チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉

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25.チンピラ武士

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「葛西殿、これはいったいどういうことか!」

「これはこれは山内殿、そのような剣幕でいったいどうなされたのか」

 殿を騙した知り合いの武士という男の屋敷に来ている。
 男は殿と同じくらいの禄高の武士で、葛西一之丞という人物だ。
 漫画のおかげで最近では戦国フリークとなった俺でも全く聞いたことの無い名前。
 殿は偶然後の世で出世して現代まで名前を残すことができたが、この時代にはきっとこういう時代の流れに消えていった武士も多いのだろう。
 小悪党だな、これは。
 織田信長を意識しているのか、口ひげを綺麗に整えてた男だ。
 しかし織田信長のような武将らしい覇気のようなものは感じない。
 どちらかといえば、どんな手を使ってくるか分からない陰湿さを感じる。
 周りを囲んでいる家臣たちも、どいつもこいつもチンピラ浪人みたいな薄汚い奴等ばかり。
 おや、いつぞや千代さんと清さんにからんでいた浪人風の男たちの姿を発見。
 就職できたんだね、おめでとう。
 もうすぐ倒産する会社かもしれないけどね。
 まあそれも向こうの出方次第だろう。
 幸いにもまだびた一文払っていない状況だ。
 向こうが騙そうとして悪かったと素直に謝るのならば、殿の面子も立つ。
 
「葛西殿、お主ワシを騙そうとしたのか」

「人聞きの悪いことを申される。そのようなことはしておらぬよ」

「なら、その商人とやらを連れてきたらどうじゃ」

「商人は商いで伊勢に出向いておる。帰るのは当分先じゃ」

 ああ言えばこう言う。
 ずいぶんと口のよく回る御仁だ。
 武士としてはどうかと思うけどね。

「ようよう、兄さんがた。いきなり乗り込んできて喚き散らして、まさか何の証拠も無いなんてことは無いよな」

「やめよ、堂島。しかしワシも同じことを思いますがね。どうなんです、山内殿」

「証拠など、無い」

 殿の言葉に段々力が無くなっていく。
 口喧嘩では勝ち目は無いな。
 なんとか向こうが先に手でも出してきたらいいのだけど。

「なるほど。証拠も無しにワシを貶めたのですか。貴殿は」

「貶めてなど……」

「貶めておるではないですか。ワシは親切心から儲け話を持ちかけたのに、それを騙そうとしただのなんだの」

「だが、そんなうまい話はあるまいて」

「どうでしょうね。本当に私に金を預ければ増えていたかもしれませんよ。それは商人の調子次第ではありますがね」

 殿はついに黙ってしまった。
 そんな商人の胸先三寸でリターンが変わってくる投資が全うなものであるはずがないのにな。
 俺は以前町で絡んできたチンピラ浪人3人組をチラリと見る。
 なぜかニヤニヤと笑ってこそこそ話し合っている。
 ろくなことを考えてなさそうだな。
 チンピラ浪人3人組は先輩チンピラにこそこそ耳打ちをすると、先輩チンピラが葛西とかいうチンピラ武士に耳打ちする。
 直接耳打ちすればいいのにと少し思ったが、なんかこの家は上下関係が激しそうなので彼らも色々と大変なんだろう。

「ほう、いいことを聞いた。山内殿、大層可憐で聡明な奥方がおるそうですな。一度会うて酒でも酌してもらいたいものじゃ」

 山内家中では結構人の奥さんにお酌してもらうとかよくあるんだけど、この時代ではそういうのは不貞行為にあたる。
 庶民はもっと大らかかもしれないけど武家はね。
 酒の相手をして欲しい=夜の相手をして欲しいって感じ。
 つまりこの男は妻を一晩貸せと言っているのだ。
 とことん下種だなあ。
 殿は一言も口を開かない。

