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転職

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「おい、そこでなにをしている!」
 
 タニヤの意識が遠のいてきたとき、よく通る低い男の声が聞こえた。
 目の前にいた男は声が聞こえると、すぐにタニヤの首を絞めていた手を離した。
 急に息ができるようになったタニヤは、喉を押さえながらその場に座り込んでしまう。

「――っゲホゲホ!」
 
「大丈夫かい? いったいなにがあったんだ」

 声の主がタニヤの元まで駆け寄ってきた。
 タニヤは目の前がぼんやりとしたまま、声の主を見上げる。

「……っうう、エリアス、さん?」

 徐々に見えるようになってきたタニヤの視界に入ったのは、胸元に光る銀色の冒険者プレートだった。
 エリアスは心配そうな顔をしてタニヤを見つめていた。

「びしょ濡れじゃないか。すごく顔色も悪いし、こいつになにをされたんだい?」

「はあ? それは俺のやったことじゃねえし」

 まだ息が苦しくて言葉がうまく出てこないタニヤをおいて、男がエリアスに食ってかかった。

「いきなり割り込んできて何様だよ。俺はその女と話をしてんだから邪魔するな」

「しかし、俺には君が彼女の首を絞めていたように見えたぞ」

「それは俺とこの女の問題だ。アンタに口出しされることじゃないね」

 男はエリアスと言い争いをはじめてしまった。
 このまま男にエリアスとやり取りをさせていたら、そのうちに男の感情が昂って口を滑らせるかもしれないと、タニヤは不安になる。

「君と彼女の問題って、二人はどういう関係なんだい?」

「だから、それはアンタには関係ねえだろって。どこかに行ってくれないっすかねえ」

 タニヤは厄介な人物が出てきてしまったと焦る。
 エリアスはタニヤのことを信用していないとわかっている。男が口を滑らせれば、そちら言い分を信用するに決まっている。


「わ、私がドジだから彼を怒らせてしまっただけなんです!」

 タニヤは勢いよく立ち上がって、男の腕を引いた。
 少しでも男をエリアスから遠ざけると、タニヤはバッグの中から換金したばかりの現金を取り出す。

「本気で怒っていたわけじゃないのよね? ちょっとふざけていただけよね」

 タニヤはエリアスの目を盗んで、男の手に現金を握らせた。
 男としても、銀の冒険者であるエリアスとは揉め事を起こしたくはないはずだ。
 今はこれで手打ちにしてくれというタニヤの視線に気がつくと、男は満足げに笑った。

「ああ、ちょっとからかっていただけだよ。なんか心配させちまってすみませんねえ」

「ねえ、あなたはまだ仕事があるのでしょう? 早く行ったほうがいいんじゃないかしら」

「そうだな。んじゃ、俺はこれで失礼させてもらうわ」
 
 男は満足そうに金をしまうと、すぐにこちらに背を向けて去って行った。
 いつの間にか檻を持った方の男は姿を消している。エリアスがあらわれたときに慌てて逃げたのかもしれない。

「私たちのことはこれで片付きました。エリアス様にはご心配していただきありがとうございました。私もこれで失礼いたしますね」

「ちょっと待ってよ。本当に問題はないの?」

 立ち去ろうとするタニヤの腕を、エリアスが掴んだ。

「なにもありませんわ。手を離してくださいませんか?」

「女性に手を上げるなんて、よっぽどのことがない限りあり得ないことだと思うのだけど……」

「心配してくださって本当にありがたいですが、エリアス様には関係のないことですから」

 それだけ言うと、タニヤはエリアスの手を振り払ってその場を走り去る。

「あ、ちょっと待ってってば! 今のこととは別で、聞きたいことがあって探していたんだ!」

 エリアスが声をあげているが、タニヤは無視を決め込んだ。
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