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009話 初めての友達
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おかしい。
僕はもう大人の虎だというのに、成長が止まらない。
母虎は子供を生んでるんだから大人の虎なのだと思っていた。
だから母虎くらいの大きさで尻尾が3本になったらもう大人の虎で、そこからはもう成長しないのだと思い込んでいた。
だけど今の僕の体長は母虎の倍くらいあって、尻尾も5本だ。
母虎はまだ未熟なのに子供産んだってことかな。
父虎がいないのもそういうこと?高校中退シングルマザーってこと?
父虎最低だな。
何か事情があったのかもしれないけれど、とりあえず父虎のことは置いておいて成長が止まらないって話だ。
もうすでに魔力を枯渇させるトレーニングはしていないにも関わらず、勝手に増え続けている。
すでに化け物みたいな魔力量まで増えているのだが、このまま成長し続けたら僕はどうなってしまうんだろう。
神になるとか?
まさかね。ずっと神になるために頑張ってきたのに、こんなヒキニートみたいな生活をしていて神になれたら苦労しないよ。
まあ考えても仕方がないことは置いておこう。
優先すべきは、友達だ。
友達が欲しい。
あれからアーダルベルトが何度も僕に挑んできて、そのたびに友達になろうと頑張っているのだけれど、あいつ全然人の話聞かないから話にならない。
あいつは強敵と書いて友と読むみたいな感じなので、それはそれで僕の生活に刺激を与えてくれているのだけれど、普通に話したり、一緒に鍋食べたりできるそういう友達というのとは別だ。
僕はもう鍋を一人で食べるのは嫌だ。
そういうわけで今日は、話ができる超高位の魔獣を探しに行く。
季節は冬だ。
冬といっても雪が降ったりはしない。寒さもそれほどではないので夏よりも不快指数が下がって、過ごしやすい季節だ。
森はすごく広いので、僕はほとんど近所しか知らない。
だから今日は少し遠くまで行ってみようと思う。
行ったことのある場所まで転移で飛び、そこからは空を駆けていく。
途中プテラノドンみたいなやつとか、めっちゃ燃えてる鳥みたいなやつとかが襲ってきたけれど、今の僕の敵ではない。一応一言二言念話で話しかけてみたけど無反応だったので、さくっと狩って空間収納に放り込んだ。
しばらく飛ぶと、森の巨木が所々折れている場所を見つけた。
まるで巨大な何かが森の中を這いずったような跡だ。
そして不意に、それは現れた。
それは、巨大な蛇だった。
巨大鳥をぱくりと丸呑みにしていることからも、その大きさが分かる。
なんという大きさだろうか。新幹線ぐらいの大きさだろうか、いやもっと大きいだろうその蛇は、面白いものを見つけたとばかりに、こちらを見つめた。
『ずいぶんと大きな魔力だけれど、見たところまだ若いようだね』
頭の中に直接響いたその理知的で優しい声は、一つ前の前世の母を思わせる声だった。
僕は念願の話のできる魔獣に出会えことでうれしくなって念話で話しかけた。
『まだ生まれて少ししか経ってないよ。お姉さんはとても強そうな魔獣だね』
『まだ坊やじゃないか、それにしてもお姉さんとは嬉しい呼び方だね。私はもうおばあさんと呼ばれてもいいくらいに長く生きているんだがね』
僕はもうほとんど確信していた。この魔獣は長く生きているせいか、とても大らかで器が大きい。頼めばきっと友達になってくれる。
『お姉さん、僕と友達になってよ』
『友達か、いいよ。私はミドガルズオルム、ミルムと呼んでくれ。種族は……なんだろうね。昔はサーペントだった気がするんだけどね』
