虎はお好きですか?

兎屋亀吉

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006話 巨大鳥の縄張り

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 2ヶ月ほどの時間が経った。

 洞窟の壁に正の字で日数を数えているので、割と正確に60日と少しが経過している。
 
 今日の朝、起きたら尻尾が2本に増えてた。
 
 驚いて二度見したけれど、やっぱり2本の尻尾がゆらゆらと揺れている。
 
 それと、なんだか今までに無いくらいに魔力量が増えている。
 
 魔力量が増えたから尻尾が2本になったのか、尻尾が2本になったから魔力量が増えたのかはわからないけれど、使える魔法が増えて、手足の代わりになる器用な尻尾が増えて、いいことばかりだ。
 
 この身体での戦闘スタイルなどもそろそろ考えていかなくてはいけないかもしれない。
 
 生前の僕は、もやしだったので完全に後衛で、魔法障壁で敵の攻撃を防ぎつつ、大規模な魔法で敵を殲滅するような戦い方をしていた。
 
 だけど、せっかく生身でも強い魔獣に転生したのだから、魔法と肉弾戦を合わせた戦い方も練習しておきたい。
 
 爪とか尻尾とかに魔法を纏わせてバーンって叩きつけたら強くてかっこいいと思うんだけどな。
 
 とりあえずは使えるようになった魔法を試すために洞窟を出た。
 
 基本的な属性魔法、飛行や空間収納ぐらいまでは使えるようになっているはずだ。
 



 僕は今、森の上空を散歩している。空中を駆けるようにしてどんどん上昇していく。
 
 1つ前の前世は、魔法の無い世界だったので、自分の身一つで空を飛ぶのがずいぶんと久しぶりで気持ちがいい。
 
 僕が上機嫌で空を駆け回っていると、前方から何かが飛んでくるのが見えた。鳥のように見える。
 
 澄んだ笛のような鳴き声が響き渡る。なんとなく怒っているような気がする。この辺りはあの鳥の縄張りで、僕が勝手に入ったから怒っているのかもしれない。
 
 魔獣には縄張り意識の強いものもいるので、空も何がしかの魔獣の縄張りかもしれないと想定はしていたが、いったいどんな魔獣だろうか。

 蛙のように頭が悪いといいな。
 
 魔力の増えた僕は、蛙ぐらいの強さの魔獣なら苦も無く仕留められるだろう。
 
 遠くに見えていた鳥が、だんだんと近づいてくる。近づくにつれてそのスピードがすごい速さだとわかる。そしてその大きさも。
 
 とにかくでかい。羽を広げた全長が10メートルはありそうだ。
 
 それに比べて僕は、少しは成長したけれどまだ母虎の半分くらい。尻尾まで合わせても2メートルいかないくらいだ。
 
 鳥は大きな翼で空をつかむようにして急停止する。その風圧だけで僕なんか吹っ飛んでしまいそうだ。
 
 そして僕と鳥は滞空したまま正面から向き合った。
 
 近くでよく見ると、まるで巨大な鷹のような魔獣だ。その猛禽類の鋭い目で僕を射殺さんばかりに睨みつけてくる。
 
 魔獣同士の戦いでは舐められたらそこで試合終了だ。

 僕は舐めんじゃねえとばかりに睨み返した。
 
 鳥は甲高い鳴き声をあげて、いきなり風魔法を撃ってきた。短気なやつだ。
 
 数十発の風の刃が僕の魔法障壁に当たって消えていく。魔力の増えた僕の魔法障壁はそんなものでは破れない。
 
 僕はお返しとばかりに、雷魔法を10発ほど連射した。僕の身体から雷が放たれた瞬間に、鳥はその巨体にもかかわらず、すごいスピードで飛んで次々避けた。
 
 単純に翼を羽ばたかせたのでは、滞空状態からいきなりトップスピードまで加速することはできないだろう。加速や飛行を魔法で補助しているのかもしれない。
 
 その巨体にそのスピード、さらに魔法を自在に使う。

 間違いなく母虎クラスの高位の魔獣だろう。
 
 僕は気を引き締めて、相手がどんな攻撃をしてきても反応できるように待ち受ける。
 
 鳥も僕がただの小さい虎ではないと気づいたのか、少し離れたところで滞空してじっとこちらを睨みつけている。
 
 しばらくじっと睨み合っていたが、痺れを切らしたのか鳥が風魔法を連射しながらこちらに突っ込んできた。
 
 僕は必死に風の刃を魔法障壁で防ぎながらタイミングを待った。
 
 そして鳥がすれ違いざまに風の刃を纏わせた翼で攻撃してきたその瞬間を狙って、僕は魔法障壁を解いた。
 
 そして紙一重で鳥の攻撃を避けつつも、鳥と同じように風の刃を纏わせた2本の尻尾でカウンターの攻撃を入れた。
 
 僕の攻撃は鳥の胸と首の辺りに当たって鳥は苦悶の鳴き声をあげたけれど、さすがに高位の魔獣だけあって、首のほうは傷が浅そうだ。
 
 胸の傷も血は出ているが、致命傷には程遠い。
 
 鳥は激昂して風魔法をめちゃくちゃに撃ってくる。

 鳥が冷静さを失っているのを見て、僕はここがチャンスだと思い、尻尾をフリフリしてさらに挑発する。
 
 鳥は怒り狂って、さっきと同じように風魔法を乱射しながら翼に風の刃を纏わせて突っ込んでくる。
 
 僕もさっきと同じように翼を避けて、すれ違いざまに鳥ににしがみついた。
 
 絶対離してやるもんかと尻尾を絡ませて、ゼロ距離で雷魔法を撃った。
 
 一瞬硬直して落下し始めた鳥が、羽ばたいてまた飛ぼうとしたので、僕は何度も何度も雷魔法を撃った。
 
 そして地面に落下して苦しそうに呻いていた鳥に、僕は風の刃を纏わせた尻尾で止めを刺した。
 



 洞窟の中にはジュージューと肉の焼ける音だけが響いている。
 
 串に刺さった巨大鳥の肉を僕は魔法で焼いていく。

 もう種火程度の火しか出せなかった昔の僕ではない。 強火だろうが弱火だろうが炭火だろうが、自由自在だ。
 
 ほどよく焦げ目のついた焼き鳥を食べながら、僕はこれからのことについて考える。
 
 いつかはこの森を出て、世界樹のところまで行きたい。

 しかし、世界樹に行き着くまでの道中、全く人間に会わないということが果たして可能なのだろうか。
 
 僕の脳裏に、処刑される寸前の記憶が鮮明によみがえる。

 醜く歪んだ民衆の顔、投げかけられる罵詈雑言、そしてニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた為政者たち。
 
 恐怖、絶望、憎悪、転生を繰り返すたびに薄れていったはずのものが、胸の奥からじわじわと漏れ出してきている。
 
 僕は息を深く吸ってゆっくり吐き出していく。
 
 自分の精神が相当病んでいることに溜め息が出る。病んでる虎なんて怖すぎる。

 人間に討伐される運命しか見えてこない。
 
 しばらくは森で精神療養しようと思う。
 
 僕は食べ終わった串を燃やして、いつものようにホーンラビットの毛皮をお腹にかけて眠りに就いた。


 今夜は悪夢を見るかもしれないな。


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