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4.ふたりの間の不協和音
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二次会の会場はワインバー。高層ビルの二十階にあって、東京の夜景が一望できる絶好のロケーション。
ここも深見グループの会社が経営しているお店。ゆったりとした店内は洗練されたオシャレな内装で、大人気のお店だ。
四月といっても夜になると冷えるので、わたしはレースをあしらった長袖のトップスとフレアースカートというカジュアルダウンしたファッション。航はネクタイだけ白から色つきのものに変えていた。
会場に着くと、すでに到着していた真野ちゃんに捕まった。
「美織、どこ行ってたの? さがしたんだから」
真野ちゃんが不機嫌さを露わにした。
航はその様子を見て気を使ったのか、「あとでな」とわたしの耳もとで小さく言ってから、男友達のほうへ歩いていった。
「ごめん、ちょっといろいろあって」
「はいはい、どうせ日比谷さんと一緒だったんでしょう。見てた子がいたの」
「それなのに何度も電話をよこすなんて」
「だって日比谷さんと喧嘩してたっぽいって聞いたから、大丈夫かなと思って」
「そうだったんだ。でも喧嘩じゃないの」
無理やりエレベーターホールに連れていかれたのを見られていたのだ。あのときの航は、わたしも怖いと感じたぐらいだから、喧嘩していると思われたのは無理もない。
わたしたちは壁際の端のほうの席に並んで座った。
「で、仲直りできたの?」
「うん、ちょっと誤解があっただけで、たいしたことじゃないの」
「ならよかった。でも喧嘩なんて珍しいね。日比谷さんって落ち着いていて、冷静沈着ってイメージだから」
「そうなの?」
「いつも余裕で、どんとかまえている感じだよ。いいなあ、あんな大人の彼氏、わたしもほしい」
ほかの人たちと同じように真野ちゃんから見ても、航はそんなふうに映っているのか。
わたしの前ではたくさんやきもちを焼くし、意地悪なことも言うし、それこそ子どもっぽく拗ねるときもある。けっこうかわいいところもあるのにな。
「なによ、ニヤニヤして」
「別に」
「まさか、いやらしいこと思い出してるんじゃないでしょうね?」
「そんなわけないでしょう」
「どうだか。今までふたりで、どこでなにをしてたんだか」
肘《ひじ》で脇腹のあたりをぐいぐいと押される。その目は完全に怪しんでいて、さっきのホテルでのことを思い出してしまった。
「……ちょっ、なっ、なにもしてないってばっ!」
「高級ホテルのラグジュアリーなお部屋。窓から見える夜景はさぞかし素敵だったんだろうなあ」
意味深に笑みを浮かべられ、一気に汗が吹き出た。なにもかもお見通しみたいな言い方だ。
「まあいいけど。普段あんまり会えないんでしょう? こういうときぐらいイチャイチャすればいいよ」
「そうなの。あっ、今のはあんまり会えないっていう意味ね。先月まで航の仕事が激務で。年度が替わってようやく少しだけ落ち着いたとこ」
「そのタイミングでプロポーズされたわけだ。いいなあ。順風満帆《じゅんぷうまんぱん》な人生だよね、美織って」
真野ちゃんはわたしの婚約指輪を見て、しみじみとなる。
「つき合いもそれなりに長かったから。なんとなく、そろそろっていうのもあったんだと思う」
「初めてつき合った相手と結婚か。でもそれで本当にいいの? これでいいのかなって考えたことない?」
「ほかの人とつき合うことは、逆に考えられないよ。よくマリッジブルーっていうけど、わたしにはないなあ。航の背負っているものを考えて怖くなるときはあるけど」
大学生のときは恋愛のことだけを考えてつき合えたけれど、社会人になってからはそうはいかない。深見地所という日本屈指の巨大企業に勤め、いずれは深見グループの後継者のひとりになるのは、彼にかかわっている人間なら誰もがわかっていることだ。