魔獣は長く生きると、存在の格が上がって種族が変わることがある。進化というのか変異というのかはそれぞれだが、独自の進化を遂げた魔獣は唯一無二の存在だ。同じ種族は自分1匹だけだ。
『僕は名前はない。種族も知らない』
『そうか名前はまだ無いのか。そのうち素敵な誰かが付けてくれるさ。そして種族だが、君の種族はたぶんエンペラータイガーだよ』
僕の種族はエンペラータイガーというらしい。皇帝虎、密林の王者にふさわしい種族名だな。
『へぇ、そうなんだ。ありがとう』
『いや、礼には及ばないさ。それじゃあ、戦おうか』
『へ?』
何言ってんのこの蛇。
戦う?聞き間違いかな。いやでも頭の中に直接響いてる声を聞き間違えるなんてことあるかな。
『今戦うって聞こえた気がするんだけど僕の聞き間違えかな?』
『誤解しないで欲しい。私は決して戦闘狂というわけではないんだ。生まれたばかりの君は知らないかもしれないけど、戦うというのは初めて会った魔物同士にとって挨拶のようなものなんだよ。戦いで勝ち負けが付けば上下関係が決まるし、戦えば相手のことも良く分かる。死ねば相手に食べられる。これが魔物のルールなんだよ』
魔物のルールか。少し脳筋なルールだけど郷に入っては郷に従えということわざも前世にはあった。ここは森だ。森の掟に従おう。
『わかった。戦おう』
『わかってくれてうれしいよ。そんなに力むことは無い、一撃やりあえばいいんだ。それでお互いの力量は大体分かるよ』
なるほど確かにそうかもしれない。
僕は肩の力を抜いてリラックスした。
『じゃ、行くよっ』
次の瞬間、ミルムの口に大量の魔力が凝縮される。やばい。僕はぞぞっと鳥肌が立つのを感じた。これは今まで見た中でも最強クラスの魔法だ。
僕は慌てて魔法障壁を5重に張った。
次の瞬間世界が白一色に染まった。遅れて世界が崩壊するような轟音が聞こえてくる。
世界に色が戻ってきたとき、そこは更地になっていた。
僕が立っていた場所だけ地面に草が生えている。それ以外の場所は僕の後ろ1キロぐらいすべてが草一本生えていない荒野になっていた。
僕の魔法障壁は2枚が割れて、3枚目にひびが入っていた。魔力量が増えていたので助かった。尻尾が3本のときだったら確実に死んでいただろう。
僕はお返しとばかりに雷撃を放つ。化け物じみた魔力の半分ほどを込めた雷撃というよりはビームに近い雷魔法だ。
ミルムの魔法に負けないくらいの轟音に、耳がびりびりする。
『ふむ、どうやら私の負けのようだ』
ミルムの鱗が1枚はがれて少し血がが出ていた。
あれだけ魔力を込めても、これだけのダメージしかないのかと僕は少し悔しいのだが、相手が負けだといっているのだから僕の勝ちということにしておこう。
『私の攻撃では君の障壁を破れない。君の攻撃は私に少しだけダメージを与えた。持久戦になれば私が負けるだろう。負けたのなんて久しぶりだよ。やっぱり悔しいものだね。君の障壁は硬すぎるよ』
『さっきのってドラゴンブレス?』
『いや、ドラゴンブレスを真似ただけの魔法だよ。本物はあんなものじゃない』
『へえ面白そうな魔法だね』
『しまったな。君がさらに強くなる魔法を見せてしまったかな』
そして、僕たちはいろんな話をした。ミルムも誰かと話すのは久しぶりなのだそうで楽しいと言っていた。
僕の種族は長く生きると尻尾が増え、強くなる種族だという話や、アーダルベルトは馬鹿だという話、ミルムの名前を付けたのが今は亡き愛し合った人間の男だという話などを話した。
魔獣は自分が認めないと名前を付けられないそうだ。そして名前を付けることを許すというのはその者に従属するということを表す。
だから高位の魔獣は名前が欲しいとき、絶対に信頼できる者に名前を付けてもらうそうだ。低位の魔獣はそもそも知能が低いので名前がなんなのかわからない。
『じゃあさ、僕の名前はミルムが付けてよ。僕はミルムが好きだよ』
