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96.蟹江ダンジョン

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 島のダンジョン地下第3階層の広大な草原フィールドで育てていた米が、ついに収穫を迎えた。
 種籾の問題もあったのでそこまでびっしり植えられたわけではないが、今の日本列島に不足している分の食料を供給することは可能な量だ。
 スケルトンさんたちが乾燥、脱穀、籾摺りまで終わった米を計量してくれているが、半分くらいまで作業が終わってすでに80万トンほどの米俵が積みあがっている。
 次の作付けのための種籾を残しても、150万トンは余裕だろう。
 150万トンといえば大体1000万人の人間が1年食べられる量だ。
 現在日本列島に住んでいる人の数は正確には分からないけれど、江戸時代後期くらいの日本で3000万人くらいだと言われていた。
 今はもっと少ないだろう。
 これだけの米があれば、十分飢えた人全員に行き渡る。
 ダンジョン開業のときが来たようだ。

「さて、雪斎。準備はできてる?」

『準備万端でござる』

 雪斎にはダンジョンで働いてくれる敵役のロボットを製造してもらっていた。
 ダンジョンなんだからモンスターに働かせろよって思うかもしれないけれど、モンスターのみんなとは意思疎通ができちゃうから情が移っちゃうんだよね。
 ダンジョンで働いてもらうってことは、人間の敵として戦ってもらうってことだ。
 当然人間が絶対に勝てない強さに設定するわけにはいかない。
 倒されて守っているものを奪われるのが役目なら、やっぱり生きているモンスターよりも雪斎が作るロボットのほうが気が楽だ。
 雪斎にはなるべくモンスターっぽい禍々しい見た目のロボットを製造してもらえるように頼んでおいた。

『お披露目いたす。拙者の自信作、メカゴブリンプロトタイプでござる』

「グギャーギャギャ」

 バタバタとうるさい足音を立てて10体ほどの人型ロボットが並ぶ。
 その姿は全くロボットとは思えないほどに有機的だった。
 すごいな。
 機械仕掛けだとは分からないほどリアルなゴブリンだ。
 背丈は人間の子供ほど、薄緑の肌に醜悪な顔、少し生々しい匂いもある。
 血走った目なんて生きているとしか思えない。

『すごいでござろう?程度の低い人工知能プログラムの入った魔導アンドロイドでござる。拙者のような完全無欠の自己進化式AI侍ではござらんが、ある程度は自分で思考を最適化する能力を有しております』

 普通にすごい。
 これなら地獄の鬼とでも思ってもらえそうだ。
 破壊されたら中身が見えちゃって生き物じゃないのが分かっちゃうかな。
 いや、生き物じゃないのに生き物っぽいほうが逆にリアリティがあるかもな。
 地獄の鬼は腹の中に鉄が入っている。
 いいじゃん、それ。

「よし、ダンジョンやろうか」






 岐阜県の南西部のあたりから愛知県の北西部、三重県北部の一部までの平野を、美濃と尾張という国名から一文字ずつとって濃尾平野という。
 その濃尾平野には3本の大きな川が流れている。
 揖斐川、長良川、木曽川の3本。
 いわゆる木曽三川ってやつだ。
 木曽を流れているのは木曽川だけなのに3本まとめて木曽三川って言うのは不思議だ。
 木曽三川は別名濃尾三川とも言われていて、こっちのほうがしっくりくる。
 まあ川の名前なんてどうでもいい。
 問題なのはこの3本の川の合流地点、未来では長島スパーランドとかなばなの里とかがある楽しいレジャー施設のイメージしかない長島って土地だ。
 残念ながら今の長島は全然楽しくない。
 この木曽三川河口域っていう土地は、めちゃくちゃ川が荒れる場所だ。
 未来ではかなり広範囲にわたって埋め立てられたり護岸工事をしたりして、川の流れは安定したものとなっている。
 しかしこの時代は中州の島が一つではなくいくつもあったために、川の流れが複雑になって氾濫しやすい流れになってしまっている。
 膨大な水量を誇る3本の川が合流したり分かれたりするもんだから、水のエネルギーが真っ直ぐ海に向かわず陸を削り取る勢いでぶつかってくる。
 雨でちょっと水量が増えればもう水浸しだ。
 しかも長島は輪中といって、海抜0メートルの土地を堤防で囲って住んでいる土地だった。
 そんな土地に水が入り込めばどうなるか。
 水が溜まって出て行かない。
 水浸しのまま地面が乾かないと雑菌が繁殖しやすい。
 結果、畑は腐り疫病が蔓延する。
 長島という土地はそんな過酷な土地なんだ。
 なんだか沖ノ鳥島と環境が似ていて他人事とは思えない。
 今でこそダンジョンの力とみんなの頑張りで少し海抜が上がった沖ノ鳥島だけど、元は同じ0メートルだからね。
 むしろマイナス数メートルくらいだった場所もある。
 そんな過酷な場所に住んでいる人はどうなるのか。
 神仏に救いを求めるようになるんだね。
 平蔵さんなんかは台風で家が吹っ飛ばされたときには神に向かって罵詈雑言を投げかけていたけれど、逆の人もいる。
 神仏への祈りや感謝が足りないから自分たちの生活はこんなにも苦しいのではないか。
 そんなことを考えている人に坊主がささやく。
 その通り、あなたの考えは正しい。
 あなたはなんて敬虔な信者なんだ、あと少しだけ神仏への祈りがあればきっとこの暮らしも良くなるはずですよ。
 さあ神仏に供物を奉げましょう。
 あ、この取れたての野菜と穀物は神仏が好きなやつですもらっていきますね。
 そうやって坊主にとられた年貢で更に生活は悪くなる。
 ちょっとあの坊主は間違っているんじゃないだろうかと思い始める民衆。
 しかしそこで坊主はまたささやく。
 いやいや、私たちなんて全然質素な生活しているから悪くないですよ。
 悪いのは侍です。
 隣の領地を見てみなさいよ、戦でボロボロ。
 年貢もあんなに取られて。
 本当に侍っていう奴らは野蛮で強欲ですよ。
 ああいう奴らがいるから私たち神仏を信じる者が報われないのです。
 さあ立ち上がりなさい、侍を打倒するのです。
 毎日豪華なご飯を食べて食後に甘いお菓子まで食べている信長を打倒するのです。
 そんな感じで一向一揆が起きる。
 過酷な土地に住んでいる人間は神仏を信じやすい。
 長島で本願寺勢力が強い背景にはそんな理由があると俺は思う。
 信長はこの長島にずいぶんと苦労しているようだ。
 何を思ったか最初のダンジョンは長島のすぐ近くの織田領、蟹江に建設せよと言ってきた。
 土地の所有者がそう言うんじゃしょうがない。



 電気の無いこの時代誰もが寝静まっているであろう深夜、ゴゴゴッ、ゴゴゴッという地響きが断続的に響き渡る。
 人々は地震が来たのかと松明を焚き、家々から飛び出す。
 しかし地響きはすぐに収まった。
 なんだ、小さい地震だったかと皆が安心する。
 ふと、何か違和感を感じて一人の男が松明を空に掲げる。

「なんだ?」

「どうした?」

「いや。なんかこっちの空、圧迫感があってな」

「ほんとだな。でっけえ雲でもできてんじゃねえか?」

「そうかもな」

 人々は地震が大きなものでなくて安心し、家に戻り眠りに就く。
 月明かりの少ない曇った夜だったこともあり、人々は突如として出現した巨大建築物にはまだ気がつかなかった。




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