願わくは、きみに会いたい。

さとう涼

文字の大きさ
7 / 45
2.栄光と挫折の孤独なスイマー

007

しおりを挟む
「美空、どうしたの?」
 お姉ちゃんが助手席のパワーウインドウを開けると、美空がその声に気づいて近づいてきた。
「乙希ちゃん!? うわぁ、久しぶり!」
「うちに用だったの?」
「用ってほどじゃないの。時間が取れたから寄ってみただけ。この間までロスに行ってたんだけど、そのお土産も渡したかったし」
「ロスってアメリカの?」
「うん」
「いいなあ、海外。わたし、一度も日本を出たことないよ。楽しかった?」
「うん。わたしも初海外だったし、言葉も通じなくて大変だったけど、たくさんの刺激があったよ」
 表情はわからないけれど、美空の声は弾んでいた。心から楽しそうで、そのことがわたしをイラ立たせる。
「それより、乙希ちゃんの彼氏?」
 美空が隼人さんに視線を向けた。
「うん、同じ大学の隼人。隼人、この子は美空」
「イケメンだぁ。さっすが乙希ちゃん!」
「はじめまして」と隼人さんがちょこんと頭を下げた。美空もはしゃぎながら、「はじめまして、美空ですっ!」と挨拶をする。隼人さんは表情を変えることなく、「よろしく」とかえした。
「似てるね、千沙希ちゃんに」
 ふいに隼人さんが振り向いて、リアシートに座っているわたしを見た。
「それ、よく言われたよね、千沙希。姉のわたしより従妹の美空に似てるから、わたしより美空と姉妹みたいだって、親戚の人たちにもよくからかわれていたんだよね」
 お姉ちゃんたら余計なことを言うんだから。それはわたしが一番言われたくない言葉だ。
 美空とわたしは顔だけでなく背格好も似ていて、小さい頃はよく色違いのおそろいの服を着せられた。双子みたいだと、お母さんたちはそう言って喜んでいた。
 当時は髪の長さもほぼ同じ。色違いのリボンをつけたツインテールの美空とわたしの写真が今もうちのリビングの一角に飾られている。
 うちのお母さんと美空のお母さんは仲のいい姉妹だから、そうやって楽しんでいたんだろう。
「あぁ! 千沙ちゃんもいる!」
 どうやら薄暗くて、わたしも車に乗っていることに気づいていなかったらしい。わたしを見つけた美空のテンションが上がり、ちょっとだけ隼人さんを恨んだ。
 ここにいてもしょうがないので、隼人さんにお礼を言って車を降りる。
「少しだけ時間ができたから実家に戻ってたんだけど、千沙ちゃんにも会いたくて寄ってみたら、まだ帰ってきてないって言うから。でも会えてよかったあ」
 お姉ちゃんを乗せた隼人さんの車は走り去った後だった。
 残されたのは美空とわたし。美空は長い髪を夜風になびかせ、色っぽい笑みを浮かべた。
「危うくすれ違うとこだったね」
 わたしもなんとか笑ってみる。
「だねぇ」
 美空が小首を傾げると、胸もとの高級そうなネックレスがキラリと光った。さらに甘い香りが漂ってきて、妙に胸がドキドキする。
「千沙ちゃん、また髪切った?」
「あ、うん」
「会うたびに短くなるね。前は肩下ぐらいの長さだったのに」
「うん、なんかジャマで」
 美空と比べられるのが嫌で短くしたんだよ。そう言ったら、その顔は歪んでくれるかな。なんて、ばかな考えが浮かぶ。
 性格悪いよね。こんなだから、ダメなんだよね、わたし。
「せっかくだし入れば」
「そうしたいんだけど、もう行かなくちゃ」
「実家に泊まらないの?」
「すぐに東京に戻らないといけないの」
「そうなんだ。忙しそうだね」
「でもまた来るよ。そのとき、たくさんおしゃべりしようね」
「うん」
「それじゃあ、また今度」
 残念そうに眉尻を下げる美空がわたしに向かって手を振ると、門を出て駆け出していった。
 見ると、少し先にあるシャッターの下りた商店の前に車が停まっている。美空はその車のリアシートに乗り込んだ。
 車はあっという間に見えなくなった。
 美空は風のように現れて、風のように去っていった。
 久しぶりに会った美空は大人っぽくなっていた。それだけでなく、本来の愛らしさや無邪気さも兼ね備えている。
 美空とは小学校も中学校も別々だったけれど、美空のお母さんが美空を連れてうちによく遊びにきていたから、近所に住む幼なじみの子たちは美空を知っていた。
 昔から同年代の女の子とは違う魅力があり、美少女と評判だった。明るくて前向きで、みんなが可愛いと言った。
 でも似ているはずのわたしは一度もそんなことを言われたことがない。だから比べられるわたしはいつもみじめで、いつも逃げたくて、いつも消えたくてたまらなかった。
 なにが違うんだろう。オーラとか人を惹きつける力とか?
 わたしって、そんなに魅力がないんだろうか。そんなにつまらない人間なんだろうか。
 美空に会うたびにそんなことを思うようになったわたしは、すっかり劣等感の塊だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
2025.5.1~ 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

処理中です...