「山内殿、どうした。なんとか言わぬか」

「……………………なを貸せ」

「は?なんじゃ?」

「善次郎!刀を貸せ!!」

「は、はい!」

 俺は持っていた殿の刀をすぐに手渡す。
 殿は鞘から抜くのも面倒なようで、そのまま目の前にいたチンピラ浪人をぶん殴った。
 パラパラと鞘の破片が零れ落ちる。
 鞘は完全に砕け、男の頭蓋も砕けている。
 どうやら殿は、完全にキレてしまっているようだ。
 普段全然怒らない人が怒るとメチャクチャ怖いよね。

「善次郎、一人残らず切り捨てよ!!」

「は、はい!!」

 今の殿には逆らえない雰囲気がある。
 俺は渋々腰の刀を抜いて後ろから切りかかってきていたチンピラ浪人風の男を切り捨てる。
 うえぇ、まだ俺は殺しの経験が浅いんだよ。
 あまり俺のほうに切りかかってこないで欲しい。

「山内!貴様、とち狂ったか!!」

「ああ、とち狂っておるな。ワシの中の鬼がお主を切れと叫んでおるわ!!」

「くそっ、貴様らこの気狂いを切り捨てよ!!」

 こんな時代劇みたいな大立ち回りを自分が演じることになろうとは。
 殿は狂ったように周りの人間を切りまくる。
 俺も迂闊に近づくことすらできない状況だ。
 しょうがないので殿から少し離れた場所に陣取り、殿に向かっていく敵を制限する。
 殿はそこそこ強いが、さすがに3人以上の人間を相手にすれば手傷を負ってしまう。
 殿の気持ちを静めるためにも、全く敵を向かわせないわけにもいかないが3人以上同時に相手をさせるわけにもいかない。
 難しい立ち回りだ。
 しかし敵はそこまで手ごわくない。
 前に叩きのめしたチンピラ浪人と似たり寄ったりだ。
 
「てめえ、この前はよくもやってくれたな」

「今度はあの時のようにはいかないからな」

「覚悟しとけよ」

 あの時のことを根に持っていたのか、チンピラ浪人3人組は俺を標的としてきた。
 葛西という武士の家でお友達でもできたのか、もう3人チンピラ風の男たちが加わっている。
 数が倍になったから、今度は勝てると思っているのか。
 振ったらカランコロンと音がしそうな脳みそだ。
 
「君たちこそ、今度は覚悟をしたほうがいい。俺は殿から一人残らず切り捨てろと命令されている。今度は命の保証はしかねる」

「はっ、死ぬのはてめえだ!」

 男たちは刀を構えてじりじりと歩み寄ってくる。
 俺は溜息を吐き、刀を鞘に収める。

「なんだ、降参か?ばーか、降参してもおせーってゆ……」

 カチリ、と刀を鞘に戻す。
 6人の男の腹から内臓が零れ落ちた。

「は?ぐぼぁっ」

 男たちは自分の腹を見て思い出したかのように血を吐いて倒れていった。
 我ながらグロテスク。
 しかし最近はゆきまるの散歩ついでに山中で獣を狩ることも多い。
 解体作業で少しはグロ耐性がついている。
 俺はなんとか嘔吐を飲み込んで次の敵に向かった。

「はぁはぁはぁ、山内、貴様……」

「ワシはな、間抜けじゃ。自分でも武士になど向いておらぬと思う。しかし、妻や家臣のためにしょうがなく武士をやっておるのじゃ。武士を続けるために妻を売れば、本末転倒よ。貴様のような外道がワシの妻に目を付けた以上は、貴様を切るか妻と一緒に死ぬかのどちらかしかなかろうて。幸いにもワシの家臣は腕が立つ。ワシは貴様を切る道を選ぶことができた」

「くっ、この気狂いがっ」

「なんとでも言え。ワシは妻や家臣を守るためならば、鬼や妖怪にでも喜んですべてを奉げる覚悟をしておる」

 そう言うと、殿は刀を一閃。
 ぼとりと葛西一之丞の首が落ちる。
 おぅぇ。
 なんとも戦国。
 乱世乱世。


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