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65.隠遁の薬聖
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宣教師たちへの再三に渡る嫌がらせの結果、キリスト教によってマリアナ諸島は呪われた土地として認定された。
大規模なエクソシスト集団が送り込まれたりもしたが、毎晩悪夢にうなされてオーガに脅かされて帰っていったよ。
だが彼らも爪あとすら残せなかったわけではない。
驚いたことに、下級アンデットモンスターであるスケルトンには聖水や祈りの言葉がダメージとなるらしい。
さすがに1体500ポイントのゴースト相手には通用していなかったが、それでもなんとなく聖水や十字架に触れるのは嫌だそうなので微小のダメージは受けているようだ。
この分では坊主の念仏や神官の祝詞もアンデットモンスターにはダメージとなるのかもしれない。
生臭坊主の念仏は効かないかもしれないけどね。
モンスターの脅威に対して無力であると思われていたこの世界の人たちが微小とはいえアンデットモンスターにダメージを与えたのだ。
モンスターの力に頼って驕り昂ぶれば足元をすくわれる可能性があるということを俺は肝に銘じた。
なにはともあれ、マリアナ諸島はキリスト教の国にとっては忌避すべき土地となったわけだ。
これでスペインやポルトガルは表立ってこの島を植民地にしようとは考えないだろう。
無神論者の荒くれ海賊みたいな奴は来るかもしれないけれど、そういうのは海に放ったシーサーペントに見晴らせているから問題ない。
シーサーペントは水棲モンスターで、巨大な蛇のような見た目をしている。
沖ノ鳥島の海の守りを固めるために生み出したモンスターだが、魔法も使えるし頭もそこそこ良くて使い勝手の良いモンスターだ。
今後日本やアジアの島国をヨーロッパの侵略者たちから守っていくためには、ちょうどいいモンスターといえるだろう。
魔法を使わせなければギリギリ普通の生物だと言い張れないこともないし。
世の中にはイッカクとかオカピとかオオグソクムシとか、本物のモンスターのような生き物がたくさん存在している。
ゴリラだって19世紀まではUMAだったくらいだ。
ちょっとUMAの10種や20種増やしたところで誤差の範囲内だろう。
マリアナ諸島は将来シーサーペントウォッチングの盛んな南国の観光地となることだろう。
めでたしめでたし。
本格的な夏になる前にマリアナ諸島の問題を片付けることができてよかったよ。
日本ではそろそろ農家さんたちの手が空き、戦に出かける季節だ。
俺も殿のいる近江に向かわなければならない。
「嫌だなぁ、戦行きたくないよー……」
「またそんなことを言って。善次郎さんがいなかったせいで山内様が討ち取られたらどうするおつもりですか?」
「でも……」
「でもではありません」
「史実では……」
「史実がなんなのです。現に善次郎さんが読んでいた歴史書と違うことはたくさん起きているではありませんか。私だってそうですよ」
「はい……」
めまいがするほどの正論でねじ伏せられてしまった。
分かっているさ。
俺だって本気で言っていたわけではない。
殿たちが心配だし、近くにいればいざという時にも後悔しないだけのあがきができるだろう。
だが、気が重くないと言ったら嘘になる。
「善次郎さん、やっぱり私も行きましょうか?足軽の中には女人もいるのでしょう?今の私はいち町人でしかないのですし、足軽の中に混ざっていても分かりませんよ」
「雪さん……。その気持ちだけで十分だよ。雪さんが足軽の中に混ざってたら、心配で戦えないよ」
雪さんの手がそっと俺の手を包み込む。
温かくて柔らかい。
優しい手だ。
「いつでも、私はあなたを想っております。転移の術もあるのですから、辛くなったらすぐに帰ってくればよいのですよ」
「うん、ありがとう。頑張ってくるよ」
雪さんの手を握り返し、俺は長屋を出た。
この戦で手柄を立てればおそらく殿は領地をもらい、しばらく戦には出ない。
元亀最後の戦だ、もうひと踏ん張り頑張るか。
俺は拳をぎゅっと握る。
まだこの手に残る雪さんの手の温もりが、無限の力をくれる気がした。
7月、暑い季節がやってきた。
温暖化も進んでいない戦国時代の日本は現代よりも幾分か暑さは柔らかい。
アスファルトの敷かれていない道は木陰に入ればひんやりと涼しい。
こういうところは未来よりも好きだな。
なんとか歴史を操作してアスファルトを敷くのをやめさせることはできないものか。
まあ無理だろうけど。
いつか車が開発されることになれば、道の整備は急ピッチで行われるだろう。
