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13.岩船のゴンドウ

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 岩のように硬い拳が俺の顔面にめり込み、脳髄にまで届くような衝撃が俺の身体を吹き飛ばした。
 気分よく飲んでいた若い冒険者パーティのテーブルを粉砕して冷たい石の床に叩きつけられる。
 
「いってぇ……」

 唇がちょっとだけ切れて血が出ている。
 血を流したのは久しぶりだ。

「なんだ!?喧嘩か?」

「いいぞ、もっとやれ!!」

「おい、喧嘩してんのAランクの【岩船】じゃねえか?」

「マジかよ、本当に【岩船】のゴンドウじゃねえか!」

「殴られたあいつ死んでんじゃねえか?」

 死んでない。
 しかしAランクの二つ名持ちとは、あのろくでなしのゴンドウがな。
 俺は埃だらけになった服を軽くはたいて立ち上がる。

「ゴンドウ、強くなったな」

「あんたは弱くなったんじゃないか?」

「馬鹿言ってんじゃねえ。あの頃よりもレベルが3も上がった」

「はっ、たった3かよ。俺はこの十数年間で50以上はレベルを上げたぜ」

「ああ、そのようだな」

 レベルというのは上がればそれだけ上がりづらくなる。
 ゴンドウのレベルは当時20前後だった。
 50くらいまでは比較的順調に上がったかもしれないが、そこから先はやきもきしたことだろうな。
 中堅の冒険者がぶち当たる50の壁というやつだ。
 そこから先、上位数パーセントの強者に至るには相応の覚悟と弛まぬ努力が必要となる。
 生きるか死ぬかのかなり無茶なレベル上げもしたことだろう。

「若いもんがあんたに喧嘩を売れば、下手したら死ぬことになるからな。俺が冒険者を代表して売ったってわけだ。久しぶりにあんたの拳骨を食らうのも悪くない」

「そこまで考えて俺に喧嘩を売るとは、大人になっちまったな」

「いつまでもろくでなしのクソガキじゃあいられねえよ」

「そうかよ。安心しろ。ちゃんと死なないように手加減はしてやる」

「ありがたくて涙が出そうだぜ」

 いい顔をするようになったな。
 ゴミ溜めみたいな冒険者ギルドを見てあの頃の冒険者はみんな腐ってしまったのではないかと思っていたが、こいつは環境を言い訳にすることなく今日まで己を磨いてきたんだな。
 なぜだか俺まで誇らしい気持ちになってくるよ。
 俺はぎゅっと拳に魂を込め、宣言通り少し手加減してゴンドウの顔面を殴りつけた。

「ぶべっ」

 ゴンドウは白目を剥いて壁まで飛んでいった。
 昔よりも格段に強くなっているし、たぶん2、3分で目を覚ますことだろう。

「悪いな日野。少し昔馴染みの手荒い挨拶を受けてしまってな」

「これが冒険者のあいさつなんですね」

「まあそんなもんだ。見ない顔の冒険者には誰かが喧嘩を売ってそいつの人となりや強さを計るんだよ」

「なるほど。勉強になります。小説の中のテンプレ展開はそういうことだったんですね」

「喧嘩は別に受けなくてもいいが、そのギルドでは他の冒険者から少し下に見られる」

 まるで野生動物の格付けのようだ。
 それだけ冒険者という人種の頭の中が単純ということだな。
 強いか弱いか、ただそれだけの世界で生きている奴らなのだ。

「ゴンドウのおかげでこのギルド支部内で俺たちが舐められることはなくなったと考えていい。あそこで伸びてる奴に感謝して登録を済ませよう」

「はい。ゴンドウさん、ありがとうございました」

 2人してゴンドウに手を合わせて拝み、酒場の奥の登録カウンターに向かう。
 ゴンドウには借りができてしまったな。
 今度酒の一杯でも奢らなければならない。

「こいつの登録を頼む。このあたりの言葉がわからないらしいから、書類の記入や受け答えは俺がする」

「かしこまりました。ではこちらにご記入ください」

 30代後半くらいに見える受付嬢が渡してきた申請書類に適当なことを記入していく。
 名前とか住所とか、そのへんの情報が合ってようが間違ってようが冒険者ギルドは問題ないからな。
 冒険者ギルドの登録証というのは別に身分を証明するようなものではない。
 冒険者ギルドに登録したからといっていきなりギルドが身分を保証してくれるわけがない。
 色々な依頼をこなし、ランクを上げていく中でギルドに自分が信用のおける人間であることを証明しなければならない。
 1回たりとも依頼を受けていないまっさらな冒険者登録証には、だた冒険者を区別するという価値しかないのだ。

「ほら、これでどうだ」

「はい。問題ありませんね。では登録料として銅貨5枚いただきます」

 銅貨5枚か。
 俺のときは確か銅貨3枚だったはずだから、値上げしたのか。
 俺が登録したのはこの支部ではないので支部によって違う可能性もある。
 まあ今更銅貨2枚の差で文句を言うつもりはないがな。
 俺が冒険者登録しに来たガキだったら文句を言うかもしれないが。

「銅貨5枚!?嘘だろ?だって父ちゃんは銅貨3枚って……」

「去年の秋から値上げしたんです」

「なんでだよ。くそ、銅貨3枚しか持ってねえ。どっかに落ちて……」

 隣のカウンターの少年と目が合う。
 栗色の癖毛をツンツン跳ねさせた利発そうな少年だ。
 大きな目を少し困らせて口を開く。
 何を言うのかは大体わかっているがな。

「なあ兄ちゃん、銅貨2枚貸してくんない?」

「悪いな、赤の他人とは金の貸し借りはしないことにしてるんだ」

「そんな冷たいこと言うなよ。なあ、銅貨2枚なんて冒険者になればすぐに返せる額だろ」

「今日中に一度この街を離れる予定なんだ。金が返ってくるのを待つ時間はない」

「そんな……」

 見るからに金の無さそうな貧民出身の少年だ。
 きっと銅貨3枚だってなけなしの金なのだろう。
 だが子供だからといって困っていたら大人がすぐに力を貸してくれると思ってしまっては彼のこれからの人生には良くない。
 街中駆けまわって目を皿のようにして探せば銅貨2枚なんて案外すぐに見つかるさ。

「あの、リノスさん……」

「なんだ?」

「あの少年、なんか困ってるんですよね?」

「ああ、登録料が銅貨2枚足らずに貸してほしいと言っている」

「それだったら、僕は別に冒険者にならなくても困らないですから彼に僕の分の登録料を渡してあげてくれませんか?リノスさんのお金なんでこんなことを言うのは図々しいかもしれませんけど」

 日野は自衛官になったくらいだから困った人を放ってはおけないか。
 まあ俺も別に金が惜しくて断っているわけではないのだが。
 日野にここまで言われては少年を放っておくわけにもいかんな。

「少年、こっちのおせっかいな奴が君に銅貨2枚貸してくれるってさ。ほらさっさと登録しとけ」

「おお、なんて親切な兄ちゃんなんだ!ありがとな!!」

 少年は俺が差し出した銅貨2枚を満面の笑みで受け取った。
 やっぱり甘やかしすぎはよくないと思うんだがな。



 
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