俺のメイドちゃんだけキリングマシーンなんだけど

兎屋亀吉

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3.漆黒の貴婦人

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 それは遠い過去の記憶。
 いつしか記憶の湖の底に沈んでしまったその記憶は、柔らかな唇から流れ込む何かによって、強制的に浮かび上がる。



 10年前。
 それは父の仕事関連のパーティに初めて連れて行かれたときのこと。
 会場はとある金持ちの別荘だ。
 古い趣のある洋館を買い取ってリフォームしたとある金持ちは、自慢したくなりパーティーを主催した。
 その金持ち氏の友人であった父四宮平蔵は妻をエスコートし息子を連れて出席した。
 金持ち氏がうまくリフォームできた別荘を自慢したかったのと同じように、父は美しい妻と可愛く賢い息子を自慢したかったのだ。
 
「要、父さんと母さんはちょっとお友達に挨拶に行ってくるからな、それまでここで他の子たちと遊んでいなさい。いいね?」

「うん、わかったよ」

 俺が預けられたのは主催者の金持ち氏が用意した遊具スペースだ。
 保育士が在中しており、保育士に見守られながらパーティ出席者の子供達が楽しそう遊具で遊んでいる。
 俺はそこで積み木に夢中になっていた。
 長方形、正方形、三角柱、様々な形を組み合わせて積んでいくというこの遊びは、幼児の空間把握能力などを育む知育玩具として最適だ。
 5歳になったばかりだがすでに知性の片鱗を見せ始めていた俺は、積み木を用いて逆ピラミッドを作った。
 ピラミッドならまだしも、逆ピラミッドである。
 他の幼児や保育士までもが見守る中、俺は積み木を積んでいった。
 ピラミッドの頂点部分だけではこの大きなピラミッドを支えられるはずも無い。
 俺は4本の支柱でサイドから逆ピラミッドを支え、荷重を分散させた。
 俺が積み木を積むたび、見守る保育士から息を呑む声が漏れ出る。
 あと4つ、あと3つ、あと2つ、そして最後の1パーツを積めば完成だ。
 完成の喜びからか、俺は背後から忍び寄る残酷な破壊者の気配を見逃した。

「どーん!隕石!!」

 突如投げ込まれた球形の積み木によって俺の逆ピラミッドは完全に破壊された。

「晴海ちゃん!?」

 保育士さんは突然の破壊者の出現に驚いている。
 破壊者の風貌は栗色の髪をやんちゃそうなツーテールにまとめた4、5歳程度の幼女だった。
 俺の自信作をぶっ壊しておきながら、得意げににっしっしと笑っている。
 ここは強く抗議したいところだが、保育士さんはパーティ出席者の子供同士が喧嘩になったらきっと困るだろう。
 俺はちょっと涙目になりながらもぐっとこらえた。
 さすがに保育士さんも今のは少しあの破壊者に非があると思っているようで、幼女に対して諭すように言い聞かせている。
 
「あれは隕石なんだもん!自然現象だよ!!」

 幼女のほうは全く聞いていないようだが。
 あんなのがそのまま大人になったら怖いな。
 全く、金持ちの令嬢はこれだから……。
 俺は破壊者が投げた誰も拾わない球形の積み木を拾いに少しだけ遊具スペースを離れる。
 誰も拾いに行かないとは、しょうがない奴らだ。
 球形の積み木は、跳ね回って結構遠くにいってしまっていた。
 今もころころと俺から逃げるように転がっている。
 積み木を追いかけてずいぶんと人気のない場所に出てきてしまったと気づいたのは、積み木を捕まえたあとだった。
 通路はいつの間にか石造りになっており、窓がなくなっていた。
 俺はいつの間にか地下に降りてきてしまったらしい。
 元来た方向だけはわかったのでそちらの方向に進みながら上に上がる階段を探す。
 しかし歩けど歩けど、階段は見つからなかった。
 歩いて地下に降りてきたのだからどこかに階段がなければおかしいのだけれど、階段は一向に見つからない。
 俺は迷いに迷い、そしてやっと階段を見つけた。
 下へ続く階段を。
 うーん、降りてみるべきだろうか。
 どこかにエレベーターがあるかもしれないけど、通路の造りが石造りだしな。
 俺は数分考え、降りてみることにした。
 上への階段が見つかりそうにないということと、単純に好奇心に負けたのだ。
 暗い石の階段をゆっくりと下りていく。
 壁にはぼんやり光る間接照明のような灯りが一定距離ごとに設置されている。
 暗闇を照らすには少しばかり心もとないその灯りが、余計に恐怖心を湧きたてる。
 しばらく降りると、また通路に出た。
 さっきよりも薄暗く、湿った嫌な空気の通路だ。
 灯りも階段と同じように心もとない。
 薄暗いその通路をまっすぐ進むと、大きな石造りの部屋に出た。
 そしてそこには、金髪翠眼の綺麗な女の人が囚われていたのだった。
 美しい黒のドレスを纏ったその女の人は、手足に重そうな金属の枷を嵌められ、鉄格子の檻の中に佇んでいる。
 その姿は鉄格子の中にありながらも、ピンと背筋は伸び、凛とした瞳はまっすぐこちらを見ていて、まるで貴婦人のようだ。

