チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉

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23.慣れない価値観

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「ありがとう。大分落ち着いたよ」

「そうですか」

 子供のように泣いてしまったから恥ずかしくて雪さんの顔が見られない。
 しかし泣いたら少しすっきりしたような気がする。
 会社の同僚でストレスが溜まると泣ける映画を見て思い切り泣くという人がいたが、泣くという行為には心理的ストレスを緩和する効果があるというのは本当のことなのかもしれない。
 突然戦国時代に来てしまって少しずつ積み重なっていったストレスがすべてどこかへ吹っ飛んでいったようだ。
 
「まだ気絶しているこの人たちがいるのですよ」

「ああ、そうだった」

 船は沈めたし、海には誰も浮かんでいるようには見えないからおそらく全滅だろう。
 しかし先程気絶させた人たちがまだ残っている。
 
「善次郎さん。銃を貸してください」

「え?」

「私がやります」

「い、いや、それはダメだ」

「そうですか。なら早くやってください。私は睦ちゃんを連れて少し離れていますから」

 そう言って雪さんは睦ちゃんの手を引いて歩いていってしまった。
 雪さんにそこまで言わせてしまった自分が嫌になる。
 しかし銃というのは妙案だな。
 刀で切るよりも殺しの感触が直に伝わってこない分少しだけ気が楽かもしれない。
 俺は収納の指輪から拳銃を取り出し、リロードする。
 ガチャンという無機質な音がして、薬室に銃弾が装填された。
 安全装置を外し、気絶している男に銃口を向ける。
 おそらく外すことは無いだろう。
 武芸十八般には砲術という鉄砲や大砲を扱う、もはや武術なのか分からないものも存在している。
 スマホが教えてくれる砲術は銃剣格闘術や105ミリ砲の撃ち方など、どう考えても戦国時代の武術じゃないものも含まれる。
 この距離で気絶している人間相手に拳銃の弾が外れることは無いだろう。
 俺は引き金を引いた。
 パンッという9mm弾の軽めの銃声が響き渡る。
 銃弾は気絶している外国人の心臓を正確に打ち抜き、絶命させる。
 俺は他6人も同じように撃ち、拳銃をしまった。

「おぇっ、ごほっごほっ」

 胸から大量の血を流しながら死んでいる人間の死体を見て、それを自分が殺したのだと思うとさっき食べた魚貝がせりあがってきた。
 慌てて波打ち際まで行き、げろゲロする。
 口の中が気持ち悪い。
 ペットボトルに入った水を取りだして口をゆすぐ。
 
「はぁ、睦ちゃんに見せるわけにはいかないな。死体の処理もしておかないと」

 俺はえずきながらも死体をすべて外国人たちが乗ってきた小船に運び込むと、この間ガチャから出たホワイトガソリンをジャバジャバとかけ係留ロープを外して海に放った。
 母なる海に帰すとしよう。
 小船は波に揺られてどんどん沖のほうへ流されていく。
 100メートルくらい離れたあたりで、俺は船に向かってファイアーボールを放つ。
 船は勢いよく燃え上がる。
 なんだか寂しい気分になる炎だ。
 炎は波に揺られて海に消えた。
 死なば皆仏。
 殿や勘左衛門さんがよく言っている言葉だ。
 俺は彼らが次の人生では全うに生きられるように祈った。
 隣に雪さんが来て一緒に祈ってくれる。
 睦ちゃんもよく分かってはいないが手を合わせている。
 これが戦国時代の価値観なんだよな。
 この時代では子供が生まれて元気なまま大人まで育つことが普通のことではない。
 死がずっと身近にある時代なんだ。
 俺たちはしばらく祈り続けた。




