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エピローグ
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お尋ね者のタニヤはこれまでのように、普通に街の出入りはできない。
関所には手配書が出まわっているため、どこかへ行くときはこうしてこそこそと隠れなければならないのだ。
だが、それが今までとあまり差がないと気がついて、タニヤは拍子抜けしていた。
「これ持っていって」
荷馬車の中でうずくまっていたタニヤの元へ、マルクがやってきて声をかけてきた。隣に座った彼は、タニヤに向かって小さな箱を差し出してくる。
首を傾げながら受け取ったタニヤに、マルクは箱を開けるように促してくる。
「あら、これはあの時の……?」
中身を見てタニヤはおもわず声が出た。
マルクと共に装備品を買いに出かけた日に、タニヤが眺めていた髪飾りだった。受け取れないと断ろうとしていると、マルクはタニヤの髪を手に取ってキスをした。
「受け取り拒否はなし」
「……っわかりました! ありがたくいただきますわ」
「少しくらい魔法付与されていないアクセサリーだって身に着けてもいいだろう?」
マルクはタニヤの髪を指先でいじりながら意地の悪い顔をする。タニヤが頬を膨らませて礼を言うと、マルクは右耳につけている耳飾りを指でつついてきた。
「残念だけど、これだけはどうしても外せないわ。皆さん心配してくださるけれど、もう精霊とは契約してしまったから」
「契約を無効にすることができるなら、俺はそうした方がいいと思うがな。またあの時のように精霊に惑わされて前後不覚になったらどうするつもりだ?」
「どうもこうもないわ。そのときはそのときよ」
タニヤがそう言って肩をすくめると、マルクが両手で頬を挟んで顔を覗き込んできた。
「俺は本気で心配して言っているんだぞ」
「……あら、本当にお上手な方ですね。そうやってたくさんの方を手玉に取ってこられたのでしょう?」
真剣な顔をするマルクを目の前にして、タニヤは口の端をあげてニヤリと笑ってみせた。
「そんなことはありませんよ。私はタニヤさんのことをとても好ましく思っておりますから」
「嘘。どうせグリエラさんから、あの女を逃がさないようにつなぎとめておけって言われているくせに」
タニヤがじとっとした目で見つめると、マルクは困ったように笑って手を離した。
「ほらやっぱり。べつにそれでいいのですけどね。都合よく利用しようとしてくれている内は守ってもらえるのだし」
「……おやおや。タニヤさんがそんなことをおっしゃるとは意外ですね」
「騙されていたっていい、利用されていたって構わない。私はもう少しそういうことを覚えたほうがいいのだと、この街に来てからつくづく思ったの」
タニヤが真剣な顔をしてそう言うと、マルクは顔をしかめた。彼は少し考える素振りを見せたが、すぐに質問をしてきた。
「それはどういうことでしょうか?」
「自分で言うのもなんですが、私は箱入りのお嬢様でした。しっかりと守られて育ってきたので、人の悪意とか、醜悪な部分とか、そういうことに対して疎過ぎたと自覚したのですわ」
タニヤはこれまで人が裏でどんなことを考えて、どういうことをしているのかといったことを知らなすぎた。
はじめて明確な悪意を向けられたと自覚したのは、憲兵に捕らわれたときだ。
それまでにも人から向けられる感情が嫌なものだと思ったことがないわけではないが、命の危険まで感じたのはあの時がはじめてだった。
「私は人の醜い感情を知るために商会を利用してやるつもりです。ですから、私のことを騙して利用してくれて構わないのです。そういうことを知りたいのですから」
関所には手配書が出まわっているため、どこかへ行くときはこうしてこそこそと隠れなければならないのだ。
だが、それが今までとあまり差がないと気がついて、タニヤは拍子抜けしていた。
「これ持っていって」
荷馬車の中でうずくまっていたタニヤの元へ、マルクがやってきて声をかけてきた。隣に座った彼は、タニヤに向かって小さな箱を差し出してくる。
首を傾げながら受け取ったタニヤに、マルクは箱を開けるように促してくる。
「あら、これはあの時の……?」
中身を見てタニヤはおもわず声が出た。
マルクと共に装備品を買いに出かけた日に、タニヤが眺めていた髪飾りだった。受け取れないと断ろうとしていると、マルクはタニヤの髪を手に取ってキスをした。
「受け取り拒否はなし」
「……っわかりました! ありがたくいただきますわ」
「少しくらい魔法付与されていないアクセサリーだって身に着けてもいいだろう?」
マルクはタニヤの髪を指先でいじりながら意地の悪い顔をする。タニヤが頬を膨らませて礼を言うと、マルクは右耳につけている耳飾りを指でつついてきた。
「残念だけど、これだけはどうしても外せないわ。皆さん心配してくださるけれど、もう精霊とは契約してしまったから」
「契約を無効にすることができるなら、俺はそうした方がいいと思うがな。またあの時のように精霊に惑わされて前後不覚になったらどうするつもりだ?」
「どうもこうもないわ。そのときはそのときよ」
タニヤがそう言って肩をすくめると、マルクが両手で頬を挟んで顔を覗き込んできた。
「俺は本気で心配して言っているんだぞ」
「……あら、本当にお上手な方ですね。そうやってたくさんの方を手玉に取ってこられたのでしょう?」
真剣な顔をするマルクを目の前にして、タニヤは口の端をあげてニヤリと笑ってみせた。
「そんなことはありませんよ。私はタニヤさんのことをとても好ましく思っておりますから」
「嘘。どうせグリエラさんから、あの女を逃がさないようにつなぎとめておけって言われているくせに」
タニヤがじとっとした目で見つめると、マルクは困ったように笑って手を離した。
「ほらやっぱり。べつにそれでいいのですけどね。都合よく利用しようとしてくれている内は守ってもらえるのだし」
「……おやおや。タニヤさんがそんなことをおっしゃるとは意外ですね」
「騙されていたっていい、利用されていたって構わない。私はもう少しそういうことを覚えたほうがいいのだと、この街に来てからつくづく思ったの」
タニヤが真剣な顔をしてそう言うと、マルクは顔をしかめた。彼は少し考える素振りを見せたが、すぐに質問をしてきた。
「それはどういうことでしょうか?」
「自分で言うのもなんですが、私は箱入りのお嬢様でした。しっかりと守られて育ってきたので、人の悪意とか、醜悪な部分とか、そういうことに対して疎過ぎたと自覚したのですわ」
タニヤはこれまで人が裏でどんなことを考えて、どういうことをしているのかといったことを知らなすぎた。
はじめて明確な悪意を向けられたと自覚したのは、憲兵に捕らわれたときだ。
それまでにも人から向けられる感情が嫌なものだと思ったことがないわけではないが、命の危険まで感じたのはあの時がはじめてだった。
「私は人の醜い感情を知るために商会を利用してやるつもりです。ですから、私のことを騙して利用してくれて構わないのです。そういうことを知りたいのですから」
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