『口説いてるのかい?坊やには100年早いよ。将来にとっておきな』
すげなく断られてしまった。そういう好きとは違う意味で言ったのにな。
どうでもいいけど名前のある魔獣はみんな誰か信頼できる人に付けてもらったってことは、アーダルベルトにも名前を付けた者がいるはずだ。
アーダルベルトに奥さんもしくは友達なんているのかな。
『ねえ、アーダルベルトの名前を誰が付けたのか知ってる?』
『あいつは昔、人間の従魔だったのさ。そのときの主人に付けてもらったんだろう』
なるほど。アーダルベルトにもそんな過去があったのか。まだ名乗ってるってことはその主人が気に入ってたんだろうな。でも人間と魔獣では寿命が違うからな。
アーダルベルトの過去を大体想像して、今度会ったら少しは手加減してやるかと思った。
そして僕はたくさんミルムと話して、ミルムはとてもいいやつだと思ったので、僕のことを全部話すことにした。
元神だったこと。転生していること。前にこの世界に転生したことがあること。
『どうりで生まれたばかりの魔物が強いわけだ。魂は神なんだからね。それじゃあ今回の転生は成功かもしれないね。』
『成功?どういうこと?』
『魔物が年月を経て力をつけると、亜神と呼ばれる存在になることがある。ドラゴンなどがそうだね。高位のドラゴンは神に匹敵する力を持っている。私ですら半分亜神の領域に足を踏み入れている。私よりも強い君はもう神になりかけているんだよ。』
なるほど、神になれるかもしれないってことか。まさか本当にヒキニートみたいな生活をしていただけなのに神になれるとは。どれだけ頑張ってもだめなわけだ。リラックスしてヒキニート生活したときのほうが、案外欲しいものというのは手に入るのかもしれない。
『それで、神になったらどうするんだい?』
『え?』
『神になってやりたいことでもあるのかい?高位の魔物は寿命なんかほとんどないようなものだ。亜神になったところであまり変わらないと思うんだけど』
あれ?なんで僕は神になりたいんだろうか。理由といわれても思い浮かばない。
神だったから戻りたいだけ?いや戻っても別にやりたいことないよ。神時代も友達なんていなかったし神に家族なんていないし。元の世界の元いた天界にも未練なんてない。
強いて言えばもう転生を繰り返す必要が無くなるくらいだけど、元の魔獣のままでも寿命は無限大だとミルムが言っている。
『ないね。僕別に神に戻ってもやりたいことなかった』
『そうなのかい?まあ案外みんなそういうものさ。ずっと欲しいと思っていたものが手に入ってみると、今までどうしてそれが欲しかったのか分からなくなる』
『深いね。さすが長生き』
『君のほうが人生経験は豊富だろう』
『まあね。でも身体はぴちぴちだからね。それよりミルムは魔獣を魔物って言うよね。最近は魔獣って言わないのかな?』
『私は人間の姿に変化してたまに人間の国に行くからね。人間たちがそう呼んでいるのさ。ここ1000年ほどで、アーダルベルトのような獣と呼ぶのは微妙な者たちが現れたから人間たちは私たちのことを魔物と呼ぶようになったんだよ』
なるほど、これからは僕も今風に魔物って呼ぼう。それはいいとして変化?人間の姿に変化できるのか?そしたら尻尾ではできない細かい作業ができるようになるかもしれない。料理も魔道具もバリエーション豊富になるはずだ。
『変化って魔法なの?どうやるの?』
『変化は魔法じゃなくて呪術だよ』
『呪術?』
『生命エネルギーである魔力を使って発動させるのが魔法、呪術は魔法とは違って気とか法力と呼ばれる精神エネルギーで発動させるんだ』
そういえば僕の処刑された国にも神を信じれば救われるだの法力がなんたらと説法している僧侶がいたな。法力って神関係なかったんだな。
『やって見せたほうが早いかね。これが変化の術だよ』
