魚伏記 ー迷路城の姫君

とりみ ししょう

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逸文 比翼連理 十七

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 新三郎は、家郷に文を出している。一つは既にとりつけた、父蝦夷代官が仲立ちになって、安東から浪岡に当主の妻を迎える件について。お任せあった甲斐あり、万事滞りなく、いよいよ檜山(秋田)に向かう手筈を整えているという報告である。もう一つは、家の女たちに宛ててであった。堺渡りの着物を届けさせる。あきんどの荷物から好きに選べ、というのである。
 家の女たちとは、生母、妹たち、何人もいる父の側妻、それに許嫁となってから蠣崎の大舘に出入りして行儀見習いをしているという真汐姫であった。
 女ご衆の相手は女ごがよろしかろう、と新三郎は書いた。堺で店を持ち、浪岡にも出入りしているという伊勢松という商人の名代である娘を差し向けるので、よろしく品を見てやってくださるように。

 松前の湊がよほど近づいても、波は高かった。
(さほどの良港ではない。)
 堺や敦賀の湊を知っているりくには、がっかりするような思いがある。岩がちで波が荒く、船がいつも安心して寄せられる浜ではない。内海の湊である堺などとは、海の水の色から違って、剣呑に思えた。大ぶりな船が直接につけられる岸壁なども、この時代の湊だから、まだ望むべくもない。大小の船が沖に犇めくようにして、荷や人を運ぶ小舟の迎えを待っている。
 乗り移った舟で潮を浴びながら、改めて松前の町を近くに眺めたが、乗り合わせた客たちがいよいよ上陸と、さすがにどこか昂奮してはしゃぐなかで、ひとり、りくは興醒めな思いが隠せない。新三郎の生まれ故郷こそはなにか北の都らしくあって欲しかったが、丘に沿って並ぶ屋根には瓦ふきも少なく、やはり新開地めいた雑然とした家並みは、つまらないものに思えた。岡の中腹にある、あれが大舘らしい丘城の武骨な佇まいばかりが、目立つといえば目立つ。
 血まみれの手で蝦夷代官に成りあがった蠣崎氏が、周辺の土豪を抑え込む本拠地という政治的な意味が先立っているのだろう。
 しかし、湊の賑わいは本物のようだった。蠣崎をはじめとする蝦夷島の武家たちは蝦夷地のもたらす富から利を稼ごうと躍起になりはじめているらしい。どうみても商人らしいいでたちや振る舞いの男が、忍びの癖でその立ち話を漏れ聞くと、蠣崎家中の立派な武家なのであった。
(松前に荷を集める法を敷いたのは、若旦那の父君の代からじゃと言うが、うまくいっておるな……。)
 そういえば、蠣崎新三郎もあれほどまっすぐな気性の若武者でありながら、どこか利に聡いところがある。浪岡北畠氏の家中でも浮世離れした姫さまに尽くし、御伽草紙の若武者そのままに献身的に振舞えたのも、いまは浪岡北畠への枯れかけた忠誠を奮い立たせようとする態度が見えるのも、本来の自分の商人めいた損得勘定のはしっこさを恥じているからかもしれない。
(じゃが、若旦那、ひとは己の利に生きてよいのでございますよ。あなたさまには、かくあって欲しい。あなたの利や欲が、必ずこの地のためになるのじゃから。)
 そんなことを思いながら、代官所の簡単な改めを受け、木戸をまたくぐって坂の多い町場に出た。蝦夷代官の客だとわかると、迎えの小者が待っていてくれた。女一人旅で案内は助かる、と言ってみせる。
 雑踏の中でふと気づくと、蝦夷の姿が目立つ。りくも津軽の生まれ育ちだった身だから驚きはしないが、数の多さは目立つし、ことばも蝦夷言葉をそのままに使い続けているのが、喧噪のなかでも耳を奪われる。これも、当代の蝦夷代官が蝦夷どもとの闘争をようやく治め、やや譲る形で交易を安定させた証であろう。
 その代官―蠣崎季広に直接のお目通りがかなった。蝦夷島の権力者とはいえ、そのあたりは代官程度では軽いものではある。もっとも、息子の手紙があればこそだろうし、ただの古着商とはいえ、天下の堺から来たと言うのにやはり興味を持ったものらしい。これは、りくの考えにも合った。
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