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30.久しぶりのSランク

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 織田と周辺国との戦が混迷を極めてきた今日この頃。
 織田信長は京都へ上洛、比叡山延暦寺を包囲したらしい。
 好き勝手する坊さんには困ったものだね。
 しかもそのトップが今の天皇の弟さんなものだからこれまた厄介。
 来年には織田信長最大の残虐エピソードである比叡山焼き討ちがある予定だけれど、あれも後の世の人が太田牛一の書いた信長公記やらなんやらを読んで判断したにすぎないからね。
 戦国時代も未来も天皇陛下や皇族には政治的権限は無いけれど、日本にとって特別な人たちであるというのが日本人という民族に染み込んだ感覚だ。
 それを寺ごと焼いて殺したというのは誇張しすぎな気がするんだよ。
 そもそもそんなことをして朝廷が激怒しないかな。
 内心では強い権力と武力を持つ宗教勢力のトップである弟が羨ましかったり目障りだったりしても、一応陛下の弟なわけだからね。
 来年本当に比叡山焼き討ちが起こるのかは、織田信長とその家臣たち次第といったところかな。
 俺は織田信長が神も仏も天皇も、何も怖くないと思っているとは思えないけどなあ。
 めちゃくちゃ迷信を信じていたり縁起を気にしたりするからね、この時代の人たちは。
 特に家柄の良い武士にはその傾向が強いように思える。
 最近では勝三君の稽古に付いてくる奇妙丸君の側近の大人たちに、適当な迷信を吹き込んで怖がらせるのがマイブームなんだ。
 俺はあの人たちが雪さんに刀を抜いたことをまだ許してないからね。
 せいぜい夜トイレに行けなくなれば良いと思う。
 まあ実際トイレに行けなくなっているのは奇妙丸君のほうだったりするけど。
 ごめんね。
 今日もこれから殿の屋敷で稽古をつけにいかなければならないから、雪さんの作ってくれた美味しい朝ごはんをゆっくり味わう時間も無い。
 やっぱり仕事なんて引き受けるべきじゃないな。
 週3回の稽古でもこんなに憂鬱なんだから、毎日岐阜城に出仕していく侍たちのことを尊敬してしまうな。
 俺はご飯を手早く食べ、今日の分の10連ガチャを引く。
 ここ1ヶ月くらいはAランクが出てないから、そろそろ出て欲しいな。
 Sランクもゆきまるの卵以来出てないし、そろそろ来ないかな。
 いやしかし、出て欲しいと考えてしまうと物欲センサーによって出ない可能性が高まってしまう。
 神のガチャだから本当にそういうことやってそうで怖い。
 俺はゆきまるのモフモフなお腹を撫で、心をモフモフでいっぱいにしてガチャを引いた。

 Sランク
  ・月神の酒盃

 Aランク
  なし

 Bランク
  ・丈夫な十手

 Cランク
  ・米×10
  ・小麦粉×10
  ・にぼし×10
  ・芋羊羹×10
  ・菜切包丁

 Dランク
  ・ピンクの弁当箱
  ・夫婦茶碗
  ・三角定規

 おお、久しぶりに見た虹色の演出。
 なんか凄そうなアイテムが出たぞ。
 月神の酒盃か。
 何か分からないときはスマホで検索と。
 こちらに来た初日に出たアイテムである神槍グングニルというアイテムも、使い方が分からなかったから検索したら出てきたからね。
 まあ目標から半径1キロ以内を消滅させるとかいうとんでもない効果だったから結局使えないアイテムだったけど。
 核ミサイルかよって話だよね。
 そんなの使う機会があるとは思えない。
 この月神の酒盃というアイテムはそういう破壊的なアイテムじゃないといいのだけど。
 俺は『よくわかる戦国時代』をタップし、月神の酒盃 使い方で検索する。
 
『月神の酒盃は神酒ソーマが無限に湧き出す酒盃。神酒ソーマはすべての病を治し、あらゆる怪我を癒す力を持つ。健康なものが飲めば一口で寿命が1年延びる』

 ほぇぇ……。
 とんでもないアイテムが出てしまった。
 ゲームだったらただのHP全快アイテムで済むのだろうが、ここは現実世界だ。
 こんなアイテム持っていると知れただけで戦争が起きかねない。
 とりあえず大事にしまっておこう。
 殿や他の家臣のみんなには元気で居てほしいからたまにお酒や料理に混ぜて飲ませてあげるくらいはいいかな。
 俺はアイテムを収納の指輪にしまい、夫婦茶碗を今夜から使ってもらうように雪さんに渡して長屋を出た。
 殿には言えないことが増えていくな。




 勝三君や奇妙丸君、そのお付の方々がじっと見つめる中で善住坊さんを相手に型稽古をする。
 見られながらというのはどうしても慣れないなあ。
 そんな俺の胸中とは裏腹に、身体にインストールされた剣術の技能は力むことなく完璧に木刀を振るう。
 一通り型を終えて残心。
 最近はめっきり寒くなってきて身体の動きも固いと感じることが多い。
 こういう時期はしっかりと準備運動をして、運動の後は身体を冷やさないようにしないと怪我をしそうだ。
 そのへんも子供たちには教えておかないとな。
 
「くっ、悔しいがなんと美しい型じゃ……」
 
「ぐぬぬ、しかし先日あやつに吹き込まれた厠の花菱殿の話が作り話だったのは許せぬ」

「拙者もじゃ。あやつのせいで一番奥の厠に入れずあやうく漏らしそうになった」

「しかし稽古で打ち負かそうにも奴は強すぎる」

「ここは卑怯でも、全員でかからぬか」

「「「賛成じゃ」」」

 ひょんなことからお付の大人たち全員と試合をすることになってしまった。
 花子さんの話を戦国風にアレンジして話したのはやりすぎたようだ。
 神仏や祖霊の存在を信じているこの時代の人に怪談話はちょっと刺激が強すぎた。
 勝三君や奇妙丸君が見守る中、彼らの側近たちと木刀を構えて向かい合う。
 名のある武士は大体戦に行っている今の状況で岐阜に残っている時点で彼らが無名の武将であると分かるが、織田の嫡男の側付きを命じられるということはおそらく家柄は確かなのだろう。
 それなりの指南役を雇って厳しい稽古を積んできた形跡が見て取れる。
 まったく厄介な。
 まあこういう頭の固そうな構えをする人たちというのは、得てして常道を逸した手に弱いもの。
 俺は木刀の中ほどを持ち、肩に担いであたかも畑仕事に行く農夫のように彼ら方へ歩いていく。

「わ、我らを馬鹿にするか!!」

「骨の2、3本も圧し折ってくれる!!」

 こうして不真面目な構えを取ると自分が愚弄されたと思ってすぐに頭に血が上る。
 だから無名なんだよ君たちは。
 俺は迫り来る木刀を掻い潜り、姿勢を低くすると足刀で彼らの浮ついた軸足を刈り取った。

「のわぁっ」

 ばったばったとひっくり返るお付の大人たち。
 
「あなた方はすぐに頭に血が上るのが悪い癖ですね。だから人の妻に対しても軽々しく刀を抜いてしまうんですよ。一度出家でもして、精神修行でもしてきたらいかがですか?」

「「「ぐぬぬ……」」」
 
 ちくちくと嫌味を言う俺に対してほぞを噛んで悔しがるお付の大人たち。
 あと1ヶ月くらいは続けよう。
 本当に出家したらごめん。


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