道路のアスファルト施工は避けられない。
いっそのこと車の開発をやめさせてみようか。
ダンジョンがあるのだ、転移罠を移動手段として一般に開放してみたらどうだろうか。
この考えは案外イケている気がする。
車よりも遥かに優れた移動手段だし、交通手段を俺が握ることができる。
転移罠の設置のためと言い張って各地にサブコアを埋め込むことができるし。
「うーん、いいことを思いついてしまった」
「善次郎、悪事はいかんぞ」
「い、いや、悪事というわけでは……」
俺が馬鹿なことを考えていると知っているわけではあるまいが、殿に悪巧みをたしなめられてしまった。
俺はそんなに悪い顔をしていただろうか。
石油燃料のエンジンなんてあってもいいことがないよな、代替品があるのならさ。
空気は汚れるし、うるさいし、戦争に使われるし。
その点ダンジョン由来のものによってこの世を豊かにしていけば、環境にも優しいし悪用しようとしたら最悪取り上げることだってできる。
「それにしても、今日は暑いな……」
現代のアスファルトに蒸し焼きにされそうな暑さを知っている俺にはそれほどの暑さに思えなくとも、この時代の夏しか知らない殿には十分に暑いらしい。
こっそりスマホで確認した気温は29度。
この時代の7月にしてはまあまあ暑い日だ。
殿たちに熱中症で倒れられても困るし、スポドリでも配っておくか。
俺は竹の水筒をいくつか取り出し、ペットボトルから水瓶に移しておいたスポーツドリンクを注いでいく。
「殿、これを。みんなも一つずつ持っていって」
「善次郎殿、これはなんじゃ?」
「山田家に伝わる暑い日に倒れなくなる薬です」
「そんなものまであるのだな」
「ええ」
どんどん薬師の一族山田家の株が値上がりしていく。
御近所さんや織田軍の侍さんたちをコツコツと治療して回っていたおかげで、俺の名声はそこそこ高い。
極めつけは少し前に柴田勝家とその奥さんを治療したことだ。
俺と俺の生まれの山田家、俺の上司の山内家は戦とは関係ないところで名を高め始めているのだ。
特に俺の父親山田時三郎は今も現代で電気工事士をしていると思うが、この時代では隠遁の薬聖とまで言われ始めている。
俺はその一子相伝の秘薬を受け継いでいるという設定なのだ。
俺は山内家に仕えているから他家からのおおっぴらな勧誘はないが、一部の侍の中には隠遁の薬聖を家臣にしようとこの時代に存在するはずのない俺の父親を探している人もいるようだ。
まあ頑張ってくれ、たぶん450年くらいしたら見つかると思うから。
大規模なエクソシスト集団が送り込まれたりもしたが、毎晩悪夢にうなされてオーガに脅かされて帰っていったよ。
だが彼らも爪あとすら残せなかったわけではない。
驚いたことに、下級アンデットモンスターであるスケルトンには聖水や祈りの言葉がダメージとなるらしい。
さすがに1体500ポイントのゴースト相手には通用していなかったが、それでもなんとなく聖水や十字架に触れるのは嫌だそうなので微小のダメージは受けているようだ。
この分では坊主の念仏や神官の祝詞もアンデットモンスターにはダメージとなるのかもしれない。
生臭坊主の念仏は効かないかもしれないけどね。
モンスターの脅威に対して無力であると思われていたこの世界の人たちが微小とはいえアンデットモンスターにダメージを与えたのだ。
モンスターの力に頼って驕り昂ぶれば足元をすくわれる可能性があるということを俺は肝に銘じた。
なにはともあれ、マリアナ諸島はキリスト教の国にとっては忌避すべき土地となったわけだ。
これでスペインやポルトガルは表立ってこの島を植民地にしようとは考えないだろう。
無神論者の荒くれ海賊みたいな奴は来るかもしれないけれど、そういうのは海に放ったシーサーペントに見晴らせているから問題ない。
シーサーペントは水棲モンスターで、巨大な蛇のような見た目をしている。
沖ノ鳥島の海の守りを固めるために生み出したモンスターだが、魔法も使えるし頭もそこそこ良くて使い勝手の良いモンスターだ。
今後日本やアジアの島国をヨーロッパの侵略者たちから守っていくためには、ちょうどいいモンスターといえるだろう。
魔法を使わせなければギリギリ普通の生物だと言い張れないこともないし。
世の中にはイッカクとかオカピとかオオグソクムシとか、本物のモンスターのような生き物がたくさん存在している。
ゴリラだって19世紀まではUMAだったくらいだ。
ちょっとUMAの10種や20種増やしたところで誤差の範囲内だろう。
マリアナ諸島は将来シーサーペントウォッチングの盛んな南国の観光地となることだろう。
めでたしめでたし。
本格的な夏になる前にマリアナ諸島の問題を片付けることができてよかったよ。
