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28.招かざる客
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前田慶次といえば、戦国一の傾奇者で有名な武将じゃないか。
漫画で読んだよ。
『漫画で分かる日本の歴史』とは違う漫画でね。
まさかこんな長野の山中で出会うとは。
麻枝慶次郎と改名した慶次は、京都にいる義理の父と一緒に岐阜に来ると言い残して去っていった。
麻枝は前田の字を変えただけだし、慶は三好長慶から勝手にもらったそうだ。
完全に織田家と前田家への皮肉じゃないか。
はぁ、そんな名前の人を弟子にして大丈夫かなぁ。
というか弟子にすることも了承してないし。
弟子はもう隣に住んでるパチモンのお坊さんだけで十分なんだけどな。
「なんか疲れたね。帰ろうか」
「そうですね。なんだか気圧されてしまいそうな覇気のある人でしたね。善次郎さんとは正反対の印象です」
「キャンキャンッ」
足元にじゃれつくゆきまるを抱き上げ、俺たちはテレポートで岐阜に帰った。
「石山の蜂起に呼応して、朝倉・浅井も挙兵した。どうやらすでに森三佐衛門殿や青地駿河守殿、織田の九郎様までもが討ち取られてしまったようだ」
「攻めの三佐も数には勝てぬということですか」
「まあ当たり前の話じゃな」
敵の多い織田信長は今現在、六角に朝倉、裏切った浅井、三好、宗教勢力多数と同時に戦っている。
さすがの織田軍にも死者が多数出ているようだ。
その他にも武田に上杉と敵ばかりじゃないか。
織田信長じゃなったらあっという間に織田は滅んじゃっているんだろうな。
現に子供の代では織田家はぱっとしないし。
しかし今回亡くなった人の中でも、森三佐衛門さんはかなり有名な武将だ。
またの名を森可成さんと言って、戦上手の武辺者として知られた人だ。
そんな人でもあっさり死んでしまうのだから、戦国時代は怖いね。
俺は殿や他の家臣と今後の織田家のこととか、山内家の身の振り方とかを話し合って殿の屋敷を後にする。
山内家も大変だ。
家臣には死んでほしくないけれど、武功は立てたいというのが殿の本音だ。
しかし戦国時代はそんなに甘くない。
きっとこれから先、家臣は死ぬだろう。
俺にはたぶん助ける力があるけれど、それをしてもいいのかどうかは分からない。
まだ史実で殿が戦に参加するまでは2年くらいあるはずなので、それまでに考えて結論を出しておかなければな。
「ん?馬が繋がれている」
この長屋は足軽のための長屋なので、住んでいるのは当然みんな足軽だ。
ほとんどの人が副業を持っているが、基本的に全員戦働きを本業とする人たちだ。
だけど、馬を買えるような人がいたかな。
俺は嫌な予感がして急いで自分の家に向かう。
もしあの馬が長屋の住人の持ち物ではないとしたら、それは馬を持っている人が長屋に馬で乗りつけているということになる。
家の前に着くと胸騒ぎは大きくなる。
開いたままの木戸から、土間に数人の人間が立っているのが見えたからだ。
その数人の人間が持つキラリと光るもの。
それが抜き身の刀であることが分かった瞬間、俺の頭の中が真っ赤に染まる。
気が付いたら土間に立っている人間全員の両肩両股関節の関節を外していた。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ、き、貴様、このようなことをして、ゆるさぐぼぁっ」
勝手に口を開いた男の顎の関節も外す。
男たちの悲鳴を聞いていたら、なんとか心が落ち着いてきた。
雪さんは別にピンチでもなんでもなかったからね。
どちらかといえば、謎な状況だ。
板の間に上がり込んでいたのは2人の子供。
年齢は中学生くらいか。
仕立てのいい着物を着ていることや、取り巻きと一緒に馬で乗りつけていることからかなり家柄のいい坊ちゃんたちだということが分かる。
しかしどういうわけか、一人が雪さんに膝で抑えられて口の中に銃口を突き付けられている。
2人とも脇差の柄に手がかかっていることを見れば、大体の状況が見えてくる。
「雪さん、大丈夫?」
「善次郎さん、大丈夫です。善次郎さんこそ、その人たちは織田家家臣さんですけど大丈夫なのですか?」
「うーん、分からない。まあ無理なようならどこかに逃げればいいよ」