結婚したら、わたしは今の仕事を続けていくことは難しくなるかもしれない。航は続けていいよと言ってくれるけれど、現実問題そうはいかないのはある程度覚悟している。
「なんか、ごめん。美織の場合、普通の結婚とは訳が違うよね。旦那さんのサポートとか、人づき合いとか、跡取りとか。プレッシャーも大きいもんね」
「やだな、そんな深刻そうな顔しないでよ。十分幸せなんだから」
そのとき新郎新婦の入場となり、会場の照明が薄暗くなった。見るとスポットライトを浴びた蒼汰くんと智花がにこにこしながら入ってきた。オレンジ色の照明の下、大胆に肩を露出した白いミニドレスを身にまとった智花は、弾けるような笑顔をみんなに振りまいていた。
蒼汰くんのウエルカムスピーチのあと、乾杯をした。続いてウェディングケーキ入刀。その間、披露宴の映像もスクリーンに映し出された。
そのあとは恒例のビンゴ大会。大盛りあがりのなか、わたしは真野ちゃんと一緒にワインと料理を堪能していた。
「ビンゴ大会は日比谷さんのおかげで景品が異様なくらいに豪華だね」
「蒼汰くんは大親友だから」
「それにしては太っ腹すぎない?」
「蒼汰くんやみんなが喜ぶ顔を見たくてそうしてるんだから、いいんだよ」
景品には4Kテレビ、空気清浄機、オーブンレンジといった一流メーカーの家電製品。松坂牛のステーキ、カニの詰め合わせなどの高級食材。さらに豪華客船のディナークルーズ、ロイヤルプリズムホテルのディナーつきスイートルームペア宿泊券等々、これでもかというくらい協賛していた。
どんな景品にしようかなと、あれこれ考えている航はとてもうれしそうで、わたしもそんな航を見ているのが楽しかった。
「あれ?」
ふいに真野ちゃんがつぶやいた。
なんだろうと思い、彼女の視線を追うと、新郎新婦の隣で楽しそうに笑っている航の姿があった。
会場は長方形のテーブルが等間隔に並び、壁際は連なった黒のソファ席になっている。そこに真野ちゃんと並んで座っているのだけれど、その位置から斜め方向に新郎新婦席がある。
気心の知れた友達である蒼汰くんと智花の前だからこそ見せる自然体の笑顔。それは理解できたが、問題は航の隣にぴったりと寄り添っている女の子がいることだ。
ここも深見グループの会社が経営しているお店。ゆったりとした店内は洗練されたオシャレな内装で、大人気のお店だ。
四月といっても夜になると冷えるので、わたしはレースをあしらった長袖のトップスとフレアースカートというカジュアルダウンしたファッション。航はネクタイだけ白から色つきのものに変えていた。
会場に着くと、すでに到着していた真野ちゃんに捕まった。
「美織、どこ行ってたの? さがしたんだから」
真野ちゃんが不機嫌さを露わにした。
航はその様子を見て気を使ったのか、「あとでな」とわたしの耳もとで小さく言ってから、男友達のほうへ歩いていった。
「ごめん、ちょっといろいろあって」
「はいはい、どうせ日比谷さんと一緒だったんでしょう。見てた子がいたの」
「それなのに何度も電話をよこすなんて」
「だって日比谷さんと喧嘩してたっぽいって聞いたから、大丈夫かなと思って」
「そうだったんだ。でも喧嘩じゃないの」
無理やりエレベーターホールに連れていかれたのを見られていたのだ。あのときの航は、わたしも怖いと感じたぐらいだから、喧嘩していると思われたのは無理もない。
わたしたちは壁際の端のほうの席に並んで座った。
「で、仲直りできたの?」
「うん、ちょっと誤解があっただけで、たいしたことじゃないの」
「ならよかった。でも喧嘩なんて珍しいね。日比谷さんって落ち着いていて、冷静沈着ってイメージだから」
「そうなの?」
「いつも余裕で、どんとかまえている感じだよ。いいなあ、あんな大人の彼氏、わたしもほしい」
ほかの人たちと同じように真野ちゃんから見ても、航はそんなふうに映っているのか。
わたしの前ではたくさんやきもちを焼くし、意地悪なことも言うし、それこそ子どもっぽく拗ねるときもある。けっこうかわいいところもあるのにな。
「なによ、ニヤニヤして」
「別に」
