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27.追放の有名人
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その男は背丈が180センチくらいの偉丈夫だ。
170センチの俺でさえ長身の部類に入るこの時代にあっては、相当な大男ということになる。
身長だけ大きくてひょろ長いということもなく、胸板は厚くがっちりとした体格をしている。
しかしその顔は意外に童顔で、老け顔の多い戦国時代では珍しいタイプに思える。
たぶん歳は殿と同じくらい、20代の半ばから後半といったところか。
口をぽかりと開いたまま呆けていた男は、我に返ってゆっくりと口を開いた。
「お、驚いた。その鉄砲の威力はなんだ?なんでこんなところで撃ってるんだ?」
男の表情はまるで子供のようで、好奇心でいっぱいといった様子だ。
どうしたもんかな。
いざというときには使って新型の銃で誤魔化そうと思っていたけれど、こんなに早く言い訳が必要になるとは思わなかった。
いざというときでもなんでもないのにね。
「これは新型の鉄砲です。こんな場所で撃っているのはこれが秘密兵器だからなんですよ。どなたか知らないけれど、このことは黙っていてもらえないでしょうか」
とりあえず言い訳としてはこんなところか。
新型の鉄砲ってなんだよとか、なんで俺がそんなもの持っているのかとか突っ込まれたら適当な嘘をつかなければならない。
浅はかな言い訳だ。
「そ、そうなのか。なあ、その鉄砲俺に売ってくれないか?」
「え?」
男の口から出てきたのは俺の思いもよらない言葉だった。
俺の言い訳もどうかと思うけれど、売ってくれというのもどうかと思う。
本当に新型の銃だったとしても売ってもらえるわけがないと思うのだけどな。
「ごめんなさい、それはできない。さっきも言ったけれど、この鉄砲のことは秘密なんですよ」
「そこをなんとか。金は無いが、刀でも甲冑でもなんでも売って作る。そこそこいい金になるはずだ。頼む、売ってほしい」
足元の悪い河原で、男は土下座し始めた。
男が河原の砂利に擦りつけた頭からは、血がポトポトと滴り落ちる。
なにがこの男をそこまでさせるのだろうか。
刀とか甲冑とか言っているところから、武士の家の出であることがうかがえる。
面倒ごとはごめんだが、一応話だけは聞いてあげたほうがいいかな。
俺は河原に胡坐をかいて腰を据える。
「何かわけがありそうですね。こんな山奥で出会った縁ですから、話だけでも聞きますよ」
「かたじけない。だが、別に複雑な話じゃないんだ。ただ家を追い出されたというだけなんだ」
「家に戻るのに、何か手土産が欲しいということですか?」
「そうだ。何か、俺のことを無視できん物があれば本家の連中も頭を下げて俺と親父を迎え入れると思ってな」
確かに複雑な話ではなさそうだ。
なんらかの事情で家を出たり、追い出されたりすることはよくある。
武士の家なら特にだ。
違う主君に仕えて殺しあうことすらあるのだから、このくらいの話は日常茶飯事だ。
でも、俺にはそんなに家にこだわる理由がよく分からないんだよね。
「なあ、あんた武士だろう?何か武芸をやってる身のこなしだ。俺を召し抱えないか?俺は人の3倍は働くぜ」
「いや、なんでそういう話になるかな」
「このあたりで武士といえば武田だろう?俺が追い出された家が仕えていたのが織田なんでね」
「敵になって戦おうっていうんですか?残念ながら俺も織田ですよ。他をあたってください」
「なんと、こんな信濃の山中で出会った武士が織田軍とは運が悪い。しかしなんとなくあんたに付いていったら何もかもがうまくいく気がするんだよな」
そんなこと言われても困る。
