいと思います」
「そんなふうに言ってもらえてうれしいよ。榎本くんには父の代から三年以上も働いてもらって、すごく感謝してる。父が亡くなったあと、塔子さんを助けてくれたのが榎本くんだった。塔子さんもこの話には大賛成してくれているから、榎本くんの決断を喜ぶと思う」
「やばい、俺泣きそうです」
滲んできた涙を服の袖でぬぐった。咲都さんはやさしい眼差しで俺を見ていた。
「今日はもうあがりの時間だから、細かいことはまた後日説明するね。今日はお疲れ様」
咲都さんはそう言うと、再び店に戻っていった。おそらく店内の飾り棚のディスプレイを新しくするんだろう。咲都さんは毎週決まった曜日にその作業をしている。最近ではSNS映えを求めたお客様が店内を撮影していくので、そういうのも意識しているんだと思う。
帰り支度をし、店にいる咲都さんにあいさつをしようと覗くと、咲都さんは真剣な顔で花を選んでいるところだった。
なんか、声をかけにくいな。
「榎本くん、どうしたの?」
気配を感じたのか、咲都さんが俺に視線を移し、やさしい笑みを浮かべた。
「じゃましてすみません。あいさつをしようと思って。でもあまりにも真剣な顔だったんで、声をかけそびれてしまいました」
「やだあ、そんなに怖い顔だった?」
「いいえ、違いますよ。プロの顔でした」
咲都さんはいつ見てもきれいだ。真剣な顔も、今みたいな笑顔もどちらも俺は大好きだ。性格だってまじめで勉強熱心。向上心もあって、いつもキラキラと輝いている。
だからずっと彼氏がいないのが不思議でならなかった。今は冴島社長とつき合っていて、すごく幸せそうなので、心からよかったと思っている。
だけど考えてしまう。咲都さんは冴島社長と結婚をしたら、やっぱり花屋の仕事から遠ざかってしまうんだろうかと。もしそうなったら、すごくもったいないし、なんだかさみしい。もちろん、咲都さんが決めたことに俺は反対するつもりはない。……ないんだけど、そこはちょっと複雑な気持ちになるのは事実だ。
「それじゃあ、お先に失礼します」
「お疲れ様。気をつけて帰ってね」
「はい」
でもまあとりあえず俺は自分のやるべきことをやっていくだけだ。社員になったら、気兼ねなく咲都さんをサポートできるようにもなる。アルバイトの今はやりたくても強く言えなくて、ずっともどかしかったから。
どーれ、明日からまたがんばるぞ!
店の裏口から出ると、外は相変わらずのどしゃ降り。本当だったら憂鬱になる瞬間だけど、今日は気分爽快だ。
足取りがやけに軽かった。気持ちが勝手に弾んでくる。コンビニで買ったビニル傘が雨粒を受け、リズムを刻んだ。
もうすぐ三月。俺もこれまでのチャラチャラした自分から卒業だ。FLORALはるなのために、そして自分のために。俺は人生をリスタートする。
番外編 Episode3《完》
次頁からは【特別番外編】です。最終エピソードです。
時系列としてはこれまでの番外編の数ヵ月後となっております。
俺はすでに心臓がバクバク。今すぐ帰りたい。いや、マジで。
「し、失礼します」
事務机のパソコンで作業していた咲都さんが手を止め、カチコチになっている俺をクスリと笑った。
「そんなにかまえなくて大丈夫だよ。座って」
部屋の中央にあるふたり掛けのコンパクトなソファに腰かけると、咲都さんも向かい側に座った。
ここは事務所兼休憩所。いつもならリラックスできる空間なのに、今はとてつもなく居心地が悪かった。
「急にごめんね。このあと予定あった?」
「いいえ、今日はバイトもありません」
「よかった。でもなるべく手短に話すね。前々から考えていたんだけど──」
咲都さんはサクサクと話を進めてくる。一方、俺はなにを言われるんだろうと気が気じゃなかった。
「榎本くんさえよければ、正社員として雇用したいの」
「……え? しゃ、社員!?」
「お給料はそんなにたくさんは払えないんだけど、生活できるくらいは基本給として保証します。今後、昇給もあり得ます。ボーナスもがんばる。有給や福利厚生についてもちゃんとするから安心して」
社員なんて、そんなこと考えてもみなかった。だって数年前は潰れかけていた店だぞ。それなのにまさかの展開。
