俺のメイドちゃんだけキリングマシーンなんだけど

兎屋亀吉

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2.エルザ

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 普段の父らしくない強硬な手段によって俺は金持ちバカボンボン学園に入学することになってしまった。
 俺に将来役に立つ人脈を築いてほしいという父の気持ちも分からないわけではないけれど、金持ちのボンボン怖いよ。
 俺には凍結された資産を捨ててでも普通の高校に行き、また1からトレードを始めるという手もあったけれど、それをするなら金持ちボンボン学園に通って3年間目立たないように気をつけたほうが労力がかからない。
 10万を500万にするのに今の俺なら2年もかからないだろうが、その時間があれば今現在500万の資産はいくらになっているのだろうなと思ってしまうのだ。
 どうせ今通っている私立中学に高等部はない。
 高校受験を経て高校に入学し、また一から人間関係を構築する必要があった。
 だったら父のおかげでろくな試験も受けずに入学できる金持ちボンボン学園に入学したほうが高校受験というめんどくさイベントをパスすることができてお得だ。
 しかしながら、そんな金持ちボンボン学園にも入学するにあたって必要な準備というものがある。
 当然のことながら生徒はみんな金持ちのボンボンやお嬢様ばかり。
 学校は社会の縮図だと言うけれど、あの学園は社会のピラミッドの一番上の段の縮図だ。
 そんなピラミッドの頂点には頂点なりに学ばなくてはならないマナーや常識などが存在している。
 たとえば食事のマナー、パーティーのマナー、生徒の親同士の力関係など多岐にわたる。
 俺だって四宮家の末っ子だ。
 ある程度は小さい頃から教わっているが、なにぶん使う機会が少ない。
 いわばペーパードライバーなのだ。
 もう一度あらかたおさらいする必要があるだろう。
 さらに、信じられないことにボンボン学園では生徒一人につき最低一人は専属の使用人を自前で用意して連れて行かないといけないらしい。
 全寮制のくせに生徒の自律性とかを育てない。
 さすがだ。
 肝心の使用人の人選だが、父に少し待ってくれと言われてしまった。
 いつも俺の世話をしてくれる律子さん(54歳)じゃだめなのかな。
 正直ベテランのほうが落ちつくんだけどな。
 俺も思春期真っ只中だから若いメイドとか付けられても自分を律する自信がない。
 




 そんなこんなで12月、父が一人の若い女のメイドを連れて俺の部屋に入ってきた。
 マジかよ、金髪美人だよ。
 少しウェーブした美しいプラチナブロンドをポニーテールにした妖精のように可憐な女性だ。
 翠の眼がマラカイトのように独特の輝きを放っている。
 どっから連れてきたの父。

「学園でお前の世話をしてくれるメイドのエルザ君だ。エルザ君は本場イギリスでスキルを磨いた本物のメイドなんだ」

「初めまして坊ちゃま。エルザと申します。誠心誠意ご奉仕させていただきます」

 そういう下半身にくる言い回しは控えてくれないかな。
 思春期の妄想を掻き立てるから。
 エルザは綺麗なカーテシーを決め、俺の瞳を覗き込むように見つめてくる。
 背筋がピンと伸びていて、背中に鉄筋が入っているみたいに姿勢がいい。
 だけどその瞳を見つめ返した瞬間、背筋にゾクリと悪寒がした。
 まるで巨大な生き物の眼前にさらされているかのような恐怖が湧き立つ。
 
「うっ、あっ…」

 口を開けても声が出てこない。

「どうした?要」

 エルザがすっと目を逸らすとさっきまでの圧力が嘘のように消え去った。

「い、いや、なんでもないよ。よろしくねエルザさん」

「坊ちゃま、私のことはどうぞエルザと呼び捨てください」

「あ、ああ、よろしくエルザ」

「はい!!」

 エルザは嬉しそうににっこりと笑った。
 正直さっきの恐怖が完全に消えていない俺には、その美しい微笑みもどこか恐ろしく見えてしまう。

「学園に行ってから急にエルザ君が身の回りの世話をするのでは色々と戸惑うだろうから、今日からお前の世話は律子さんからこのエルザ君に変える。エルザ君は美人だが、軽率なまねはするんじゃないぞ?」

「わ、わかってるよ」

 さっきまでなら若くて美人なメイドさんがお世話をしてくれるという事実に舞い上がっていただろうけど、あの瞳を見てからはそう思うことはできない。
 正直めっちゃ怖い。
 父は言いたいことは全て言ったとばかりにエルザを残してさっさと出ていってしまった。

「坊ちゃま」

「ひっ」

 エルザが1歩距離を詰めてきたので咄嗟に下がってしまった。
 喉の奥からは情けない声が漏れ出る。
 
「坊ちゃま、先ほどは大変失礼いたしました。坊ちゃまにお会いできた喜びで、つい魔力が漏れ出てしまいました。恐がらせてしまい本当に申し訳ございませんでした」

「魔力?エ、エルザはいったい何者なんだ?」

 すっとエルザの顔から表情が消える。
 ひぃぃっ、聞いちゃだめなやつだった。
 
「坊ちゃまは憶えていらっしゃらないかもしれませんが、私は10年前に1度坊ちゃまにお会いしております」

 10年前っていったら俺がまだ4歳か5歳くらいの頃だ。
 その頃の記憶はうっすらと残っているけれど、こんな金髪の人の記憶はない。
 10年前ということはエルザも今よりずっと幼かったはずだ。
 今が20歳くらいに見えるから10歳くらいだろうか。

「坊ちゃま、私は10年前もこの姿だったのですよ?記憶が曖昧だというのなら思い出させて差し上げますよ」

 エルザはそう言って更に1歩、2歩と俺との距離を詰めてくる。
 俺とエルザの距離は30センチほどにまで縮まった。
 これほどまでにエルザが近づいているのに、俺は蛇に睨まれた蛙のごとく動けないでいた。
 綺麗な顔が眼前に迫り、香しい匂いまで漂ってきた。
 これ以上近づけば触れてしまうだろう。
 そしてエルザは両手で俺の頬にそっと触れ、そのまま俺の唇に自分の唇を押し付けた。
 脳がスパークしたような衝撃がおれの中を駆け抜けた。
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