 睦ちゃんは伊豆の子だったので伊豆まで送り届けた。
 今頃は神隠しだのなんだのと大騒ぎになっているかもしれないな。
 一応飴玉を渡して俺達のことは内緒にするように言ったけれど、子供が整合性の取れた言い訳ができるとは思えない。
 しかし大人たちも、あんな本土から離れた小島で助けられたと言っても信じるとは思えないので大丈夫だろう。
 夢幻か、この時代なら狐に化かされたとでも思いそうだ。
 奴隷貿易船のことは本当なのにね。
 この時代の人たちは神とか信じているからね、奴隷として攫われても神隠しとして済ませてしまうんだ。
 自分たちの子供を攫った国の宣教師に祈りましょうとか言われて、子供が帰ってきますようにとか祈ってるんだろうな。
 なんとかしてあげたいけれど、少し問題が大きすぎる。
 貧しい農村とかだと、自分から子供を売ってしまう人とかもいるんだ。
 無理矢理攫うのは取り締まればいいだけだが、人身売買の問題は貧困を解決しなければ根本的な解決にはならないだろう。
 そのへんは織田信長とかに頑張ってもらわないと。
 いや日本における奴隷売買の規制は秀吉の時代か。
 未来が変わってしまった世界だけれど、本能寺の変は起こるのかな。
 徳川家康が天下を取ってくれないと平和な江戸時代が訪れない気がする。
 頑張れ家康。

「ご飯ができましたよ」

「ああ、ありがとう」

 いつも通り雪さんの美味しいご飯を頂く。
 先日は魚貝を十分に楽しめなかったから今日は伊勢えびの味噌汁と金目鯛の煮付け、貝とほうれん草の炒め物という魚貝尽くしだ。
 毎日鍛錬しないと、幸せ太りで動けなくなりそう。
 今日は正中線二段突きを10回は頑張ろう。

「そういえば、大殿様はまた戦に行かれるようですね」

「え、ああそうか。三好三人衆だね」

「はい」

 確か史実通りなら姉川の戦いのすぐ後に三好三人衆との戦いがあるはずだ。
 三好三人衆とは、四国や近畿に大きな勢力を持つ戦国武将三好長慶の三人の重臣のことだ。
 三好長逸、三好政康、岩成友通の3人。
 織田信長が京都に行くまではずっと三好長慶が京都を支配していたから、三好長慶が亡くなった今も京都を取り返そうと元重臣たちがちょっかいをかけてくるんだ。
 この時代、いくら地方に勢力を持とうが結局京都を取った人が日本の支配者みたいなところがあるからね。
 どうせ都はそのうち江戸になるんだしとか、足利家なんてもはや風前の灯だしとか、俺なんかは思っちゃうんだけどね。
 まだまだ京都が日本の中心で、足利家は誰もが目の上のたんこぶだとは思っていてもないがしろにはできないというのが織田信長の時代なんだ。
 帝?ちょっとこの時代では影が薄いですね。
 まあこちらもないがしろにはできないんだけどね。
 将軍職というのは一応朝廷の下にあるものだから。
 武士の間では朝廷から贈られる官職というものも一種のステータスになっているようだし。
 ちなみに朝廷は適当に美味しいものでも贈ればきっちり官職でお返ししてくれる。
 お給料はくれないけどね。
 従何位とか正何位って序列があったりして俺にはなんの意味があるのか分からないけど、なんか位が高い人は威張れるみたいだ。
 どう考えても実際の権力や兵力に即していない官位の人もいるけどな。

「池田家家臣の荒木様が三好方に寝返って挙兵し、さらには石山本願寺も呼応しそうであることから将軍様から大殿様に三好三人衆の討伐命令が出されたそうです」

「はー、そんなことになってるんだ」

 かなり飛ばして読んでるから細かい事情までは知らなかった。
 それにしてもこの時代は寝返り裏切りが多いな。
 お寺も兵力を持って無茶苦茶するし。
 もし多くの宗教の教えのとおり生前の行いによって死後の待遇が変わるのなら、お坊さんも武士も農民もこの時代の人で極楽浄土に行ける人なんてほんのわずかしか存在していないんじゃないのかな。
 そして地獄は渋滞だ。
 死んでまで行列に並びたくないな。



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