ミルムの身体がどんどん縮んでいく。そして人間くらいの大きさになってからは一瞬にして変化が終わり、そこには黒髪金眼の妙齢の女が立っていた。全裸で。
僕はちょっとドキッとしたけれど、良く考えたら今の僕は虎なので何でドキッとしたのかわからない。僕だって全裸だ。
ミルムは空間収納から所々蛇革で補強されたローブを取り出して着ると、僕のほうを向く。
人間の姿なので、トラウマがある僕はちょっと後ずさってしまった。
「どうかしたのかい?」
『人間がちょっと、苦手って言うかなんていうか……』
「なるほど、前世でいろいろあったんだね」
長いこと生きてるミルムは僕の苦い顔を見ただけでなんとなく察したようだ。
「こういうこともできる」
そう言ってミルムはまた肉体を変化させていく。
ちゃんと人間っぽかった瞳が、縦長の瞳孔をもつ爬虫類の瞳になり、首からあごの辺りまでが、びっしりと鱗で覆われていく。
「これなら怖くないだろう?」
僕が人間の姿に怖がっているのに気づいて優しく語りかけるようにして声をかけてくれる。本当にいいやつだ。
『ありがとう。それで、使えるようになるにはどうしたらいいの?』
『エンペラータイガーの尻尾は変化の一種だよ。尻尾が伸びたり縮んだりするだろう?それを全身でやればいいんだよ』
そういえば僕の尻尾は伸びたり縮んだりする便利な尻尾だ。どうやら無意識のうちに使っていたらしい。
僕は全身を変化させるためにイメージしていく。人間の姿になるのはなんとなく嫌なのでその手前、ミルムくらいの変化をイメージして変化する。
僕の身体も縮み、人間の子供くらいの大きさになる。全裸は恥ずかしかったので服を着た姿をイメージしたら白い虎の毛皮を着込んだ姿になった。自分の皮なら服にもできるのか。
「あーあー。おお、喋れる。久しぶりの感覚だな。ミルム、僕はどんな姿をしてる?」
「とても可愛らしい少年の姿だよ。今見せてあげよう」
ミルムはそう言うと空間収納から高そうな宝石がたくさん付いた姿見を取り出した。
そこには白髪金眼の8歳くらいの少年が映っていた。顔は神だったときの顔に似ている。そして頭には虎の耳がピコピコ動いている。お尻には尻尾があるのが感覚で分かる。
「うまくいったみたいだ。ありがとう」
「私は呪術はこれしか使えないから他には教えてあげられないれど、喜んでもらえたなら私も嬉しいよ。おっと、そろそろ日没だね。どうする?もう少し話すかい?」
「今日はもう帰るよ。これからは話す時間なんて腐るほどあるだろうし」
「そうだね。君と話せて楽しかったよ。またね」
ミルムはこれから疑似ドラゴンブレスでできた更地に巣を作るらしい。今度僕の洞窟にも遊びに来て欲しいと言ったら喜んでくれて、必ず行くと言っていた。蛇の姿では入れないけれど、変化すれば入れるだろう。
そして僕は洞窟に帰る。気分がいいので空をスキップして帰る。四足歩行で跳ねているようにしか見えないが僕はスキップのつもりなのでこれはスキップだ。
巨大鳥が突っかかってくるが、今日は気分がいいので逃がしてあげよう。尻尾でフルスイングして鳥をぶっ飛ばす。鳥は見えなくなるくらい遠くまで飛んでいった。強くなってまたおいで。
今日はいいことばかりだ。友達ができたし、新しい魔法が見れたし、変化もできるようになった。興奮で眠れなくなるかもしれない。
そうだ、変化して自分の毛皮に包まって寝たら気持ちがよさそうだ。
僕はもう大人の虎だというのに、成長が止まらない。
母虎は子供を生んでるんだから大人の虎なのだと思っていた。
だから母虎くらいの大きさで尻尾が3本になったらもう大人の虎で、そこからはもう成長しないのだと思い込んでいた。
だけど今の僕の体長は母虎の倍くらいあって、尻尾も5本だ。
母虎はまだ未熟なのに子供産んだってことかな。
父虎がいないのもそういうこと?高校中退シングルマザーってこと?
