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その後
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「もう兄さんなにをしているの。取り乱しすぎだよ」
廊下の騒ぎを聞きつけて部屋から出てきたマルクが、呆れた顔をして兄に声をかけた。
「あの女の転移魔法を目の前で見たのにそこまで考えが及ばなかった俺も悪かったよ。それに、スヴェンという男はとっくにどこかへ逃げたと思うしさ。そんなに思いつめないでよ」
マルクの言葉を聞いて、涙目になったダグが廊下の壁から顔を上げた。
「……いや、まだ街にいる可能性が完全に否定できない限り探し続けるさ。とりあえず捜索範囲は城壁周辺の森の中まで拡大する。ありがとうな」
弟であるマルクに慰められながら、ダグが大きな身体を小さくしながらつぶやいた。
「あ、そうか!」
タニヤはおとなしく兄弟のやり取りを眺めていたが、ふと思いついたことがあって、ぽんと手を叩いて声を上げた。
「なんだよタニヤ。急に大きな声を出してどうした?」
「一角狼の母親が父親と一緒に街へあらわれなったのが不思議だったのよねえ」
タニヤがいきなり明るく声を上げたので、兄弟の視線が一斉にこちらに向いた。
ダグが不思議そうな顔をしてタニヤに問いかけてくる。
「森の中にいくつかスヴェンさんたちの拠点があるのは間違いないと思うのです。そこに子供の匂いが残っていたとか、親の興味を引くなにかしらの仕掛けがしてあったのではないかなって」
ダグの問いに、タニヤは人差し指を立てて意気揚々と答えた。
「おそらくスヴェンさんは自分達が逃げるための時間稼ぎがしたかったのでしょう。そう考えると、母親のあの動きも理解できるなと思いまして……」
タニヤが納得した顔をして話していると、マルクが肩に手を置いてきた。
マルクは穏かな顔をしながら、タニヤに優しく声をかけてくる。
「なるほどね。君の言う通り、あいつらの拠点が森の中にあるのだろう。でも、それ以上はこっそりと俺に教えてくれないかな?」
「……あ、はい。わかりました」
マルクの背後でダグが頭を抱えている。彼は混乱した様子でうめき声を上げていた。
「――っおい! アンタらはいつまでこの私を待たせる気だい。さっさと出ておいで」
廊下で話し込んでしまっていると、建物の外から声がかかった。
グリエラの怒声を聞いて、廊下にいた三人は慌てて外へ飛び出した。
「アンタの忠告のおかげで今回のモンスター騒動を商会はほぼ無傷で乗り切れた。よくやったね!」
外に飛び出してきたタニヤに向かって、グリエラが声をかけてきた。
「うちにちょっかいをかけてきていた商売敵は、今回の件でこの街じゃ商売できない状態だ。せっかく取り入っていた領主様も王都で裁きを待つ身になってしまったからね」
グリエラは鼻息荒く語り、げらげらと笑い出した。
「この街からきれいさっぱり邪魔者がいなくなったよ。アンタには感謝している」
ありがとうねと、グリエラが周囲に聞こえるような大きな声で礼を言いながら、タニヤに向かって手を差し出してきた。
タニヤはその手を握り、しっかりと握手を交わす。
「そんな、お礼を言うのは私の方です。何から何まで、ありがとうございます」
タニヤはグリエラに向かって勢いよく頭をさげた。
「私は自分に自信が持てなくなっていたのです。グリエラさんに出会って、皆さんと一緒に過ごして、なんだか吹っ切れた気がするのです。本当にありがとうございました」
「その吹っ切れ方がおかしい方向に行ってしまった気はするけれどね」
頭を下げたままのタニヤに、グリエラが困ったように笑う。
「まあ、まだ若いのだからいいさ。これからもっといろんな経験を積めば考えも変わってくるだろう。これからも色々なことがおきるだろうけれど、私たちがいることを忘れるのではないよ」
「はい! ありがとうございました」
タニヤは頭をあげてもう一度しっかりと礼を言った。
「皆さん本当にお世話になりました。どうかお元気で」
見送ってくれる人々に大きく手を振って、タニヤは馬車に乗り込んだ。
タニヤは商会の荷運び馬車で、別の街まで荷物と一緒に運んでもらう。
この街の看板冒険者であるエリアスのパーティを痛めつけたタニヤは、お尋ね者になってしまった。冒険者組合は名誉を回復するために、必至になってタニヤを探している。
しかも、王の命令を受けた兵士たちもタニヤを探しているのだ。ここに留まり続けることは危険なので、タニヤは街を出ることにした。
幸い、次の仕事はグリエラが紹介してくれた。
