枯れない命と紡ぐ花

空崎 たると

文字の大きさ
3 / 23

いつか訪れるその日まで

しおりを挟む
「ん、んぅー……っ!」

 カーテンの隙間から差し込んだ暖かな日の光を受け、目を覚ます。
 知らない部屋、知らない世界での初めての朝は、なんだか少しだけ心地よい目覚めだった。

「一晩寝たら何かが変わる……なんてことはないよね」

 なにか思い出せないか頭を働かせてみるが、相変わらずモヤがかかったように真っ白のまま。

(結局、思い出せたことは昨日のアレだけ……か)

 思い出せたと言っても戻り方なんかは相変わらずわからないままだし、それ以外の情報も一切わかっていないんだけど……。

「そうは言っても、ここで悩んでいても何か変わらない、よね」

 何か迷ったら一旦行動に移す。何もできずに停滞していると掴めるチャンスだって逃してしまうかもしれない。
 ひとまずは……。

「とりあえずみんなに挨拶から、かな」

 そう呟いてから、僕は部屋を後にした。




「ユズさんおはようございます」
「あ、肇くんおはようございます」

 部屋から出て下の階へ降りると、ユズさんが大きな籠を抱えていた。
 ここはリビングになっているらしく、大きなソファにテレビのようなものまで。
 この部屋に対して違和感を抱いていない辺り、どうやらこういったところは元いた世界とさほど変わらないらしい。

「肇くんは私と同じで早起きなのね」

 ユズさんはそう言って僕に優しく微笑む。
 言われてみれば他の人はまだ寝ているのか、ここには僕とユズさんしかいない。

「ユズさんはいつもこの時間に?」
「そうね。私はみんなのお洋服を洗濯して干さないといけないから」

 慣れた手つきで次々と籠の中に入っている服を、次々とハンガーにかけていく。
 昨日もそうだったけれど、ユズさんは三人の中でも一番しっかりしていて、包容力もあるように思える。
 それでいて、家族の中で一番早くに起きて、洗濯などの家事もして……。

「なんだかお母さんみたいですね」
「そうかな? ……まぁ、そうかも。これでもこの家の中では一番お姉さんだし、私自身こういった家事とか大好きなの」

 ユズさんは僕と会話しながらも手を動かし続けていた。
 けれど、その表情は先ほどから変わらず優しい笑顔のままで、心から本当にそう言っているのだと伝わってく
る。

「そういえば肇くんの服も買わないといけないね」
「僕のですか? 流石にそこまでしてもらうには……」
「記憶、まだ戻ってないでしょ?」
「それは、はい。少し思い出せたこともありますが……」
「ふふっ、そんなに焦らなくてもいいのよ。ゆっくりでいいんだから」
「…………はい」

 しかしアオイさんは僕がここにいるのを嫌がっていた。いくら記憶が無く、行く当てもないとはいえ、嫌がっている女性がいるのにいつまでもここにいるわけにはいかない。

「……アオイちゃんのこと、気になる?」
「え、あ、はい。あ、いいえっ」

 顔に出ていたのか、考えていたことを言われ、つい慌ててしまう。

「ふふっ、隠さなくていいよ」
「……はい。その、アオイさんは僕のことを嫌っていたみたいだから、やっぱりあんまり長くいないほうがいいのかなって」
「肇くんって優しいのね」
「どう、ですかね。正直昔のことがわからないのでなんともいえないです」
「ううん、優しいわよ。アオイちゃんにあれだけ言われてそれでもアオイちゃんのことを考えてくれているんだもん」
「さてと、そろそろみんなを起こさないといけない時間だけど……」
「ふわぁ~、ユズしゃん、肇しゃん、おはよーございますぅ~」
「おはようユズ」

 ユズさんが階段へと目を向けると、上から眠たそうに瞼を擦るサクラさんと、身支度までしっかりと整えているアオイさんが降りてきた。

「おはよう。でもアオイちゃん、もう一人忘れているわよ」
「……おはよう」
「お、おはようございます」

 アオイさんから明らかに不服そうな表情を浮かべられながら挨拶を交わす。
 その一方でサクラさんは身体を左右に揺らしながら、僕の前に立ち、

「肇さんも早起きさんなんですね~」
「今日はたまたまだよ」
「一人で起きられるなんて偉いですよぉ」

 まだ寝ぼけているのだろう、呂律が回りきっていないし、なんだかぽわぽわしている。

「ほら、サクラ。顔を洗うわよ。そうすれば目が覚めるから」
「はぁ~い。それでは肇さん、またあとで~」

 サクラさんはそう言って、アオイさんに背中を押される形でリビングをあとにする。
 そんな二人を見ていると、つい本音が零れてしまう。

「……良いお姉さんなんですね」
「本当の姉妹ではないけど、一緒に暮らしていたら自然とそうなっちゃうのよ。サクラちゃんって、どこか放っておけないようなところがあるから」
「あはは、なんとなくわかります」

 知らない世界で僕を助けてくれた優しい女の子。
 もちろんユズさんの優しさも負けず劣らずだけど、サクラさんにはもっと別のものを感じる。
 人を引き付ける、思わず魅了されてしまうような……。

「それじゃあみんな起きたからご飯の準備をしないと」
「あ、僕も手伝います」
「ふふ、ありがとう。助かるわ」

 いつまでもこの優しさに甘えてばかりではいけない。
 僕にも出来ることを見つけていくんだ。いつか別れの日が訪れるその時まで。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

哲子67歳★恋して焦げて乱れ咲き♪

obbligato
恋愛
67歳、二次元大好き独身女子のぶっとんだ恋愛劇。 ※哲子は至って真面目に恋愛しています。

レオナルド先生創世記

山本一義
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

元婚約者が修道院送りになった令嬢を呼び戻すとき

岡暁舟
恋愛
「もう一度やり直そう」 そんなに上手くいくのでしょうか???

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

処理中です...