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66.三段﨑勘右衛門

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 8月、織田信長が近江に到着した。
 先月まで信長は将軍足利義昭となんやかんややっていたようだが、義昭は兵を挙げるもあっという間に負けてしまったようだ。
 まあ当たり前か。
 将軍とはいえ自力で将軍になれる力もないような名ばかり将軍だ。
 自分を将軍にしてくれた信長と戦って勝てるはずがない。
 信長は将軍様を殺さずに、追放としたようだ。
 やはり将軍には甘い。
 その甘さをもう少し侍以外の人々に向けてあげればいいのにな。
 信長の到着によって、織田軍の浅井・朝倉攻めは最終段階に移る。
 織田信長包囲網ならぬ、浅井・朝倉包囲網だ。
 日がなぼうっとしているだけだった俺たちの生活も慌ただしいものとなった。
 あっちへ攻め込みこっちに築城。
 もうへとへとだ。
 しかしその甲斐もあり浅井は小谷城に籠城、それを助けに来た朝倉も撤退に入った。
 現在はその朝倉の追撃戦の最中だ。
 正直ほとんど一日中走っているし、食事も睡眠も最低限で勘弁してほしい。
 だがあと少しで戦が終わると思えばまだ頑張れるというものだ。
 野営の焚火を囲みながら、俺は味気ない雑炊をすすった。

「勘佐衛門、吉兵衛、気が付いたか?朝倉軍のしんがり、あれは三段﨑みたざき勘右衛門かんえもんじゃった」

「三段﨑!?ではあのときの……」

「殿にとっては因縁深き相手ですな」

 三段﨑勘右衛門、なんか聞いたことがあるようなないような名前だ。
 たぶん『漫画でわかる日本の歴史』で読んだんだろうけど、誰だったかな。
 なにか殿たちには因縁のある人のようだし、直接聞いてみるのがいいだろう。

「三段﨑って誰ですか?」

「ワシの顔面に矢をくれやがった侍よ。奴だけはワシらで討ち取りたいのう」

「借りを返さねばなりませんからな」

 出会ったばかりの頃、殿は酷い怪我を負っていた。
 その中でも腹の傷と顔の傷が一番酷かったのを思い出す。
 腹の傷は金ヶ崎の退き口でしんがりを務めたときのもの。
 だが顔の傷は城を攻めたときに侍大将の弓矢で負わされたものだと聞いたことがあった。
 そのときの侍大将が三段﨑勘右衛門だったというわけか。
 
「しかし奴の強弓をこの盾で防げるとは思いませぬ」

 吉兵衛さんは竹を束ねて作られたお手製の盾を持ち上げる。
 竹は下手な木よりも硬度が高いが、さすがにこの時代の強弓自慢の矢を防ぐには少々心もとない。
 俺は収納の指輪にガチャから出た鉄の盾とかも入れているが、いきなり取り出すわけにもいかないからな。
 ふと、グツグツ煮えている雑炊を見やる。
 雑炊が入っているその鍋。
 これは俺が持ってきた鉄鍋だ。

「これ、使えませんかね」

 鍋は予備として慶次と善住防さんにも持たせてある。
 全部で3つ。
 矢避けには少し心もとないが、三段﨑なにがしの矢にだけ気を付けて鉄鍋で防げば不可能ではない。

「鉄鍋か、いけるな。よし、勘佐衛門と吉兵衛、善次郎は鉄鍋で三段﨑勘右衛門の矢からワシを守れ。慶次郎と善住防殿は敵と槍を交えたかろう。露払いをお願いする」

「「「かしこまりました」」」

「よし、明日は必ずや三段﨑勘右衛門めの首を取る!」

「「「おー!!!」」」

 気合は十分だ。




「はぁ、はぁ、はぁ……」

 ヒール、ヒール、ヒール、ヒール。
 この時代の追撃戦を舐めていたわけじゃないが、こんなに長い時間ダッシュするとは思わないでしょ。
 他の人たちも息は上がっているが俺のように限界が近い喘ぐような息ではなく、普通にマラソンでもしているかのような整った息だ。
 どんな心肺機能をしているのだろうか。
 俺は自分に回復魔法をかけ続けながら走る。
 三段﨑なにがしを他の人よりも先に討つためには、このままのスピードではダメなのだろうな。
 正直俺がお荷物になっているのかもしれない。

「善次郎殿、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……」

 もう魔力がどうとか気にしている事態ではない。
 俺は燃費の悪い魔法である身体強化を一番弱い強度で発動する。
 地面を蹴る足の筋肉や心臓を動かしている筋肉までもが強化され、一気に走るのが楽になる。
 しかしこの魔法は今の魔力量でも半日と持たないだろう。
 早く三段﨑なにがしを見つけないと、俺は使い物にならなくなる。
 魔力をすべて消耗すると3日3晩は寝込むと思うから。

「善次郎殿、そんなに飛ばして大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ、慶次。もう残りの距離とか気にしている場合じゃない。全力で三段﨑を追いかけよう」

「善治郎、よう言った。悪いが速度を上げるぞ。皆、辛いだろうがついてきてくれ」

「「「はい!」」」

 殿は馬に鞭を入れる。
 こうなればもう全員で全力疾走だ。
 俺たちはぐんぐん織田軍の侍を抜き去り、一気に有名武将が馬首を並べる最前列に躍り出た。
 供回りの数が全然違い、場違いなのはわかっている。
 だが、戦国時代の戦は抜け駆け上等だ。
 特にこんな追撃戦で上司の顔色を窺っていてはいつまで経っても長屋暮らしだ。
 
「おおぉぉぉぉっ、我こそは、山内一豊!三段崎勘右衛門!!勝負だぁぁっ!!!」

 殿が吼える。
 俺たちもなんとなく大声を上げた。
 しんがりを務める三段﨑勘右衛門とみられる侍がその声に反応し、馬首をこちらに向ける。
 勝負に乗るつもりなのだろう、三段﨑勘右衛門は弓をぐっと引き絞り太い矢を殿にめがけて放つ。
 俺は殿の前に出て鉄鍋を構えた。
 周りの侍からは少し嘲笑の声が聞こえてくるが、勝てば何使ってもいいんだよ。
 稲妻のように飛んでくる矢に俺は鍋を合わせる。
 ガツンという重たい手ごたえ。
 なんとか防ぐことができたが、この時代の強弓自慢は本当に怖い矢を放つ。
 鉄鍋を見ると矢が当たった場所がへこみ、矢じりの先が微かに裏側に貫通して小さな穴が開いていた。
 これはもう鍋として使うことはできないな。
 明日からの行軍のご飯が酷いことになりそうだ。

「慶次!善住防さん!」

「応!どけどけ、山内家のお通りだ!!」

「どかねば、斬ってしまいますぞ」

 慶次は槍を振り回し、善住防さんは刀を抜いて敵の懐に入る。
 2人ならば、必ずや三段崎の周囲の敵を片付けてくれるはずだ。
 その間俺たちはあの強弓を防ぎ続ける。
 ガツンガツンと鉄鍋に当たる重たい矢。
 俺たちの攻防を見た織田軍の他の侍たちも朝倉の兵と戦い始めた。
 もはや織田の勝利は決まったようなものだから、ここからは手柄争いだ。
 
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