一人や二人人間を雇えるだけの金はあるにはあるけれど、さすがに弱小武士の家臣の身分で雇い入れるのは贅沢というものだ。
「なら、弟子にしてくれねえか?生活は自分でなんとかするからさ。勝手に付き従うだけならいいだろ?」
「ちょっと強引すぎるよ。大体俺は美濃に帰るつもりですよ?織田の家臣の家を追い出された身で、美濃に帰れるんですか?」
「そんなの名前の一つでも変えればいい」
この時代の人は結構名前を変えたりする。
豊臣秀吉もまだ今は違う名前だし、徳川家康もついこの間までは違う名前だった。
確かに名前を変えればもう以前の自分ではないので放っておいてくださいというアピールにはなるだろうけど、そんな簡単な問題なのかな。
追放の度合いにもよると思うのだけど。
そういえばどこの家から追放されたんだろう。
あと名前も聞いていなかった。
「そういえば、まだ名乗りあってなかったですよね。俺は織田軍木下藤吉郎様の与力である山内伊右衛門様の家臣で、山田善次郎です」
「ああ、すまなかった。まだ名乗ってなかったとはな。俺は前田宗兵衛。今は流浪の身だ」
前田か。
なんか織田で前田って、知ってる気がするんだよな。
殿の屋敷の隣に住んでいる武士に、前田利家って人がいるんだ。
お隣さんだから知らない仲じゃないんだよね。
うーん、他の前田は知らないなぁ。
「槍の又佐……」
俺の口からこぼれたつぶやきに、宗兵衛さんがピクリと反応する。
「知っていたか。まあ織田軍にいて前田家を知らなかったらモグリか」
「いや、知ってるっていうか。俺の仕えている山内様のお屋敷の隣が、前田家なんですよ」
「なんと……」
宗兵衛さんはショックを受けていたようだが、やがて顔を上げて何かを決心したよような顔になる。
「俺は、今までの名前を捨てる。善次郎殿、次郎という文字をいただいてもいいか」
「あ、ええ。ご自由に」
「かたじけない。では俺は今より前田宗兵衛利益の名前を捨て、麻枝慶次郎と名乗ろう」
あれ、なんか知ってる名前だな。
170センチの俺でさえ長身の部類に入るこの時代にあっては、相当な大男ということになる。
身長だけ大きくてひょろ長いということもなく、胸板は厚くがっちりとした体格をしている。
しかしその顔は意外に童顔で、老け顔の多い戦国時代では珍しいタイプに思える。
たぶん歳は殿と同じくらい、20代の半ばから後半といったところか。
口をぽかりと開いたまま呆けていた男は、我に返ってゆっくりと口を開いた。
「お、驚いた。その鉄砲の威力はなんだ?なんでこんなところで撃ってるんだ?」
男の表情はまるで子供のようで、好奇心でいっぱいといった様子だ。
どうしたもんかな。
いざというときには使って新型の銃で誤魔化そうと思っていたけれど、こんなに早く言い訳が必要になるとは思わなかった。
いざというときでもなんでもないのにね。
「これは新型の鉄砲です。こんな場所で撃っているのはこれが秘密兵器だからなんですよ。どなたか知らないけれど、このことは黙っていてもらえないでしょうか」
とりあえず言い訳としてはこんなところか。
新型の鉄砲ってなんだよとか、なんで俺がそんなもの持っているのかとか突っ込まれたら適当な嘘をつかなければならない。
浅はかな言い訳だ。
「そ、そうなのか。なあ、その鉄砲俺に売ってくれないか?」
「え?」
男の口から出てきたのは俺の思いもよらない言葉だった。
俺の言い訳もどうかと思うけれど、売ってくれというのもどうかと思う。
本当に新型の銃だったとしても売ってもらえるわけがないと思うのだけどな。
「ごめんなさい、それはできない。さっきも言ったけれど、この鉄砲のことは秘密なんですよ」
「そこをなんとか。金は無いが、刀でも甲冑でもなんでも売って作る。そこそこいい金になるはずだ。頼む、売ってほしい」