父虎最低だな。
何か事情があったのかもしれないけれど、とりあえず父虎のことは置いておいて成長が止まらないって話だ。
もうすでに魔力を枯渇させるトレーニングはしていないにも関わらず、勝手に増え続けている。
すでに化け物みたいな魔力量まで増えているのだが、このまま成長し続けたら僕はどうなってしまうんだろう。
神になるとか?
まさかね。ずっと神になるために頑張ってきたのに、こんなヒキニートみたいな生活をしていて神になれたら苦労しないよ。
まあ考えても仕方がないことは置いておこう。
優先すべきは、友達だ。
友達が欲しい。
あれからアーダルベルトが何度も僕に挑んできて、そのたびに友達になろうと頑張っているのだけれど、あいつ全然人の話聞かないから話にならない。
あいつは強敵と書いて友と読むみたいな感じなので、それはそれで僕の生活に刺激を与えてくれているのだけれど、普通に話したり、一緒に鍋食べたりできるそういう友達というのとは別だ。
僕はもう鍋を一人で食べるのは嫌だ。
そういうわけで今日は、話ができる超高位の魔獣を探しに行く。
季節は冬だ。
冬といっても雪が降ったりはしない。寒さもそれほどではないので夏よりも不快指数が下がって、過ごしやすい季節だ。
森はすごく広いので、僕はほとんど近所しか知らない。
だから今日は少し遠くまで行ってみようと思う。
行ったことのある場所まで転移で飛び、そこからは空を駆けていく。
途中プテラノドンみたいなやつとか、めっちゃ燃えてる鳥みたいなやつとかが襲ってきたけれど、今の僕の敵ではない。一応一言二言念話で話しかけてみたけど無反応だったので、さくっと狩って空間収納に放り込んだ。
しばらく飛ぶと、森の巨木が所々折れている場所を見つけた。
まるで巨大な何かが森の中を這いずったような跡だ。
そして不意に、それは現れた。
それは、巨大な蛇だった。
巨大鳥をぱくりと丸呑みにしていることからも、その大きさが分かる。
なんという大きさだろうか。新幹線ぐらいの大きさだろうか、いやもっと大きいだろうその蛇は、面白いものを見つけたとばかりに、こちらを見つめた。
『ずいぶんと大きな魔力だけれど、見たところまだ若いようだね』
頭の中に直接響いたその理知的で優しい声は、一つ前の前世の母を思わせる声だった。
僕は念願の話のできる魔獣に出会えことでうれしくなって念話で話しかけた。
『まだ生まれて少ししか経ってないよ。お姉さんはとても強そうな魔獣だね』
『まだ坊やじゃないか、それにしてもお姉さんとは嬉しい呼び方だね。私はもうおばあさんと呼ばれてもいいくらいに長く生きているんだがね』
僕はもうほとんど確信していた。この魔獣は長く生きているせいか、とても大らかで器が大きい。頼めばきっと友達になってくれる。
『お姉さん、僕と友達になってよ』
『友達か、いいよ。私はミドガルズオルム、ミルムと呼んでくれ。種族は……なんだろうね。昔はサーペントだった気がするんだけどね』
魔獣は長く生きると、存在の格が上がって種族が変わることがある。進化というのか変異というのかはそれぞれだが、独自の進化を遂げた魔獣は唯一無二の存在だ。同じ種族は自分1匹だけだ。
『僕は名前はない。種族も知らない』
『そうか名前はまだ無いのか。そのうち素敵な誰かが付けてくれるさ。そして種族だが、君の種族はたぶんエンペラータイガーだよ』
僕の種族はエンペラータイガーというらしい。皇帝虎、密林の王者にふさわしい種族名だな。
『へぇ、そうなんだ。ありがとう』
『いや、礼には及ばないさ。それじゃあ、戦おうか』
『へ?』
何言ってんのこの蛇。