「まさか、いやらしいこと思い出してるんじゃないでしょうね?」
「そんなわけないでしょう」
「どうだか。今までふたりで、どこでなにをしてたんだか」
肘《ひじ》で脇腹のあたりをぐいぐいと押される。その目は完全に怪しんでいて、さっきのホテルでのことを思い出してしまった。
「……ちょっ、なっ、なにもしてないってばっ!」
「高級ホテルのラグジュアリーなお部屋。窓から見える夜景はさぞかし素敵だったんだろうなあ」
意味深に笑みを浮かべられ、一気に汗が吹き出た。なにもかもお見通しみたいな言い方だ。
「まあいいけど。普段あんまり会えないんでしょう? こういうときぐらいイチャイチャすればいいよ」
「そうなの。あっ、今のはあんまり会えないっていう意味ね。先月まで航の仕事が激務で。年度が替わってようやく少しだけ落ち着いたとこ」
「そのタイミングでプロポーズされたわけだ。いいなあ。順風満帆《じゅんぷうまんぱん》な人生だよね、美織って」
真野ちゃんはわたしの婚約指輪を見て、しみじみとなる。
「つき合いもそれなりに長かったから。なんとなく、そろそろっていうのもあったんだと思う」
「初めてつき合った相手と結婚か。でもそれで本当にいいの? これでいいのかなって考えたことない?」
「ほかの人とつき合うことは、逆に考えられないよ。よくマリッジブルーっていうけど、わたしにはないなあ。航の背負っているものを考えて怖くなるときはあるけど」
大学生のときは恋愛のことだけを考えてつき合えたけれど、社会人になってからはそうはいかない。深見地所という日本屈指の巨大企業に勤め、いずれは深見グループの後継者のひとりになるのは、彼にかかわっている人間なら誰もがわかっていることだ。
結婚したら、わたしは今の仕事を続けていくことは難しくなるかもしれない。航は続けていいよと言ってくれるけれど、現実問題そうはいかないのはある程度覚悟している。
「なんか、ごめん。美織の場合、普通の結婚とは訳が違うよね。旦那さんのサポートとか、人づき合いとか、跡取りとか。プレッシャーも大きいもんね」
「やだな、そんな深刻そうな顔しないでよ。十分幸せなんだから」
そのとき新郎新婦の入場となり、会場の照明が薄暗くなった。見るとスポットライトを浴びた蒼汰くんと智花がにこにこしながら入ってきた。オレンジ色の照明の下、大胆に肩を露出した白いミニドレスを身にまとった智花は、弾けるような笑顔をみんなに振りまいていた。
蒼汰くんのウエルカムスピーチのあと、乾杯をした。続いてウェディングケーキ入刀。その間、披露宴の映像もスクリーンに映し出された。
そのあとは恒例のビンゴ大会。大盛りあがりのなか、わたしは真野ちゃんと一緒にワインと料理を堪能していた。
「ビンゴ大会は日比谷さんのおかげで景品が異様なくらいに豪華だね」
「蒼汰くんは大親友だから」
「それにしては太っ腹すぎない?」
「蒼汰くんやみんなが喜ぶ顔を見たくてそうしてるんだから、いいんだよ」
景品には4Kテレビ、空気清浄機、オーブンレンジといった一流メーカーの家電製品。松坂牛のステーキ、カニの詰め合わせなどの高級食材。さらに豪華客船のディナークルーズ、ロイヤルプリズムホテルのディナーつきスイートルームペア宿泊券等々、これでもかというくらい協賛していた。
どんな景品にしようかなと、あれこれ考えている航はとてもうれしそうで、わたしもそんな航を見ているのが楽しかった。
「あれ?」
ふいに真野ちゃんがつぶやいた。
なんだろうと思い、彼女の視線を追うと、新郎新婦の隣で楽しそうに笑っている航の姿があった。
会場は長方形のテーブルが等間隔に並び、壁際は連なった黒のソファ席になっている。そこに真野ちゃんと並んで座っているのだけれど、その位置から斜め方向に新郎新婦席がある。
気心の知れた友達である蒼汰くんと智花の前だからこそ見せる自然体の笑顔。それは理解できたが、問題は航の隣にぴったりと寄り添っている女の子がいることだ。
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