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嵐の前
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タニヤは女の言葉を聞いて、少し考え込んだ。
もうタニヤが以前のような生活に戻れることはない。失ってしまったものが元通りになることはあり得ない。
全ては過去のこととして、タニヤはこれからを生きていくしかないのだ。
「……本当にお祝いをいただいた方が、グリエラさんはお喜びになるでしょうか?」
いまの自分を受け入れるしかない。まともに生活しようとしても、それができないのだから仕方がない。
──明日の食事を心配するようなひもじい生活はもう嫌だ。
世の人々は表の顔と裏の顔を使い分けて上手に生きている。タニヤもそうして狡猾に生きていく術を学ばなくてはいけない。
「絶対にお喜びになられますわ」
女は自信たっぷりに言った。
それを見てタニヤが黙って頷くと、女は不敵な笑みを見せた。
「ほらほら、そうと決まればこちらもいかがかしら。マルク様が値段は気にする必要がないとおっしゃっておりましたことですし」
女は自分が用意してきた装備品を箱の中から取り出して、次々に机の上に並べていく。
「お召しの物よりこちらの方が良い素材ですし、なによりデザインが可愛らしいでしょう? さあさあ、こちらも袖を通してくださいな」
女は強引に別の装備品をタニヤに着せようとする。
「ちょっと待ってください。私のものなのですから、私にじっくりと選ばせてくださいよ!」
「安心しな。仲間に変なものを勧めたりはしないからさ」
「それはつまり、さっきの女の子たちには変なものを売りつけて……?」
「んなこと今は関係ないよ。グリエラ様が直接お迎えになったという方に適当なものをお渡ししてしまっては、ここでの私の立場がなくなるんだ!」
「な、なんですかそれ。けっきょく心配しているのはご自分のことなのですか?」
「当たり前さ!」
女はタニヤに近づいてきて力強く言った。
女は商売人の本領を発揮して、タニヤに装備品をあれこれと勧めてくる。タニヤは女の強引な勧めをかわしつつ、いくつか気になるものを試してみて、これだというものに決めた。
女は最後にタニヤの服の裾を整えると、満足げに頷いた。
「よし、問題ないね。マルク様、こちらでいかがでしょうか?」
「ええ、ちょっと待ってください!」
女は止めるタニヤを無視して、事務室の外にいるだろうマルクを呼びつけた。
マルクはすぐに事務室の中に入ってきて、鏡の前に立っているタニヤを見つめてきた。
「とてもよくお似合いですよ」
マルクが開口一番そう言ったのを聞いて、女がほらねと小声でタニヤにささやく。
「……あ、ありがとうございます」
タニヤが気恥ずかしさに頬を染めて礼を言うと、女がまた背中を叩いてきた。
「アンタはけっこうあざといところがあるよね。そんなにマルク様が気に入ったのかい?」
呆れたように言う女に、タニヤはカッと目を見開いた。
「な、なんてことをおっしゃるのですか!」
「だってアンタはここへ来てからずっとマルク様のことをジロジロと見つめているし、手を握ったりなんてしちゃってさ」
女は肩をすくめて呆れたように溜め息をつく。タニヤは自分の頬がどんどん熱くなっていくのがわかった。
「悪いことは言わないから、この方に惚れるのはやめておきなよ。そりゃいい男だけど、絶対に苦労するよ。女関係で揉めて泣かされたくはないだろ?」
女がタニヤの肩に手を置いて力説してくる。タニヤは恥ずかしすぎて顔を手で覆っていた。
「おい、あまりタニヤさんに変なことを言うな」
「あらあら、言われたくないのでしたらもっと上手に遊べるようになってくださいまし。こっちは女たちが騒いで大変なのですから」
「だからな……」
マルクは女になにか言い返そうとしていた。しかし、女はこの話はおしまいだと言いたげに、パンと手を叩いた。