戦う?聞き間違いかな。いやでも頭の中に直接響いてる声を聞き間違えるなんてことあるかな。
『今戦うって聞こえた気がするんだけど僕の聞き間違えかな?』
『誤解しないで欲しい。私は決して戦闘狂というわけではないんだ。生まれたばかりの君は知らないかもしれないけど、戦うというのは初めて会った魔物同士にとって挨拶のようなものなんだよ。戦いで勝ち負けが付けば上下関係が決まるし、戦えば相手のことも良く分かる。死ねば相手に食べられる。これが魔物のルールなんだよ』
魔物のルールか。少し脳筋なルールだけど郷に入っては郷に従えということわざも前世にはあった。ここは森だ。森の掟に従おう。
『わかった。戦おう』
『わかってくれてうれしいよ。そんなに力むことは無い、一撃やりあえばいいんだ。それでお互いの力量は大体分かるよ』
なるほど確かにそうかもしれない。
僕は肩の力を抜いてリラックスした。
『じゃ、行くよっ』
次の瞬間、ミルムの口に大量の魔力が凝縮される。やばい。僕はぞぞっと鳥肌が立つのを感じた。これは今まで見た中でも最強クラスの魔法だ。
僕は慌てて魔法障壁を5重に張った。
次の瞬間世界が白一色に染まった。遅れて世界が崩壊するような轟音が聞こえてくる。
世界に色が戻ってきたとき、そこは更地になっていた。
僕が立っていた場所だけ地面に草が生えている。それ以外の場所は僕の後ろ1キロぐらいすべてが草一本生えていない荒野になっていた。
僕の魔法障壁は2枚が割れて、3枚目にひびが入っていた。魔力量が増えていたので助かった。尻尾が3本のときだったら確実に死んでいただろう。
僕はお返しとばかりに雷撃を放つ。化け物じみた魔力の半分ほどを込めた雷撃というよりはビームに近い雷魔法だ。
ミルムの魔法に負けないくらいの轟音に、耳がびりびりする。
『ふむ、どうやら私の負けのようだ』
ミルムの鱗が1枚はがれて少し血がが出ていた。
あれだけ魔力を込めても、これだけのダメージしかないのかと僕は少し悔しいのだが、相手が負けだといっているのだから僕の勝ちということにしておこう。
『私の攻撃では君の障壁を破れない。君の攻撃は私に少しだけダメージを与えた。持久戦になれば私が負けるだろう。負けたのなんて久しぶりだよ。やっぱり悔しいものだね。君の障壁は硬すぎるよ』
『さっきのってドラゴンブレス?』
『いや、ドラゴンブレスを真似ただけの魔法だよ。本物はあんなものじゃない』
『へえ面白そうな魔法だね』
『しまったな。君がさらに強くなる魔法を見せてしまったかな』
そして、僕たちはいろんな話をした。ミルムも誰かと話すのは久しぶりなのだそうで楽しいと言っていた。
僕の種族は長く生きると尻尾が増え、強くなる種族だという話や、アーダルベルトは馬鹿だという話、ミルムの名前を付けたのが今は亡き愛し合った人間の男だという話などを話した。
魔獣は自分が認めないと名前を付けられないそうだ。そして名前を付けることを許すというのはその者に従属するということを表す。
だから高位の魔獣は名前が欲しいとき、絶対に信頼できる者に名前を付けてもらうそうだ。低位の魔獣はそもそも知能が低いので名前がなんなのかわからない。
『じゃあさ、僕の名前はミルムが付けてよ。僕はミルムが好きだよ』
『口説いてるのかい?坊やには100年早いよ。将来にとっておきな』
すげなく断られてしまった。そういう好きとは違う意味で言ったのにな。
どうでもいいけど名前のある魔獣はみんな誰か信頼できる人に付けてもらったってことは、アーダルベルトにも名前を付けた者がいるはずだ。