「なんだ、ガキか…」

 貴婦人は一言そう言った。
 鈴の音のように澄んだ声に、背筋がゾクリとした。
 
「ここで、なにしてるの?」

「お前こそなんでこんなところに来た?」

「ちょっとまよって」

「そうか」

 貴婦人は黙って俺を手招きする。
 俺は熱に浮かされたようにフラフラと貴婦人に近づいていく。
 鉄格子の中から貴婦人の腕が伸びてきて、俺の喉をなでる。
 
「そうかそうか、積み木を崩されてな。さぞかし憎かろう?その女の子のことが嫌いになっただろう?」

 貴婦人に言われて思い出すのは先ほどの記憶。
 積み木の逆ピラミッドを壊されて、すごく理不尽に感じた。

「そうだな理不尽だな。その女の子を殺したいな?だって憎いもんな?」

 何かが俺の頭を浸食してくる感覚に、必死で抵抗した。
 そして搾り出すように呟く。

「い、いや、それ、ほど、憎くない」

「ちっ、ガキ一人惑わせないか。終わってんな」

 貴婦人は自嘲気味に呟いた。
 なんのことかは分からなかったけれど、なんだかとても寂しそうだった。
 そして俺は鉄格子の裏に置かれた妙なものを見つける。
 
「ねえ、これなに?」

「私の封印の鍵だ」

「ふういんの鍵?」

 それはナンバークロスワードと呼ばれるパズルと、16個の小さな立体ジグソーパズルだった。

「これを解けば、お姉さんは解放されるの?」

「それが簡単に解ければ苦労しない」

 さっきの行動などから、きっとこの貴婦人を世に放つことは悪いことなんだと子供ながらにも分かる。
 この貴婦人はきっとそういう存在だ。
 しかし俺の脳裏には、先ほどの寂しそうな顔がこびりついて離れなかった。
 いつしか俺は、ナンバークロスワードに向き合っていた。

「お前のようなガキにこれが解けるわけないだろ」

「でも、やってみてもペナルティはないんでしょ?」

「好きにしろ」

 俺は夢中でナンバークロスワードを解いた。
 16個の立体ジグソーパズルは、組み立てるとナンバークロスワードのヒントになっているらしい。
 ジグソーパズルを組み立て、ナンバークロスワードを解くというのをただひたすらに繰り返した。
 だがいかに天才児や神童ともてはやされた俺であろうと、5歳の子供でしかない。
 どれだけの時間が経過したか分からないけれど、そのナンバークロスワードパズルは解けなかった。

「もうやめろ、両親が心配しているんじゃないか?」

「まだ、やる」

 半ば意地になっていた。
 俺は少し仮眠をとり、すっきりした頭でナンバークロスワードパズルに挑んだ。
 もう絶対に半日ほどは経っているだろう。
 両親が心配しているのはわかっている。
 でも、きっと今やめたらもうこの貴婦人には会えない気がした。
 
「なんで、そこまでする?私など今日初めて会った見知らぬ女でしかないだろう?」

「わからないよ、俺はまだ子供だから。でも、なんか今は絶対に諦めたくない気分なんだ」

「そうか…」

 貴婦人はそう言って、儚げに笑った。
 とても美しい笑顔だった。
 俺は目を閉じ、今の笑顔を思い浮かべる。
 ただ一つのことだけを考えるんだ。
 集中力と頭の柔らかさ、それが子供である俺の武器だ。
 俺は鼻血が出そうなほどに集中し、再びナンバークロスワードに挑む。
 周りの音が消え、時間がゆっくりに感じる。
 自分の心臓の鼓動まで聞こえる。
 そして俺は、答えを導き出した。

「はは、解けた」

「おお、おお…」

 カランという金属が地面に落ちる音と共に、貴婦人が解き放たれた。
 なんだか先ほどにはない圧力を感じる。
 キンッという小さな音のあと、鉄格子が轟音を立てて地面に倒れる。
 それは貴婦人が鋭い爪で鉄格子を切り裂いた音だった。
 どう見ても人間ではないその鈎爪は、とても鋭そうだ。

「ありがとう。お前のおかげで100年ぶりに外に出られる。私は閉じ込められたお礼をしに行く。その後で絶対に会いに行くよ。待っていてくれ、その時まで健やかであれ」

 貴婦人はそう言って俺にハグする。
 まだ小さい俺は貴婦人に抱き上げられるような形になってしまったが、貴婦人はとても柔らかくて暖かかった。
 甘い匂いがして、俺の意識が薄れていく。

「必ず、必ず会いに行くから…」

 俺の耳元で貴婦人はそうささやいた。

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