虎はお好きですか?

兎屋亀吉

文字の大きさ
4 / 18

004話 初めての狩り

しおりを挟む
 今日からは一匹で生きていかなくてはならない。

 いつも優しく見守ってくれていた母虎や、うるさくじゃれついてくる兄弟たちがいないだけで途端に心細くなってきた。寂しい。生後1ヶ月以内で親離れとか早すぎるよ。
 
 一匹で暗い森の中を歩いていると後ろ向きなことばかり考えてしまう。これからのことを考えなければ。
 
 今の僕は小さい子供の虎で、魔法もほとんど使えなくて、牙や爪もまだまだ小さい。

 尻尾も母虎のような3本ではなくて、1本しか生えてない。

 兄弟全員1本だったけれど大人になったら増えるんだろうか。
 
 思考が逸れてしまったけれど、ようするに今の僕はこの森では完全に狩られる側だということだ。
 
 母虎は色々な動物や魔獣を狩って食べていたけれど、今の僕では最初に見た鹿のような動物にも勝てそうにない。あの角で突かれたら痛そうだ。
 
 僕は他の生き物の気配にビクビクしながら隠れられる場所を探した。
 
 少し歩き回ったら、いい感じに岩の影になった場所に、浅い洞窟を見つけた。広さは4畳半くらいだけど、僕の体はまだ猫くらいの大きさしかないので余裕で寛げる。

 ここをとりあえずねぐらにすることにしよう。
 
 しばらくはこの洞窟に隠れながら魔法の練習をして、たまに兎などの小さい獲物を狩って飢えをしのごう。

 幸い水は時間をかければ水魔法で出すことができる。僕は早速魔法の練習を始めた。




 あれから2日ほどが経った。お腹が空いて死にそうだ。

 狩りに行くにも魔法が使えた方が安心だろうと思い、ギリギリまで引きこもって、寝ている時以外は魔法の練習をしていた。

 そのおかげで魔力が少し増えたけれどお腹が空いた。早く何か食べたい。
 
 洞窟を出て少し歩くと、遠くに毒々しい紫色をした巨大な蛙が見えた。僕は蛙に見つからないようにそっと木陰に隠れた。
 
 あいつはダメだ。

 前に母虎が狩っているのを見たことがあるが、母虎でも一撃では狩りきれないくらい強い。

 僕なんてぺろりと食べられてしまうだろう。
 
 それに見た目が毒々しいので食べたくない。ていうか絶対毒あるよ。

 母虎は普通に食べていたけれど大丈夫なんだろうか?
 
 毒に耐性とかあるのかな。少しずつ摂取して慣らしていけば毒耐性が手に入るだろうか。
 
 毒耐性は欲しいけれど、やっぱり僕には蛙はまだ早いのでその場から音をたてないようにそっと離れた。
 
 よく考えたら僕に母虎のような狩りはまだ無理かもしれない。

 まだ体長が大人の猫くらいしかない僕ではあまり大きい獲物は仕留められない。

 猫が狩るものを想像しても、ねずみか小鳥くらいのものだ。

 兎も僕には大きすぎる。
 
 それでもねずみや小鳥なんかではお腹が一杯にならないので、僕は罠を使って兎を狩ることにした。

 罠なら仕掛けて待つだけだ。子虎の僕にも兎が狩れるかもしれない。
 
 早速僕は土魔法で穴を掘り始めた。原始的だけれど罠の王道、落とし穴だ。

 まだ魔力量が少なくて少しずつしか掘れないが、魔法の練習にもなって一石二鳥だ。

 いつもやっている魔法の練習と同じように、掘る、魔力が枯渇する、大気中から吸収するというルーチンワークを延々と繰り返す。
 
 半日ほど掘って、満足できる大きさの穴が掘れた。お腹が減っているのでたくさん食べたくて、つい大きな穴を掘ってしまった。兎が何十匹も入りそうな穴だ。
 
 最後に土魔法で落とし穴の底に針山を作って、薄い粘土板のような蓋をした後、木の葉をかけてカモフラージュした。
 
 作成に半日ちょっとかかってしまったが、なんとか落とし穴が完成した。

 後は獲物がかかるのを待つだけだ。木の実でも探して食べながら待つとするか。
 
 ちょっと遠くまで足を延ばして、やっと見つけた桃みたいな果物を食べた。

 落とし穴から結構離れているのでそれなりに時間が経っている。
 
 そろそろ何か掛かっている頃だろうと思い、落とし穴まで戻ってそっと覗き込んでみると、毒々しい紫色をした蛙が掛かっていた。なんでだよ。
 
 幸いにも串刺しになって死んでいるようなので、僕が逆に食べられることはなさそうだ。しかし、持って帰って洞窟で食べたいのに、大きすぎて持って帰れない。
 
 こんなときに転移か空間収納が使えると便利なのだけど、次元魔法は魔法の中でも消費魔力がダントツで多いので今の僕には全く使えない。
 
 しょうがないのでこの場で食べることにした。完全に死んでいることを確かめるように恐る恐る近づいて肉球でちょんちょんと触ってみる。ちゃんと死んでいるようだ。
 
 さすがに母虎のように内臓まで貪り食うのは気が引けたので、とりあえず足にかぶりついてみた。毒々しい外見に似合わず美味しい。
 
 食べても身体に不調がないかどうか少し待ってみたが、身体に不調は見られない。毒々しいのは外見だけで毒はないのかもしれない。僕は一心不乱に食べた。
 
 2日半ぶりのお肉は最高だった。ただ、生肉も美味しいけれど、ビジュアル的に焼いた肉のほうが食欲をそそるので、そのうち焼いた肉も食べたい。塩や香辛料なんかがあれば最高だ。
 
 塩は海か岩塩の鉱脈があれば、虎でも手に入れられるかもしれないが、香辛料は人間と関わらなければ手に入らないかもしれない。
 
 正直人間とは関わりたくない。あれだけ盛大に公開処刑されればトラウマにもなる。人間の醜さと今の自分の無力さを想像して、思わず身体がぶるりと震えた。
 
 そして早く魔法を使えるだけの魔力を鍛えなければという焦燥感がこみ上げてきた。香辛料はあきらめよう。人間怖い。
 
 僕は蛙の内臓などが残されたままの落とし穴に、さっきと同じように蓋をして木の葉でカモフラージュして、逃げるように洞窟に帰った。
 
 これから全力で魔力を上げなくては。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...