アーダルベルトに奥さんもしくは友達なんているのかな。
『ねえ、アーダルベルトの名前を誰が付けたのか知ってる?』
『あいつは昔、人間の従魔だったのさ。そのときの主人に付けてもらったんだろう』
なるほど。アーダルベルトにもそんな過去があったのか。まだ名乗ってるってことはその主人が気に入ってたんだろうな。でも人間と魔獣では寿命が違うからな。
アーダルベルトの過去を大体想像して、今度会ったら少しは手加減してやるかと思った。
そして僕はたくさんミルムと話して、ミルムはとてもいいやつだと思ったので、僕のことを全部話すことにした。
元神だったこと。転生していること。前にこの世界に転生したことがあること。
『どうりで生まれたばかりの魔物が強いわけだ。魂は神なんだからね。それじゃあ今回の転生は成功かもしれないね。』
『成功?どういうこと?』
『魔物が年月を経て力をつけると、亜神と呼ばれる存在になることがある。ドラゴンなどがそうだね。高位のドラゴンは神に匹敵する力を持っている。私ですら半分亜神の領域に足を踏み入れている。私よりも強い君はもう神になりかけているんだよ。』
なるほど、神になれるかもしれないってことか。まさか本当にヒキニートみたいな生活をしていただけなのに神になれるとは。どれだけ頑張ってもだめなわけだ。リラックスしてヒキニート生活したときのほうが、案外欲しいものというのは手に入るのかもしれない。
『それで、神になったらどうするんだい?』
『え?』
『神になってやりたいことでもあるのかい?高位の魔物は寿命なんかほとんどないようなものだ。亜神になったところであまり変わらないと思うんだけど』
あれ?なんで僕は神になりたいんだろうか。理由といわれても思い浮かばない。
神だったから戻りたいだけ?いや戻っても別にやりたいことないよ。神時代も友達なんていなかったし神に家族なんていないし。元の世界の元いた天界にも未練なんてない。
強いて言えばもう転生を繰り返す必要が無くなるくらいだけど、元の魔獣のままでも寿命は無限大だとミルムが言っている。
『ないね。僕別に神に戻ってもやりたいことなかった』
『そうなのかい?まあ案外みんなそういうものさ。ずっと欲しいと思っていたものが手に入ってみると、今までどうしてそれが欲しかったのか分からなくなる』
『深いね。さすが長生き』
『君のほうが人生経験は豊富だろう』
『まあね。でも身体はぴちぴちだからね。それよりミルムは魔獣を魔物って言うよね。最近は魔獣って言わないのかな?』
『私は人間の姿に変化してたまに人間の国に行くからね。人間たちがそう呼んでいるのさ。ここ1000年ほどで、アーダルベルトのような獣と呼ぶのは微妙な者たちが現れたから人間たちは私たちのことを魔物と呼ぶようになったんだよ』
なるほど、これからは僕も今風に魔物って呼ぼう。それはいいとして変化?人間の姿に変化できるのか?そしたら尻尾ではできない細かい作業ができるようになるかもしれない。料理も魔道具もバリエーション豊富になるはずだ。
『変化って魔法なの?どうやるの?』
『変化は魔法じゃなくて呪術だよ』
『呪術?』
『生命エネルギーである魔力を使って発動させるのが魔法、呪術は魔法とは違って気とか法力と呼ばれる精神エネルギーで発動させるんだ』
そういえば僕の処刑された国にも神を信じれば救われるだの法力がなんたらと説法している僧侶がいたな。法力って神関係なかったんだな。
『やって見せたほうが早いかね。これが変化の術だよ』
ミルムの身体がどんどん縮んでいく。そして人間くらいの大きさになってからは一瞬にして変化が終わり、そこには黒髪金眼の妙齢の女が立っていた。全裸で。