別の地域にある商会の支部で遺跡調査をお願いできないかと言われ、タニヤは二つ返事で引き受けた。
廊下の騒ぎを聞きつけて部屋から出てきたマルクが、呆れた顔をして兄に声をかけた。
「あの女の転移魔法を目の前で見たのにそこまで考えが及ばなかった俺も悪かったよ。それに、スヴェンという男はとっくにどこかへ逃げたと思うしさ。そんなに思いつめないでよ」
マルクの言葉を聞いて、涙目になったダグが廊下の壁から顔を上げた。
「……いや、まだ街にいる可能性が完全に否定できない限り探し続けるさ。とりあえず捜索範囲は城壁周辺の森の中まで拡大する。ありがとうな」
弟であるマルクに慰められながら、ダグが大きな身体を小さくしながらつぶやいた。
「あ、そうか!」
タニヤはおとなしく兄弟のやり取りを眺めていたが、ふと思いついたことがあって、ぽんと手を叩いて声を上げた。
「なんだよタニヤ。急に大きな声を出してどうした?」
「一角狼の母親が父親と一緒に街へあらわれなったのが不思議だったのよねえ」
タニヤがいきなり明るく声を上げたので、兄弟の視線が一斉にこちらに向いた。
ダグが不思議そうな顔をしてタニヤに問いかけてくる。
「森の中にいくつかスヴェンさんたちの拠点があるのは間違いないと思うのです。そこに子供の匂いが残っていたとか、親の興味を引くなにかしらの仕掛けがしてあったのではないかなって」
ダグの問いに、タニヤは人差し指を立てて意気揚々と答えた。
「おそらくスヴェンさんは自分達が逃げるための時間稼ぎがしたかったのでしょう。そう考えると、母親のあの動きも理解できるなと思いまして……」
タニヤが納得した顔をして話していると、マルクが肩に手を置いてきた。
マルクは穏かな顔をしながら、タニヤに優しく声をかけてくる。
「なるほどね。君の言う通り、あいつらの拠点が森の中にあるのだろう。でも、それ以上はこっそりと俺に教えてくれないかな?」
「……あ、はい。わかりました」
マルクの背後でダグが頭を抱えている。彼は混乱した様子でうめき声を上げていた。
「――っおい! アンタらはいつまでこの私を待たせる気だい。さっさと出ておいで」
廊下で話し込んでしまっていると、建物の外から声がかかった。
グリエラの怒声を聞いて、廊下にいた三人は慌てて外へ飛び出した。
「アンタの忠告のおかげで今回のモンスター騒動を商会はほぼ無傷で乗り切れた。よくやったね!」
外に飛び出してきたタニヤに向かって、グリエラが声をかけてきた。
「うちにちょっかいをかけてきていた商売敵は、今回の件でこの街じゃ商売できない状態だ。せっかく取り入っていた領主様も王都で裁きを待つ身になってしまったからね」
グリエラは鼻息荒く語り、げらげらと笑い出した。
「この街からきれいさっぱり邪魔者がいなくなったよ。アンタには感謝している」
ありがとうねと、グリエラが周囲に聞こえるような大きな声で礼を言いながら、タニヤに向かって手を差し出してきた。
タニヤはその手を握り、しっかりと握手を交わす。
「そんな、お礼を言うのは私の方です。何から何まで、ありがとうございます」
タニヤはグリエラに向かって勢いよく頭をさげた。
「私は自分に自信が持てなくなっていたのです。グリエラさんに出会って、皆さんと一緒に過ごして、なんだか吹っ切れた気がするのです。本当にありがとうございました」
「その吹っ切れ方がおかしい方向に行ってしまった気はするけれどね」
頭を下げたままのタニヤに、グリエラが困ったように笑う。
「まあ、まだ若いのだからいいさ。これからもっといろんな経験を積めば考えも変わってくるだろう。これからも色々なことがおきるだろうけれど、私たちがいることを忘れるのではないよ」
「はい! ありがとうございました」
タニヤは頭をあげてもう一度しっかりと礼を言った。
「皆さん本当にお世話になりました。どうかお元気で」
見送ってくれる人々に大きく手を振って、タニヤは馬車に乗り込んだ。
タニヤは商会の荷運び馬車で、別の街まで荷物と一緒に運んでもらう。
この街の看板冒険者であるエリアスのパーティを痛めつけたタニヤは、お尋ね者になってしまった。冒険者組合は名誉を回復するために、必至になってタニヤを探している。
しかも、王の命令を受けた兵士たちもタニヤを探しているのだ。ここに留まり続けることは危険なので、タニヤは街を出ることにした。
幸い、次の仕事はグリエラが紹介してくれた。
別の地域にある商会の支部で遺跡調査をお願いできないかと言われ、タニヤは二つ返事で引き受けた。
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