足元の悪い河原で、男は土下座し始めた。
男が河原の砂利に擦りつけた頭からは、血がポトポトと滴り落ちる。
なにがこの男をそこまでさせるのだろうか。
刀とか甲冑とか言っているところから、武士の家の出であることがうかがえる。
面倒ごとはごめんだが、一応話だけは聞いてあげたほうがいいかな。
俺は河原に胡坐をかいて腰を据える。
「何かわけがありそうですね。こんな山奥で出会った縁ですから、話だけでも聞きますよ」
「かたじけない。だが、別に複雑な話じゃないんだ。ただ家を追い出されたというだけなんだ」
「家に戻るのに、何か手土産が欲しいということですか?」
「そうだ。何か、俺のことを無視できん物があれば本家の連中も頭を下げて俺と親父を迎え入れると思ってな」
確かに複雑な話ではなさそうだ。
なんらかの事情で家を出たり、追い出されたりすることはよくある。
武士の家なら特にだ。
違う主君に仕えて殺しあうことすらあるのだから、このくらいの話は日常茶飯事だ。
でも、俺にはそんなに家にこだわる理由がよく分からないんだよね。
「なあ、あんた武士だろう?何か武芸をやってる身のこなしだ。俺を召し抱えないか?俺は人の3倍は働くぜ」
「いや、なんでそういう話になるかな」
「このあたりで武士といえば武田だろう?俺が追い出された家が仕えていたのが織田なんでね」
「敵になって戦おうっていうんですか?残念ながら俺も織田ですよ。他をあたってください」
「なんと、こんな信濃の山中で出会った武士が織田軍とは運が悪い。しかしなんとなくあんたに付いていったら何もかもがうまくいく気がするんだよな」
そんなこと言われても困る。
一人や二人人間を雇えるだけの金はあるにはあるけれど、さすがに弱小武士の家臣の身分で雇い入れるのは贅沢というものだ。
「なら、弟子にしてくれねえか?生活は自分でなんとかするからさ。勝手に付き従うだけならいいだろ?」
「ちょっと強引すぎるよ。大体俺は美濃に帰るつもりですよ?織田の家臣の家を追い出された身で、美濃に帰れるんですか?」
「そんなの名前の一つでも変えればいい」
この時代の人は結構名前を変えたりする。
豊臣秀吉もまだ今は違う名前だし、徳川家康もついこの間までは違う名前だった。
確かに名前を変えればもう以前の自分ではないので放っておいてくださいというアピールにはなるだろうけど、そんな簡単な問題なのかな。
追放の度合いにもよると思うのだけど。
そういえばどこの家から追放されたんだろう。
あと名前も聞いていなかった。
「そういえば、まだ名乗りあってなかったですよね。俺は織田軍木下藤吉郎様の与力である山内伊右衛門様の家臣で、山田善次郎です」
「ああ、すまなかった。まだ名乗ってなかったとはな。俺は前田宗兵衛。今は流浪の身だ」
前田か。
なんか織田で前田って、知ってる気がするんだよな。
殿の屋敷の隣に住んでいる武士に、前田利家って人がいるんだ。
お隣さんだから知らない仲じゃないんだよね。
うーん、他の前田は知らないなぁ。
「槍の又佐……」
俺の口からこぼれたつぶやきに、宗兵衛さんがピクリと反応する。
「知っていたか。まあ織田軍にいて前田家を知らなかったらモグリか」
「いや、知ってるっていうか。俺の仕えている山内様のお屋敷の隣が、前田家なんですよ」
「なんと……」
宗兵衛さんはショックを受けていたようだが、やがて顔を上げて何かを決心したよような顔になる。
「俺は、今までの名前を捨てる。善次郎殿、次郎という文字をいただいてもいいか」
「あ、ええ。ご自由に」
「かたじけない。では俺は今より前田宗兵衛利益の名前を捨て、麻枝慶次郎と名乗ろう」
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