「さあお嬢さま、まだ他にもご入り用の物があるのでしょう? さっさと選ばないと日が暮れてしまうからね」
もうタニヤが以前のような生活に戻れることはない。失ってしまったものが元通りになることはあり得ない。
全ては過去のこととして、タニヤはこれからを生きていくしかないのだ。
「……本当にお祝いをいただいた方が、グリエラさんはお喜びになるでしょうか?」
いまの自分を受け入れるしかない。まともに生活しようとしても、それができないのだから仕方がない。
──明日の食事を心配するようなひもじい生活はもう嫌だ。
世の人々は表の顔と裏の顔を使い分けて上手に生きている。タニヤもそうして狡猾に生きていく術を学ばなくてはいけない。
「絶対にお喜びになられますわ」
女は自信たっぷりに言った。
それを見てタニヤが黙って頷くと、女は不敵な笑みを見せた。
「ほらほら、そうと決まればこちらもいかがかしら。マルク様が値段は気にする必要がないとおっしゃっておりましたことですし」
女は自分が用意してきた装備品を箱の中から取り出して、次々に机の上に並べていく。
「お召しの物よりこちらの方が良い素材ですし、なによりデザインが可愛らしいでしょう? さあさあ、こちらも袖を通してくださいな」
女は強引に別の装備品をタニヤに着せようとする。
「ちょっと待ってください。私のものなのですから、私にじっくりと選ばせてくださいよ!」
「安心しな。仲間に変なものを勧めたりはしないからさ」
「それはつまり、さっきの女の子たちには変なものを売りつけて……?」
「んなこと今は関係ないよ。グリエラ様が直接お迎えになったという方に適当なものをお渡ししてしまっては、ここでの私の立場がなくなるんだ!」
「な、なんですかそれ。けっきょく心配しているのはご自分のことなのですか?」
「当たり前さ!」
女はタニヤに近づいてきて力強く言った。
女は商売人の本領を発揮して、タニヤに装備品をあれこれと勧めてくる。タニヤは女の強引な勧めをかわしつつ、いくつか気になるものを試してみて、これだというものに決めた。
女は最後にタニヤの服の裾を整えると、満足げに頷いた。
「よし、問題ないね。マルク様、こちらでいかがでしょうか?」
「ええ、ちょっと待ってください!」
女は止めるタニヤを無視して、事務室の外にいるだろうマルクを呼びつけた。
マルクはすぐに事務室の中に入ってきて、鏡の前に立っているタニヤを見つめてきた。
「とてもよくお似合いですよ」
マルクが開口一番そう言ったのを聞いて、女がほらねと小声でタニヤにささやく。
「……あ、ありがとうございます」
タニヤが気恥ずかしさに頬を染めて礼を言うと、女がまた背中を叩いてきた。
「アンタはけっこうあざといところがあるよね。そんなにマルク様が気に入ったのかい?」
呆れたように言う女に、タニヤはカッと目を見開いた。
「な、なんてことをおっしゃるのですか!」
「だってアンタはここへ来てからずっとマルク様のことをジロジロと見つめているし、手を握ったりなんてしちゃってさ」
女は肩をすくめて呆れたように溜め息をつく。タニヤは自分の頬がどんどん熱くなっていくのがわかった。
「悪いことは言わないから、この方に惚れるのはやめておきなよ。そりゃいい男だけど、絶対に苦労するよ。女関係で揉めて泣かされたくはないだろ?」
女がタニヤの肩に手を置いて力説してくる。タニヤは恥ずかしすぎて顔を手で覆っていた。
「おい、あまりタニヤさんに変なことを言うな」
「あらあら、言われたくないのでしたらもっと上手に遊べるようになってくださいまし。こっちは女たちが騒いで大変なのですから」
「だからな……」
マルクは女になにか言い返そうとしていた。しかし、女はこの話はおしまいだと言いたげに、パンと手を叩いた。
「さあお嬢さま、まだ他にもご入り用の物があるのでしょう? さっさと選ばないと日が暮れてしまうからね」
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