必要ないと言われたので、私は旅にでます。

黒蜜きな粉

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召喚令状

第1話

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 深淵の森を抜けた先の街。
 石造りの城門を越えると、長い旅の疲れを癒すように街の喧噪が迎えてくれた。
 湿った森の匂いに代わって香辛料や焼き菓子の甘い匂いが鼻を満たす。
 ようやく暗闇から解放されたのだと、一行の誰もが胸を撫で下ろしていた。

 しかし、その安堵の時間は短かった。
 先ほどまで深淵の管理者を笑顔で迎えていたエルドランが、厳しい口調でリリアと話がしたいと申し出てきたのだ。

「人の目のある場所は控えたい。この先に魔術ギルドの支部がある」

 エルドランはそう言い、視線でリリアに着いてくるよう促す。
 リリアは困惑して立ち尽くした。声を失っている以上、彼とまともに話などできない。
 そんなリリアの前にヴァルガンが立ちはだかった。

「俺も同行する。一座を預かる者として当然だ」

「許可できぬ。私は墓守の娘と話がしたいだけだ」

 エルドランは一歩も引かず、鋭い視線で切り捨てる。

「お前は余計な言葉を差し挟むだろう」

 場に重たい沈黙が落ちた。ヴァルガンの眉間に深い皺が刻まれる。

「ふざけるな」

 ヴァルガンの声が低く響いた瞬間、場の空気が張り詰めた。

「リリアは一座の人間だ。俺の許可なく勝手に連れて行かれては困る。どうしても話がしたいのなら、誰か一座からひとり同行させろ」

 すると、横から無骨な声が割って入った。

「ならば俺が行く」

 カリムだった。
 短く言い放った。その声には鋼のような強さがあった。
 だがそれも、エルドランは首を振って拒んだ。

「騎士殿には関係のない話だ。遠慮していただきたい」

 なおも食い下がろうとする二人を遮るように、エルドランの視線が一座の奥へと流れた。
 針のように鋭い眼差しが突き刺さった先、そこにいたのはジャドだった。

「……お前だ。お前なら共に来てもよい」

「え……? 俺、ですか?」

 あまりに想定外の指名だったのか、ジャドの声が裏返る。
 普段は軽口を叩き、場を和ませる彼だが、このときばかりは肩をすくめて目を泳がせた。

「な、なんで俺なんだ……?」

 戸惑うジャドに、ヴァルガンが口を開いた。

「行け、ジャド。お前に任せる」

 低く響いたその一言に、ジャドは息を呑んだ。
 振り返れば、仲間たちがそれぞれの思いを瞳に宿しながらジャドを見つめている。
 リリアは胸の奥で鼓動を強く感じながら、かすかにうなずいた。



 人でにぎわう大通りを、リリアは石畳を踏みしめて歩いていた。
 前を歩いているのはエルドラン。その脇に並ぶのはジャドと、深淵の管理者。
 なぜか当たり前のように、管理者も同行していた。

 しばらく沈黙が続いた後、ジャドが痺れを切らしたように口を開いた。

「……なあ、エルドラン様。なんで俺なんだ? ヴァルガンさんやカリムさんじゃなくて、わざわざ俺を選んだ理由って」

 軽口のように言いながらも、声には本気の戸惑いが混じっていた。
 リリアも気になっていた。なぜ、彼なのか。

 先を歩くエルドランは、振り返らずに答えた。

「お前には裏がない」

 短く、切り捨てるような言葉。
 リリアは思わず目を瞬いた。
 その言葉にどんな意味が込められているのか、すぐには理解できない。

 ジャドは小さく息を吐き、やがて肩を落とした。

「……つまり俺は、普通のやつってことか」

 どこか残念そうに呟く。
 それは拗ねるようでもあり、諦めるようでもあった。

 リリアはジャドの横顔を見つめる。
 たしかにいつもニコニコと笑っていて、一座の中ではもっとも無害に見える存在。
 だから選ばれたのだろうか。

 けれど、ジャドが口にした「普通」という言葉が、妙に胸に引っかかった。

 そこで、これまで黙っていた管理者が口を開いた。

「普通とは……悪意がないということだ」

 淡々とした声。だが、その奥には確かな意志が宿っていた。

「一座の中には、他者を利用しようとする者がいる。例えばカイやセラ……彼らは己の利を求め、少女をも道具として扱った」

 その名が出た瞬間、リリアの胸が強く震えた。
 森の中で自分を利用した二人。その本質を、この短い時間で見抜いたのか。
 驚きと同時に、心の奥に熱が広がっていく。

「だが、お前には計算も野心もない。だからこそ信頼できる」

 管理者はまっすぐ前を向いたまま、淡々と告げた。
 ジャドは一瞬、言葉を失い、それから深くうつむいた。

「……そういうものか」

 わずかに唇を噛みしめ、やがて押し黙る。
 普段の軽さは影を潜め、ただ真摯にその言葉を受け止めているようだった。

 リリアの目に、管理者はこれまでと違って映った。
 冷たく無機質に思えていたその眼差しが、実は人の心の奥底を鋭く見抜いている。彼の存在が急に大きく、そして頼もしく思えた。

 そんな空気を、エルドランが面倒そうに断ち切った。

「その話の続きは……ギルドについてからにしよう」

 呆れたような声音に、管理者はあっさりと口を閉ざす。

 喧噪が遠のき、石畳を踏む自分の足音ばかりがリリアの耳に響いた。
 やがて街の奥に、魔術ギルドの支部を示す高い尖塔が姿を現す。
 陽光に照らされた石造りの尖塔は、ただ在るだけで圧を放っていた。

 リリアは無言のまま、その建物を見上げる。
 胸の奥で、鼓動がひときわ強く跳ねる。
 それは不安とも期待ともつかない、次の運命を告げる予感だった。
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