魚伏記 ー迷路城の姫君

とりみ ししょう

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逸文 比翼連理 三十九

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 堺の伊勢松は、細々とだが、蝦夷島との商いをはじめている。新三郎の顔を使って、松前に小さな店を持つこともできた。これはいまの浪岡の店よりもさらに小さい、古手や飾り物の荷置き場でしかないが、もちろん意味がある。ひとつは伊勢の者の拠点であり、店番としてひとり越冬するのも、りくたちと同じ年まわりの伊勢の者の青年だった。もうひとつは、むしろ大っぴらにできるもので、りくとしては実はこちらの方が大事ではある。
 堺の伊勢やは、急成長のきっかけを得ている。先の蝦夷島渡りの帰り、いくらかの物産を試しに持って帰り、敦賀廻りで送って上方でさばかせたところ、思いもかけぬ利があがった。
(蝦夷島での古手の商い自体が、固い。上方の古手は、売れる。このうえ、蝦夷島のものをもしうまく運べば、これは大商いにできるではないか。)
 浪岡と堺とで、松蔵とりくの「親娘」の文のやり取りが盛んになった。伊勢松の松蔵は、伊勢の者としての隠れ家や上方の情報収集の一拠点という以上の意味を、自分の店に見出しはじめている。
 その気持ちは、りくにも共有されていた。うまく回っている商いは、面白くてならない。
(しかし、蝦夷ものに手を出すは、賭け。もし荷を積んだ船が沈みでもすれば、古手を背負うたりくが溺れ死ぬだけの話ではすまぬ。店が一気に傾いてしまう。勝負事じゃ。)
 松蔵も、蝦夷島にいま最も近いりくに、慎重に品々と航海の確実を見きわめよ、全てはそれからじゃ、と伝えてきた。
 しかし、蝦夷島商いの野望を別にしても、戦乱に揉まれているはずの上方での商いは広がっているらしい。古手だけではなく、細工物が浪岡にもやってくるのは、その証だ。
 いつのまにか自分が、「御寮人様」と上方から渡ってきた見知らぬ店員に呼びかけられるようになっていたので、りくは驚いた。この店員たちは、伊勢の者ではない。それくらいの規模を自分たちの伊勢やは持ち始めているらしい。
(お父っあんは、伊勢の者から身を引くかもしれぬな。)
 最初に与えられた開業資金を綺麗に返してしまえば、松蔵ひとりが忍びの列から下がることくらい、許されそうなものであった。
 松蔵は「伊勢松」としてそれを望みかけているのではないか。血腥い真似には、そろそろ飽きがきているのかもしれないし、これまで何度もやってきた「化ける」ではない、地に足のついた生活を望んでいても、おかしくはない。本物の自分というのを、手練れの忍者という以外に見出したくなっている。
(……その気持ちは、わかるよ、お父っあん。)
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