束縛フィアンセと今日も甘いひとときを

さとう涼

文字の大きさ
11 / 59
4.ふたりの間の不協和音

011

しおりを挟む
 二次会の会場はワインバー。高層ビルの二十階にあって、東京の夜景が一望できる絶好のロケーション。
 ここも深見グループの会社が経営しているお店。ゆったりとした店内は洗練されたオシャレな内装で、大人気のお店だ。

 四月といっても夜になると冷えるので、わたしはレースをあしらった長袖のトップスとフレアースカートというカジュアルダウンしたファッション。航はネクタイだけ白から色つきのものに変えていた。

 会場に着くと、すでに到着していた真野ちゃんに捕まった。

「美織、どこ行ってたの? さがしたんだから」

 真野ちゃんが不機嫌さを露わにした。
 航はその様子を見て気を使ったのか、「あとでな」とわたしの耳もとで小さく言ってから、男友達のほうへ歩いていった。

「ごめん、ちょっといろいろあって」
「はいはい、どうせ日比谷さんと一緒だったんでしょう。見てた子がいたの」
「それなのに何度も電話をよこすなんて」
「だって日比谷さんと喧嘩してたっぽいって聞いたから、大丈夫かなと思って」
「そうだったんだ。でも喧嘩じゃないの」

 無理やりエレベーターホールに連れていかれたのを見られていたのだ。あのときの航は、わたしも怖いと感じたぐらいだから、喧嘩していると思われたのは無理もない。
 わたしたちは壁際の端のほうの席に並んで座った。

「で、仲直りできたの?」
「うん、ちょっと誤解があっただけで、たいしたことじゃないの」
「ならよかった。でも喧嘩なんて珍しいね。日比谷さんって落ち着いていて、冷静沈着ってイメージだから」
「そうなの?」
「いつも余裕で、どんとかまえている感じだよ。いいなあ、あんな大人の彼氏、わたしもほしい」

 ほかの人たちと同じように真野ちゃんから見ても、航はそんなふうに映っているのか。
 わたしの前ではたくさんやきもちを焼くし、意地悪なことも言うし、それこそ子どもっぽく拗ねるときもある。けっこうかわいいところもあるのにな。

「なによ、ニヤニヤして」
「別に」
「まさか、いやらしいこと思い出してるんじゃないでしょうね?」
「そんなわけないでしょう」
「どうだか。今までふたりで、どこでなにをしてたんだか」

 肘《ひじ》で脇腹のあたりをぐいぐいと押される。その目は完全に怪しんでいて、さっきのホテルでのことを思い出してしまった。

「……ちょっ、なっ、なにもしてないってばっ!」
「高級ホテルのラグジュアリーなお部屋。窓から見える夜景はさぞかし素敵だったんだろうなあ」

 意味深に笑みを浮かべられ、一気に汗が吹き出た。なにもかもお見通しみたいな言い方だ。

「まあいいけど。普段あんまり会えないんでしょう? こういうときぐらいイチャイチャすればいいよ」
「そうなの。あっ、今のはあんまり会えないっていう意味ね。先月まで航の仕事が激務で。年度が替わってようやく少しだけ落ち着いたとこ」
「そのタイミングでプロポーズされたわけだ。いいなあ。順風満帆《じゅんぷうまんぱん》な人生だよね、美織って」

 真野ちゃんはわたしの婚約指輪を見て、しみじみとなる。

「つき合いもそれなりに長かったから。なんとなく、そろそろっていうのもあったんだと思う」
「初めてつき合った相手と結婚か。でもそれで本当にいいの? これでいいのかなって考えたことない?」
「ほかの人とつき合うことは、逆に考えられないよ。よくマリッジブルーっていうけど、わたしにはないなあ。航の背負っているものを考えて怖くなるときはあるけど」

 大学生のときは恋愛のことだけを考えてつき合えたけれど、社会人になってからはそうはいかない。深見地所という日本屈指の巨大企業に勤め、いずれは深見グループの後継者のひとりになるのは、彼にかかわっている人間なら誰もがわかっていることだ。
 結婚したら、わたしは今の仕事を続けていくことは難しくなるかもしれない。航は続けていいよと言ってくれるけれど、現実問題そうはいかないのはある程度覚悟している。

「なんか、ごめん。美織の場合、普通の結婚とは訳が違うよね。旦那さんのサポートとか、人づき合いとか、跡取りとか。プレッシャーも大きいもんね」
「やだな、そんな深刻そうな顔しないでよ。十分幸せなんだから」

 そのとき新郎新婦の入場となり、会場の照明が薄暗くなった。見るとスポットライトを浴びた蒼汰くんと智花がにこにこしながら入ってきた。オレンジ色の照明の下、大胆に肩を露出した白いミニドレスを身にまとった智花は、弾けるような笑顔をみんなに振りまいていた。
 蒼汰くんのウエルカムスピーチのあと、乾杯をした。続いてウェディングケーキ入刀。その間、披露宴の映像もスクリーンに映し出された。
 そのあとは恒例のビンゴ大会。大盛りあがりのなか、わたしは真野ちゃんと一緒にワインと料理を堪能していた。

「ビンゴ大会は日比谷さんのおかげで景品が異様なくらいに豪華だね」
「蒼汰くんは大親友だから」
「それにしては太っ腹すぎない?」
「蒼汰くんやみんなが喜ぶ顔を見たくてそうしてるんだから、いいんだよ」

 景品には4Kテレビ、空気清浄機、オーブンレンジといった一流メーカーの家電製品。松坂牛のステーキ、カニの詰め合わせなどの高級食材。さらに豪華客船のディナークルーズ、ロイヤルプリズムホテルのディナーつきスイートルームペア宿泊券等々、これでもかというくらい協賛していた。
 どんな景品にしようかなと、あれこれ考えている航はとてもうれしそうで、わたしもそんな航を見ているのが楽しかった。

「あれ?」

 ふいに真野ちゃんがつぶやいた。
 なんだろうと思い、彼女の視線を追うと、新郎新婦の隣で楽しそうに笑っている航の姿があった。
 会場は長方形のテーブルが等間隔に並び、壁際は連なった黒のソファ席になっている。そこに真野ちゃんと並んで座っているのだけれど、その位置から斜め方向に新郎新婦席がある。
 気心の知れた友達である蒼汰くんと智花の前だからこそ見せる自然体の笑顔。それは理解できたが、問題は航の隣にぴったりと寄り添っている女の子がいることだ。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長 『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。 ノースサイド出身のセレブリティ × ☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員 名取フラワーズの社員だが、理由があって 伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。 恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が 花屋の女性の夢を応援し始めた。 最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。

エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない

如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」 (三度目はないからっ!) ──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない! 「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」 倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。 ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。 それで彼との関係は終わったと思っていたのに!? エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。 客室乗務員(CA)倉木莉桜 × 五十里重工(取締役部長)五十里武尊 『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

天才小児外科医から溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
天才小児外科医から溺愛されちゃいました

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~

けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。 好きになってはいけない人とわかっていたのに… 夢のような時間がくれたこの大切な命。 保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。 なのに突然、あなたは私の前に現れた。 忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。 私の運命は… ここからまた大きく動き出す。 九条グループ御曹司 副社長 九条 慶都(くじょう けいと) 31歳 × 化粧品メーカー itidouの長女 保育士 一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...