必要ないと言われたので、私は旅にでます。

黒蜜きな粉

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王都霊廟

第5話

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 封印の間は静まり返っていた。
 崩れた石碑の破片が足元に散り、燭台の炎が弱く瞬いている。
 その中心に、アランが立っていた。
 まるで再会を祝福するように、穏やかな笑みを浮かべて。

 けれど、リリアの胸の奥で、冷たい予感が疼いていた。
 黒曜石の短剣を構えたカリムの手が、わずかに震えている。
 空気が張り詰め、息をすることさえためらう。

「……陛下」

「なんだい、リリィ?」

 その声は、かつてと同じ。
 学園の庭で何度も耳にした、柔らかく人を包み込む響き。
 けれど今は、底に冷たいものが沈んでいた。

 リリアは拳を握りしめ、目を逸らさずに声をかける。
 アランはゆっくりとこちらを見やり、目を細めた。
 その横顔には懐かしさと、どこか諦めのような影が差していた。

「せっかく君と二人きりで会えると思っていたのに……」

 アランは足元のセラと、リリアの隣に立つカリムを順に見た。
 薄く息を吐き、冷たく笑う。

「どうしてこうも邪魔者がいるのかな」

 あくまで穏やかな口調だった。
 だが、その一言に潜む棘を、リリアもカリムも感じ取っていた。
 カリムの肩がわずかにこわばる。黒曜石の刃が光を反射し、空気が震える。

「陛下……セラさんを殺したのは、あなたですか」

 リリアの声は落ち着いていた。
 けれど、その言葉の奥に、深い怒りと悲しみが潜んでいた。

 瞬間、空気が凍りつく。
 カリムが息を呑み、視線をセラへと向けた。
 地に伏した少女の身体は、まだ温かさを残しているように見えた。

「まさか……倒れてるだけじゃないのか?」

 リリアはゆっくりと首を振る。
 涙が頬を伝い落ちた。

「鼓動が……聞こえません。それに……」

 言葉を飲み込みそうになる。信じたくなかった。

「魂まで壊されてしまった。セラさんの存在が、もうどこにも感じられません。これじゃ導くこともできません」

 心を落ち着けなければいけないと思うのに、次第に声が揺らいでいく。
 やがて、震え、掠れていた。
 だが、どうしても問わねばならないと、その意志だけでリリアは言葉を続ける。

「どうして、どうしてそんなひどいことを……。陛下、どうしてなんですか」

 リリアの必死の言葉にも、アランは穏やかな笑みを崩さなかった。
 彼は静かに息を吐き、ゆっくりと口を開いた。

「……君を殺そうとしていたからだよ」

 淡々とした口調だった。
 あまりに当然のことを述べるような、冷たい響き。

「この娘は君を殺し、僕を殺し、国を奪おうとしていた。僕は王として、そして君の友人として、祖国を守るために行動しただけだ」

 その言葉のどこにも、迷いはなかった。
 まだ恨み言を聞かされた方が、きっと楽だっただろう。

 アランは一歩ずつ、ゆっくりと歩き出した。
 破片を踏む音が、近づいてくる。

「僕はね、リリィ。この国に暮らす者が平和に過ごせるように、ずっと考えてきた。理解してくれない者もいるけれど、協力してくれる者もいる」

 どこまでも穏やかな声。
 それが、かえって異様だった。

 アランはリリアの前に立ち、目を細めて微笑む。

「リリィにも、協力してほしい」

 その響きは甘く、懐かしい。
 だが、その優しさの裏側に、触れてはいけない底があるのをリリアは感じ取っていた。

「そのお誘いの返事をさせていただく前に、答えていただきたいです」

 リリアがそう言うと、アランは問いを促すように小さく肩をすくめた。

「石碑を壊したのは……陛下ですね?」

 リリアが静かに問いかけると、カリムが隣で息を呑んだのがわかった。
 アランは微笑みを保ったまま、何も答えない。

「なにもおっしゃらないということは、肯定と受け取ります」

 リリアの声には怒りではなく、ただ揺るぎない確信があった。
 アランの笑みが、わずかに歪む。

「わかっているのなら、わざわざ聞かなくてもいいのに」

 その呟きとともに、アランは一歩近づく。
 伸ばされた手が、リリアの頬に触れた。

「そうだよ。あの娘がここへ来てから壊したのなら、大きな音が聞こえたはずだ。粉塵も舞っていない。……最初から壊れていた、それだけのことだよ」

 アランの声は終始穏やかで、説明するような調子だった。
 だがその平静さこそが、リリアの心を締め付けた。

「……なぜ、そんなことをなさったのですか。あれは、あの石碑は──」

 リリアは言葉が続かず、唇を噛んだ。

 石碑はグレイモンドの血を継ぐ者が、代々守り続けてきた理そのもの。
 それを壊しても、アランにとっては「当然のこと」なのだ。
 謝罪も痛みもない。
 それが悲しくて、リリアは肩を震わせた。
 これ以上涙だけは流すまいと拳を握って耐える。

 アランはそんなリリアを黙って見つめていた。
 彼は答えを急がなかった。
 しばしの沈黙のあと、口元に穏やかな笑みを戻す。

「呪いを、僕に返してもらうためだよ」

 その瞬間、空気が一気に沈んだ。
 リリアは息を呑み、カリムが短剣を握り直す音が聞こえる。

「呪いを……返す?」

 リリアが問うと、アランはまるで子どもに語りかけるように柔らかく言った。

「君の一族が背負ってきた呪い。それを僕が引き受けなければ、誰も自由になれない。君も、この国も、理に縛られたままだ。だから僕が、それを終わらせる」

 その声は慈悲に満ちていた。
 けれど、リリアにははっきりとわかった。
 目の前にいる男は、かつて肩を並べて笑い合ったあの人ではない。

 ──この人はもう、私の知っている王じゃない。
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