僕はちょっとドキッとしたけれど、良く考えたら今の僕は虎なので何でドキッとしたのかわからない。僕だって全裸だ。
ミルムは空間収納から所々蛇革で補強されたローブを取り出して着ると、僕のほうを向く。
人間の姿なので、トラウマがある僕はちょっと後ずさってしまった。
「どうかしたのかい?」
『人間がちょっと、苦手って言うかなんていうか……』
「なるほど、前世でいろいろあったんだね」
長いこと生きてるミルムは僕の苦い顔を見ただけでなんとなく察したようだ。
「こういうこともできる」
そう言ってミルムはまた肉体を変化させていく。
ちゃんと人間っぽかった瞳が、縦長の瞳孔をもつ爬虫類の瞳になり、首からあごの辺りまでが、びっしりと鱗で覆われていく。
「これなら怖くないだろう?」
僕が人間の姿に怖がっているのに気づいて優しく語りかけるようにして声をかけてくれる。本当にいいやつだ。
『ありがとう。それで、使えるようになるにはどうしたらいいの?』
『エンペラータイガーの尻尾は変化の一種だよ。尻尾が伸びたり縮んだりするだろう?それを全身でやればいいんだよ』
そういえば僕の尻尾は伸びたり縮んだりする便利な尻尾だ。どうやら無意識のうちに使っていたらしい。
僕は全身を変化させるためにイメージしていく。人間の姿になるのはなんとなく嫌なのでその手前、ミルムくらいの変化をイメージして変化する。
僕の身体も縮み、人間の子供くらいの大きさになる。全裸は恥ずかしかったので服を着た姿をイメージしたら白い虎の毛皮を着込んだ姿になった。自分の皮なら服にもできるのか。
「あーあー。おお、喋れる。久しぶりの感覚だな。ミルム、僕はどんな姿をしてる?」
「とても可愛らしい少年の姿だよ。今見せてあげよう」
ミルムはそう言うと空間収納から高そうな宝石がたくさん付いた姿見を取り出した。
そこには白髪金眼の8歳くらいの少年が映っていた。顔は神だったときの顔に似ている。そして頭には虎の耳がピコピコ動いている。お尻には尻尾があるのが感覚で分かる。
「うまくいったみたいだ。ありがとう」
「私は呪術はこれしか使えないから他には教えてあげられないれど、喜んでもらえたなら私も嬉しいよ。おっと、そろそろ日没だね。どうする?もう少し話すかい?」
「今日はもう帰るよ。これからは話す時間なんて腐るほどあるだろうし」
「そうだね。君と話せて楽しかったよ。またね」
ミルムはこれから疑似ドラゴンブレスでできた更地に巣を作るらしい。今度僕の洞窟にも遊びに来て欲しいと言ったら喜んでくれて、必ず行くと言っていた。蛇の姿では入れないけれど、変化すれば入れるだろう。
そして僕は洞窟に帰る。気分がいいので空をスキップして帰る。四足歩行で跳ねているようにしか見えないが僕はスキップのつもりなのでこれはスキップだ。
巨大鳥が突っかかってくるが、今日は気分がいいので逃がしてあげよう。尻尾でフルスイングして鳥をぶっ飛ばす。鳥は見えなくなるくらい遠くまで飛んでいった。強くなってまたおいで。
今日はいいことばかりだ。友達ができたし、新しい魔法が見れたし、変化もできるようになった。興奮で眠れなくなるかもしれない。
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侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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