「そうですか」
雪さんの声には特に動揺している様子はない。
しかしいつもよりも僅かに声音が小さいような気がする。
胸の奥がチリチリと焼け付くような憤怒が燻る。
その怒りはいったい何に対してなのかは分からない。
雪さんを残して呑気に出かけた自分になのか、こんな時代になのか、それとも目の前で呻いている男や子供になのか。
時代に怒ってもしょうがないから、自然とその怒りは自分と目の前の連中に向かう。
「雪さん、もう放していいよ」
「はい」
雪さんが銃口を下げ、少年を押さえつけていた膝を退ける。
途端に少年は刀を抜こうとするが、俺の足が刀の柄を押さえて抜くことはできない。
「そっちの子も動かないでね。人の家に乗り込んできて奥さんに刀を向けたんだから、本来なら斬り殺されても文句は言えないんだよ」
「そ、その女が!無礼なことを言った!!」
「無礼なことを言ったら斬っていいんだ。ならなんで君の首はまだ繋がっているんだろうね」
「そんなの私が織田の嫡子だからに決まっている!さっさと無礼の報いを受けさせろ!!」
「黙りなさい。斬るよ」
俺の手はすでに刀の柄に伸びている。
子供はゴクリと唾を飲み込んだ。
織田の嫡子ということは、織田信忠かな。
信孝の可能性もあるが、すでに北畠家に入ることが決まっている信雄ではないだろう。
まあそんなことはどうでもいい。
「織田の嫡子だからなんだというんだ。戦国の習いでは、斬られたほうが悪い。君を斬ったことで俺は織田信長の怒りを買うかもしれないけど、そのときには君はあの世だ。つまり俺が君を斬るということは、君には関係の無い話だ」
「そ、そなた、織田信長が、父上が恐ろしくないのか?」
「怖いよ、そりゃあ。でも、斬らなきゃいけないときは斬らなきゃ」
俺は腰の刀をすらりと抜く。
2人の子供がひっと息を飲む。
肩と股関節を外された男たちが土間を芋虫のように這って俺に助命を懇願する。
少し怖がらせすぎただろうか。
俺だって子供を斬る気は初めから無い。
そりゃあ大人たちがみんな刀持って年がら年中斬った斬られたやってりゃあ、子供の教育に良いはずがない。
周りの大人の悪い影響もたくさん受けているだろう。
つまりは土間で喚いている大人たちが悪い。
この子たちには、刀を向けるということは斬られる可能性があるということをしっかりと教育しておかなければな。
漫画で読んだよ。
『漫画で分かる日本の歴史』とは違う漫画でね。
まさかこんな長野の山中で出会うとは。
麻枝慶次郎と改名した慶次は、京都にいる義理の父と一緒に岐阜に来ると言い残して去っていった。
麻枝は前田の字を変えただけだし、慶は三好長慶から勝手にもらったそうだ。
完全に織田家と前田家への皮肉じゃないか。
はぁ、そんな名前の人を弟子にして大丈夫かなぁ。
というか弟子にすることも了承してないし。
弟子はもう隣に住んでるパチモンのお坊さんだけで十分なんだけどな。
「なんか疲れたね。帰ろうか」
「そうですね。なんだか気圧されてしまいそうな覇気のある人でしたね。善次郎さんとは正反対の印象です」
「キャンキャンッ」
足元にじゃれつくゆきまるを抱き上げ、俺たちはテレポートで岐阜に帰った。
「石山の蜂起に呼応して、朝倉・浅井も挙兵した。どうやらすでに森三佐衛門殿や青地駿河守殿、織田の九郎様までもが討ち取られてしまったようだ」
「攻めの三佐も数には勝てぬということですか」
「まあ当たり前の話じゃな」
敵の多い織田信長は今現在、六角に朝倉、裏切った浅井、三好、宗教勢力多数と同時に戦っている。
さすがの織田軍にも死者が多数出ているようだ。
その他にも武田に上杉と敵ばかりじゃないか。
織田信長じゃなったらあっという間に織田は滅んじゃっているんだろうな。
現に子供の代では織田家はぱっとしないし。
しかし今回亡くなった人の中でも、森三佐衛門さんはかなり有名な武将だ。
またの名を森可成さんと言って、戦上手の武辺者として知られた人だ。
そんな人でもあっさり死んでしまうのだから、戦国時代は怖いね。
俺は殿や他の家臣と今後の織田家のこととか、山内家の身の振り方とかを話し合って殿の屋敷を後にする。
山内家も大変だ。
家臣には死んでほしくないけれど、武功は立てたいというのが殿の本音だ。
しかし戦国時代はそんなに甘くない。
きっとこれから先、家臣は死ぬだろう。
