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激突

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 タニヤが森の中での一角狼の動きからスヴェンに対して疑念を抱いていると、街の方角から大きな叫び声が聞こえた。
 街に侵入してきた一角狼の雄叫びだ。妻に向けて別れを告げる言葉がタニヤの耳に届く。

「討伐されましたね。最後に妻へ別れを……」

「……タニヤさん」

 悲痛な顔をして言葉を詰まらせたタニヤの肩に、マルクがそっと手を乗せた。彼がそのままタニヤの耳元でなにかを言いかけたとき、森の中の大きな気配が勢いよく街へ近づいてくるのがわかった。

「……グルルルルルル」

 クヌートが低い唸り声を出し、臨戦態勢になる。
 タニヤがしまったと思っているうちに、森の中から一角狼が姿をあらわした。番の別れの言葉を聞いて、慌てて駆けつけてきたのだろう。
 
 最初に街へやって来た一角狼よりも体格が一回り大きい。立派な白銀の角の持つその姿に、目にした人間たちが恐怖の声を上げた。
 城壁に集められている兵士の中には、逃げ出そうとする者までいる。 

「皆落ち着け! 持ち場に戻って迎え撃つ準備をしろ!」

 騎士がその場で声を張り上げるが、周囲の兵士は身体を震わせて縮こまっている。
 一匹めの惨事でみな怖気づいてしまっているようだ。

「先ほどの狼よりもはるかに大きい。これは持ちこたえられるのか⁉」

 新たにあらわれた一角狼の姿を見て、マルクが焦った声を出す。


「……わあ、とっても綺麗。なんて美しい姿なのかしら」

 ぼそりとつぶやいたタニヤの言葉を、そばにいたマルクは聞き逃さなかった。

「えっと、今なんとおっしゃいましたか?」

「ごめんなさい、不謹慎でしたね。でも、すごく立派な個体ですよ」

 タニヤはマルクや周囲とは対照的に、嬉々として一角狼を見つめていた。
 そのタニヤの態度に、マルクが険しい顔をする。

「あの狼がですか?」

「はい。先ほど見た父親より角が立派でとても素敵です。でも、動きを止めるには角を折らないといけないでしょうか? 少しもったいない気がしますね」

 タニヤは顎に手を当てて一角狼の姿を観察しながら考え込む。すると、マルクが困惑した様子で声をかけてきた。

「いや、もうタニヤさんの出番はありませんよ。タニヤさんには兵士のいる場所までこっそりとモンスターを誘導していただく予定でしたが、もう来てしまいましたから。ここは兵士たちに任せて、私たちは安全な場所まで撤収しましょう」

「今の兵士さんたちにこの城壁の守りを任せられると思いますか?」

 タニヤが冷静に問いかけると、マルクと騎士が視線を合わせて厳しい表情をした。

「……ですが、先に街へやってきた方が討伐されたのなら、すぐに銀の連中がこちらに駆けつけてきます。それくらいの時間は兵士の職務として」

「無理ですね。みなさんすでに心が折れていますもの」

 タニヤはマルクが話している途中で口を挟んできっぱりと言い切る。

「――狼の相手は私がします!」

「あの狼の相手をお一人で? いくらなんでも危険すぎます!」

 タニヤとマルクの会話を黙って聞いていた騎士がたまらず声を張り上げた。そんな騎士を落ち着かせるように、タニヤは優しく声をかける。

「あなた方は民を安全な場所まで誘導してください。一匹めの侵入のときに怪我人がたくさん出ているでしょう? 手を貸してあげてください」

「……それはそうなのですが。あれの相手をお一人でするのはご負担では?」

「私が一人で相手をした方が、きっと街への被害が少なくて済みますよ。それに、あの狼と契約できれば素敵だと思いませんか?」

 タニヤがいたずらっぽく笑うと、騎士は呆気にとられてしまった。

「どうか皆さま、手出しは無用でお願いいたします」

 タニヤはマルクと騎士に向かってそう宣言する。
 
「クヌート!」

 タニヤが相棒の名前を叫ぶと、クヌートが肩の上から飛び立つ。タニヤはすかさず右手をクヌートに向かって突き出した。
 
 タニヤの右手の甲から小さな魔法陣が浮かび上がる。
 その魔法陣にクヌートが触れる。すると、クヌートの身体が一瞬にして大きくなった。
 タニヤは元の大きさに戻ったクヌートの背中に飛び乗った。

「――ド、ドラゴン⁉」

 マルクが驚きの声を上げる。

「あ、そうなのです。普段はこのままだと邪魔なので、小さくなってもらっているのですよ」

 タニヤがあははと笑うと、マルクが頭を抱えて溜め息をついた。

「……クナウスト家のお嬢様なら契約しているモンスターがトカゲ一匹のわけがないとは思っていましたが。まさかクヌートさんがドラゴンだったというのは考えていませんでしたね」

「きゅい? キュキュイ⁉」

「はあ、ふざけんなって言っていますよ。……それじゃ、ちょっと行ってきますね。絶対に私の邪魔をしないでくださいね」

 城壁の上にいる人々に念を押すように声をかけると、タニヤはクヌートと共に一角狼の元へ向かった。
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