日本ではそろそろ農家さんたちの手が空き、戦に出かける季節だ。
俺も殿のいる近江に向かわなければならない。
「嫌だなぁ、戦行きたくないよー……」
「またそんなことを言って。善次郎さんがいなかったせいで山内様が討ち取られたらどうするおつもりですか?」
「でも……」
「でもではありません」
「史実では……」
「史実がなんなのです。現に善次郎さんが読んでいた歴史書と違うことはたくさん起きているではありませんか。私だってそうですよ」
「はい……」
めまいがするほどの正論でねじ伏せられてしまった。
分かっているさ。
俺だって本気で言っていたわけではない。
殿たちが心配だし、近くにいればいざという時にも後悔しないだけのあがきができるだろう。
だが、気が重くないと言ったら嘘になる。
「善次郎さん、やっぱり私も行きましょうか?足軽の中には女人もいるのでしょう?今の私はいち町人でしかないのですし、足軽の中に混ざっていても分かりませんよ」
「雪さん……。その気持ちだけで十分だよ。雪さんが足軽の中に混ざってたら、心配で戦えないよ」
雪さんの手がそっと俺の手を包み込む。
温かくて柔らかい。
優しい手だ。
「いつでも、私はあなたを想っております。転移の術もあるのですから、辛くなったらすぐに帰ってくればよいのですよ」
「うん、ありがとう。頑張ってくるよ」
雪さんの手を握り返し、俺は長屋を出た。
この戦で手柄を立てればおそらく殿は領地をもらい、しばらく戦には出ない。
元亀最後の戦だ、もうひと踏ん張り頑張るか。
俺は拳をぎゅっと握る。
まだこの手に残る雪さんの手の温もりが、無限の力をくれる気がした。
7月、暑い季節がやってきた。
温暖化も進んでいない戦国時代の日本は現代よりも幾分か暑さは柔らかい。
アスファルトの敷かれていない道は木陰に入ればひんやりと涼しい。
こういうところは未来よりも好きだな。
なんとか歴史を操作してアスファルトを敷くのをやめさせることはできないものか。
まあ無理だろうけど。
いつか車が開発されることになれば、道の整備は急ピッチで行われるだろう。
道路のアスファルト施工は避けられない。
いっそのこと車の開発をやめさせてみようか。
ダンジョンがあるのだ、転移罠を移動手段として一般に開放してみたらどうだろうか。
この考えは案外イケている気がする。
車よりも遥かに優れた移動手段だし、交通手段を俺が握ることができる。
転移罠の設置のためと言い張って各地にサブコアを埋め込むことができるし。
「うーん、いいことを思いついてしまった」
「善次郎、悪事はいかんぞ」
「い、いや、悪事というわけでは……」
俺が馬鹿なことを考えていると知っているわけではあるまいが、殿に悪巧みをたしなめられてしまった。
俺はそんなに悪い顔をしていただろうか。
石油燃料のエンジンなんてあってもいいことがないよな、代替品があるのならさ。
空気は汚れるし、うるさいし、戦争に使われるし。
その点ダンジョン由来のものによってこの世を豊かにしていけば、環境にも優しいし悪用しようとしたら最悪取り上げることだってできる。
「それにしても、今日は暑いな……」
現代のアスファルトに蒸し焼きにされそうな暑さを知っている俺にはそれほどの暑さに思えなくとも、この時代の夏しか知らない殿には十分に暑いらしい。
こっそりスマホで確認した気温は29度。
この時代の7月にしてはまあまあ暑い日だ。
殿たちに熱中症で倒れられても困るし、スポドリでも配っておくか。
俺は竹の水筒をいくつか取り出し、ペットボトルから水瓶に移しておいたスポーツドリンクを注いでいく。
「殿、これを。みんなも一つずつ持っていって」
「善次郎殿、これはなんじゃ?」
「山田家に伝わる暑い日に倒れなくなる薬です」
「そんなものまであるのだな」
「ええ」
どんどん薬師の一族山田家の株が値上がりしていく。
御近所さんや織田軍の侍さんたちをコツコツと治療して回っていたおかげで、俺の名声はそこそこ高い。
極めつけは少し前に柴田勝家とその奥さんを治療したことだ。
俺と俺の生まれの山田家、俺の上司の山内家は戦とは関係ないところで名を高め始めているのだ。
特に俺の父親山田時三郎は今も現代で電気工事士をしていると思うが、この時代では隠遁の薬聖とまで言われ始めている。
俺はその一子相伝の秘薬を受け継いでいるという設定なのだ。
俺は山内家に仕えているから他家からのおおっぴらな勧誘はないが、一部の侍の中には隠遁の薬聖を家臣にしようとこの時代に存在するはずのない俺の父親を探している人もいるようだ。
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