「去年に引き続き、今年になって新たに法人のお客様の契約が増えたし、経営的にもだいぶ安定してきた。榎本くんには今まで以上に期待してる。それでね、ゆくゆくはわたしの仕事を引き継いでもらいたいなと思ってるの」
「咲都さん?」
「今の話はちょっと先走りすぎかな。でも大事なことだから言っておくね。将来、榎本くんにはFLORALはるなの店長になってもらいたいの」
「俺が店長?」
「うん。榎本くんならまかせられると思ってる。もちろん、それについては榎本くんの考えもあるだろうし、断ってもかまわないよ。社員登用の件についても、返事は今すぐじゃなくていいから。少し考えてみてくれないかな?」
咲都さんは俺のためにそこまで考えてくれていたんだ。
高校を卒業してからずっとフリーターだった俺。なるようになるとテキトーに考えてこれまできたけれど、二十二歳になり、さすがに将来が不安になってきたところだった。
「ぜひ、よろしくお願いします! 俺、花屋の仕事が大好きで、できればずっと続けたいなって思ってたんです。俺を店長にっていうお話もありがたいです。ただ正直あんまり自信がなくて、今ははっきりとしたことを言えないんですが。でも働きながら勉強していきたいと思います」
「そんなふうに言ってもらえてうれしいよ。榎本くんには父の代から三年以上も働いてもらって、すごく感謝してる。父が亡くなったあと、塔子さんを助けてくれたのが榎本くんだった。塔子さんもこの話には大賛成してくれているから、榎本くんの決断を喜ぶと思う」
「やばい、俺泣きそうです」
滲んできた涙を服の袖でぬぐった。咲都さんはやさしい眼差しで俺を見ていた。
「今日はもうあがりの時間だから、細かいことはまた後日説明するね。今日はお疲れ様」
咲都さんはそう言うと、再び店に戻っていった。おそらく店内の飾り棚のディスプレイを新しくするんだろう。咲都さんは毎週決まった曜日にその作業をしている。最近ではSNS映えを求めたお客様が店内を撮影していくので、そういうのも意識しているんだと思う。
帰り支度をし、店にいる咲都さんにあいさつをしようと覗くと、咲都さんは真剣な顔で花を選んでいるところだった。
なんか、声をかけにくいな。
「榎本くん、どうしたの?」
気配を感じたのか、咲都さんが俺に視線を移し、やさしい笑みを浮かべた。
「じゃましてすみません。あいさつをしようと思って。でもあまりにも真剣な顔だったんで、声をかけそびれてしまいました」
「やだあ、そんなに怖い顔だった?」
「いいえ、違いますよ。プロの顔でした」
咲都さんはいつ見てもきれいだ。真剣な顔も、今みたいな笑顔もどちらも俺は大好きだ。性格だってまじめで勉強熱心。向上心もあって、いつもキラキラと輝いている。
だからずっと彼氏がいないのが不思議でならなかった。今は冴島社長とつき合っていて、すごく幸せそうなので、心からよかったと思っている。
だけど考えてしまう。咲都さんは冴島社長と結婚をしたら、やっぱり花屋の仕事から遠ざかってしまうんだろうかと。もしそうなったら、すごくもったいないし、なんだかさみしい。もちろん、咲都さんが決めたことに俺は反対するつもりはない。……ないんだけど、そこはちょっと複雑な気持ちになるのは事実だ。
「それじゃあ、お先に失礼します」
「お疲れ様。気をつけて帰ってね」
「はい」
でもまあとりあえず俺は自分のやるべきことをやっていくだけだ。社員になったら、気兼ねなく咲都さんをサポートできるようにもなる。アルバイトの今はやりたくても強く言えなくて、ずっともどかしかったから。
どーれ、明日からまたがんばるぞ!
店の裏口から出ると、外は相変わらずのどしゃ降り。本当だったら憂鬱になる瞬間だけど、今日は気分爽快だ。
足取りがやけに軽かった。気持ちが勝手に弾んでくる。コンビニで買ったビニル傘が雨粒を受け、リズムを刻んだ。
もうすぐ三月。俺もこれまでのチャラチャラした自分から卒業だ。FLORALはるなのために、そして自分のために。俺は人生をリスタートする。
番外編 Episode3《完》
次頁からは【特別番外編】です。最終エピソードです。
時系列としてはこれまでの番外編の数ヵ月後となっております。
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