俺にはたぶん助ける力があるけれど、それをしてもいいのかどうかは分からない。
まだ史実で殿が戦に参加するまでは2年くらいあるはずなので、それまでに考えて結論を出しておかなければな。
「ん?馬が繋がれている」
この長屋は足軽のための長屋なので、住んでいるのは当然みんな足軽だ。
ほとんどの人が副業を持っているが、基本的に全員戦働きを本業とする人たちだ。
だけど、馬を買えるような人がいたかな。
俺は嫌な予感がして急いで自分の家に向かう。
もしあの馬が長屋の住人の持ち物ではないとしたら、それは馬を持っている人が長屋に馬で乗りつけているということになる。
家の前に着くと胸騒ぎは大きくなる。
開いたままの木戸から、土間に数人の人間が立っているのが見えたからだ。
その数人の人間が持つキラリと光るもの。
それが抜き身の刀であることが分かった瞬間、俺の頭の中が真っ赤に染まる。
気が付いたら土間に立っている人間全員の両肩両股関節の関節を外していた。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ、き、貴様、このようなことをして、ゆるさぐぼぁっ」
勝手に口を開いた男の顎の関節も外す。
男たちの悲鳴を聞いていたら、なんとか心が落ち着いてきた。
雪さんは別にピンチでもなんでもなかったからね。
どちらかといえば、謎な状況だ。
板の間に上がり込んでいたのは2人の子供。
年齢は中学生くらいか。
仕立てのいい着物を着ていることや、取り巻きと一緒に馬で乗りつけていることからかなり家柄のいい坊ちゃんたちだということが分かる。
しかしどういうわけか、一人が雪さんに膝で抑えられて口の中に銃口を突き付けられている。
2人とも脇差の柄に手がかかっていることを見れば、大体の状況が見えてくる。
「雪さん、大丈夫?」
「善次郎さん、大丈夫です。善次郎さんこそ、その人たちは織田家家臣さんですけど大丈夫なのですか?」
「うーん、分からない。まあ無理なようならどこかに逃げればいいよ」
「そうですか」
雪さんの声には特に動揺している様子はない。
しかしいつもよりも僅かに声音が小さいような気がする。
胸の奥がチリチリと焼け付くような憤怒が燻る。
その怒りはいったい何に対してなのかは分からない。
雪さんを残して呑気に出かけた自分になのか、こんな時代になのか、それとも目の前で呻いている男や子供になのか。
時代に怒ってもしょうがないから、自然とその怒りは自分と目の前の連中に向かう。
「雪さん、もう放していいよ」
「はい」
雪さんが銃口を下げ、少年を押さえつけていた膝を退ける。
途端に少年は刀を抜こうとするが、俺の足が刀の柄を押さえて抜くことはできない。
「そっちの子も動かないでね。人の家に乗り込んできて奥さんに刀を向けたんだから、本来なら斬り殺されても文句は言えないんだよ」
「そ、その女が!無礼なことを言った!!」
「無礼なことを言ったら斬っていいんだ。ならなんで君の首はまだ繋がっているんだろうね」
「そんなの私が織田の嫡子だからに決まっている!さっさと無礼の報いを受けさせろ!!」
「黙りなさい。斬るよ」
俺の手はすでに刀の柄に伸びている。
子供はゴクリと唾を飲み込んだ。
織田の嫡子ということは、織田信忠かな。
信孝の可能性もあるが、すでに北畠家に入ることが決まっている信雄ではないだろう。
まあそんなことはどうでもいい。
「織田の嫡子だからなんだというんだ。戦国の習いでは、斬られたほうが悪い。君を斬ったことで俺は織田信長の怒りを買うかもしれないけど、そのときには君はあの世だ。つまり俺が君を斬るということは、君には関係の無い話だ」
「そ、そなた、織田信長が、父上が恐ろしくないのか?」
「怖いよ、そりゃあ。でも、斬らなきゃいけないときは斬らなきゃ」
俺は腰の刀をすらりと抜く。
2人の子供がひっと息を飲む。
肩と股関節を外された男たちが土間を芋虫のように這って俺に助命を懇願する。
少し怖がらせすぎただろうか。
俺だって子供を斬る気は初めから無い。
そりゃあ大人たちがみんな刀持って年がら年中斬った斬られたやってりゃあ、子供の教育に良いはずがない。
周りの大人の悪い影響もたくさん受けているだろう。
つまりは土間で喚いている大人たちが悪い。
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