必要ないと言われたので、私は旅にでます。

黒蜜きな粉

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古王封域

第13話

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 感謝の言葉を述べ終えると、アランはふと封牢の奥へと視線を向けた。
 誰もいないはずの闇をじっと見据え、静かな声音で語りかける。

「……あなたにも、ご迷惑をおかけしたようですね。ありがとうございます」

 それまで以上に深い礼。
 その所作に、場の空気が静かに張りつめる。
 リリアはその理由がわからず、胸の奥に小さな違和感を覚えながら、きょとんと首を傾げた。

「アラン、どうしたの……?」

 問いかけた瞬間、封牢に低い声が響いた。

『迷惑というほどのことはない。むしろ、なかなか楽しませてもらったよ』

 その声を聞いたリリアは、はっと息を呑み、音のした方向へ身を乗り出す。

「え……?」

 封牢の最奥。崩れた瓦礫の上に、手のひらほどの黒いトカゲがちょこんと座っていた。
 黒曜石のような鱗が淡く光を返し、瞳の奥だけは以前と変わらない威厳と深さを宿している。

『我の力をもってしても導ききれぬ魂に、自我を奪われながら持ちこたえるとは。やはりそなたは王の器よ』

 ガハハと腹の底から響く笑い声。
 姿こそ小動物だが、声だけは古竜そのもの。むしろ圧が増していた。

 リリアは完全に面食らい、ぽかんと口を開けた。

「……あ、アズ=カラグさま?」

『友よ。ほんの少し姿が変わっただけだというのに、その反応。まこと愛らしいことよ』

 小さな羽をぱたりと広げると、アズ=カラグはふわりと舞い上がり、リリアの肩に軽々と降り立った。
 重さはほぼ感じないのに、存在感だけがしっかりと宿っている。

 リリアは肩の上で丸まったトカゲを見て目を丸くし、声にならない声を漏らした。
 その隣でアランが控えめに笑い、アズ=カラグに視線を向けた。

「そのお姿、ほんの少しでは済みませんよ。いったいどうされたのです?」

『なに、ただ蓄えていた力を使い切っただけのこと。……さて王よ、とどめを刺すか?』

 封牢内に張り詰めた空気が走った。
 ヴァルガンが瞬時に前へ出て、カイは杖を構え、カリムの目が細まった。

 しかし、アランだけは周囲の緊迫を意に介さぬように軽く肩をすくめた。

「嫌ですよ。あなたを殺したら、リリィが悲しむ」

『ほう……それは困るな』

 アズ=カラグが愉快そうに喉を鳴らしたその時、封牢の外から慌ただしい足音が響いてきた。

「陛下! 陛下はご無事で──!」

 駆け込んできたのはエルドランだった。
 肩で激しく息をし、必死の形相で辺りを見渡していた。

「遅い! もうすべて終わった」

 ヴァルガンが険しい顔で言い放つと、エルドランは悔しげに顔を歪め、言い返そうとした。
 だが、その口を開くより先に、アランが軽く手を上げ、その動きを制した。

「……彼の言う通りだ。すべて終わった。私は城へ戻る」

 短いが明確な宣言。
 アランは踵を返し、封牢の入口へ歩き出す。
 エルドランも慌ててその背を追う。

 その姿が遠ざかりかけた時、リリアの胸がざわついた。

「アラン! 待って!」

 アランが振り返る。
 リリアは彼の前に立ち塞がり、必死に息を整えて言葉を絞り出した。

「……わたし、あなたと話がしたいの」

「奇遇だね。僕もだよ」

 アランは柔らかく笑う。
 しかし、次の瞬間には困ったように眉を寄せた。

「……しでかした僕が言うことではないけれど、今は後片付けを急がないといけない。数日のうちに時間を作るから……それでいいだろう?」

「うん、わかった。でもね、私にできることがあったら言ってほしいの。特に、この霊廟の惨状は……私がいた方が、どうにかなると思うよ?」

 リリアは崩れた壁や割れた封印具を見渡しながら言った。
 アランはその視線を追い、申し訳なさそうに表情を曇らせる。

「……すまない。全部、僕のせいだね」

「今は謝らないで。後でちゃんと話そう」

「……わかった。じゃあ、後でね」

 アランはリリアにやわらかく微笑みかけると、再び出口へ向かって歩き出した。
 エルドランが後を追うように続く。

 彼らの足音が遠ざかるにつれ、封牢にはゆっくりと静けさが戻っていった。
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