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3.地に埋まった船

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『超弩級戦艦アテナ、管理システムコード023Eメーティス起動します』

「おはようメティス」

『おはようございます、ウィリアム中尉。現時点より艦内の全権をウィリア中尉に返還します』

「ああ、そういえばそんな命令をしていたな」

 スラスターや次元跳躍装置が壊れて暴走する戦艦の権限なんてほとんど何の意味もないのだが、意思決定者がいないと困ると思って全権をメティスに委譲していたんだった。
 まあ艦の状況を見るに役には立たなかったようだが。

「メティス、いったい何が起こったのか分かるか?いったいここはどこだ?本艦はいったいどういう状況にある?」

『質問1についてはある程度お答えできますが、質問2のここがどこか、質問3の本艦の状況についてはこれから調査を行いますのでまだお答えできないかと』

「わかった。では質問1だけだ」

『はい。ではウィリアム中尉がコールドスリープに入り、私がスリープモードに入るまでに起こったことを説明します』

 メティスは機械的な声音でこの艦に起こった出来事を語った。
 しかしそれを聞いても俺には何が起こったのかよくわからなかった。

「つまり何か?巨大な重力波の中に亜光速で突っ込んだと。それでその衝撃で艦の防衛機能が作動。機密漏洩防止のためにお前は強制スリープモードに入ったと」

『はい。正直何が起こったのか科学的に説明することは難しいかと。本艦はこうしてまだ無事存在しているわけですから』

 重力波に突っ込んでメッタメタに破壊されたならわかるが、艦が無事形を保っているのが逆に不自然ということか。
 まあ確かにメティスの未来演算では俺が生き残る確率はほぼゼロだった。
 いったいどんなミラクルが起きれば艦と俺が無事に済むというのか。
 本当に人類が未発見の有人惑星でもあったのだろうか。
 人類よりも遥かに進んだ科学技術を有していて、なんらかの方法でこの船を鹵獲したとかな。
 ならここは鹵獲物資の倉庫か?

「メティス、外部モニターは映らないのか?」

 ブリッジのモニターはすべて映っているが、外部を移すモニターはずっと真っ暗で周囲の風景は全く映っていない。
 カメラの故障か通信障害か。

『いえ、先ほどから外部カメラは正常に作動しています』

「じゃあ外は真っ暗ってことか?」

『そのようです。センサーによれば、本艦はケイ素やカルシウムをはじめとした惑星の土のようなものに覆われています』

「土に埋まってるってことか?」

『そのようです』

 いったい何がどうなったら船が土に埋まるんだよ。
 だがこれで恒星光発電が正常に機能していない原因は分かった。
 土に覆われていたんじゃあ恒星の光は届かないよな。

「ここは地中何メートルくらいだろうか」

『1500メートルほどかと。真上の地上には生体反応もあります。生き物が存在している惑星のようですね』

「へぇ、だがますます状況が分からなくなったな」
 
 鹵獲した宇宙戦艦を土に埋めてその上で何をやっているんだよ。
 ここは超技術を持った原始人の星か何かか?

『ちなみに、艦の記録によれば本艦が重力波に接触してから太陽の公転にして400公転分の時間が経過しているようです』

「400年ってことか?400年土に埋まったまま?」

『そのようです。艦の圧力センサーの記録にほとんど変動がみられません。本艦がこの状態になってから移動はしていないと推測されます』

 ということは謎の重力波に接触して、何かがあって、本艦は土に埋まり、それから400年間ずっと埋まっていたことになる。
 なんて狂った状況だ。
 もはや何者かに鹵獲されたという説も考えられなくなってきたな。
 再生医療やナノマシンの発展により現代人の平均寿命は500歳を超えているが、そんな世の中でも400年という時間は短くない。
 未発展の星だったら政権が10回は交代していてもおかしくない時間だ。
 そんな長い間鹵獲した船を土に埋めておく意味が分からない。
 重力波に接触してから何かがあったのだろうが、とりあえず今は置いておこう。
 考えてみればゼロに近い可能性を生き残ったのだ。
 もっと喜ぶべきだろう。

「重力波接触の後、本艦に何があったのかはひとまず棚上げする。危急の問題といえば電力と食料だ。壊れたメイン電源と不良品の食料プラントを直せるか?」

『幸いにも周囲に大量の鉱物資源を発見しましたので、時間があれば可能かと』

「どのくらいだ?」

『6時間ほどでメイン電源が、その後8時間ほどで食料プラントが修理完了予定です』

 なんとか餓死は避けられそうだな。
 だがあの不良品、メイン電源よりも修理に時間がかかるのか。
 イカれてるな。
 まあ生産される食料の味はぴか一なんだけどな。

「わかった。修理を開始してくれ。それが終わったら艦内すべての修理に入ってくれ」

『了解しました』

 奇跡的に形を保っているが、この艦はボロボロだ。
 推進装置や次元跳躍装置、兵器類にCIC、ほとんど無事な場所はない。
 CICに至っては中の人員ごと爆散しているからな。
 現代の宇宙戦艦においてCIC、戦闘指揮所の重要度はそれほど高くない。
 戦略も戦法もすべてAI任せという指揮官が多いからだ。
 この艦もたぶんに漏れずAIにおんぶにだっこの船だった。
 CICで偉そうにふんぞり返っていたのは本国統合幕僚長の息子だとかいう嫌味なボンボンとその取り巻きたち。
 現代戦艦におけるCICはそんな特権階級たちの特別観戦席なのだ。
 そのために艦内のすぐに逃げ出せる位置に存在している。
 そして逃げ出す暇もなく吹き飛んだ。
 正直吹き飛んでくれて少し胸がすっとした。
 この訳の分からない状況であの連中が一緒だったらと思うとぞっとする。
 


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