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 コン コン コン…


 深夜に規則的に響く出所不明の音。
 そんな怪談でも始まりそうな音で私は目を覚ました。


 コン コン コンコン…


 しばらく待ってみても、まだ音はなりやまずにリズムを刻み続ける。
 この音は、なにかが固いものを固いもので叩いている音だろうか…と寝ぼけた頭でぼんやりと考える。


 コンコン! コンコン!  


 止まるどころか、だんだんと強くなる不気味な音にさすがに意識もハッキリしてくる。
 
 一応、身体を起こしてみるが、寝不足なせいで頭がツキツキと痛む。
 今晩は「その後」…いや、「これから」のことを考えていたせいでなかなか眠れなかったのだ。
 …そもそもガトーを利用しようとしたことが間違いだったのではとか、いっそのことさっきの明らかにガトーに疑われたあのタイミングで全部話せばよかったんじゃないかとか…色々考えた。だけど、こんなのは所謂後悔というやつで、全部くだらない自傷行為にしかならない。
 

 コンコンコン!! コンコンコン!!!


 …いくら私が寝不足でもいくら頭が痛くても、音の主は手加減してくれない様子だ。まぁ、ここで手加減されたらされたで、それはそれで怖いのだが。

 痛む頭を抱えながら、足を引きずり室内をよたよたと移動する。
 おそらく、音は…窓からだ。

 しばらく躊躇したが、結局「ええい、ままよ!」と勢いよくクレープ生地でできたカーテンを開ける。

「…」

 が、窓の外は夜の暗闇にレモンキャンディのようなお月さまがぽっかりと浮かんでいるのみで、誰かがいる様子はない。

 …ただ、音がやんだ。私がカーテンを開いたとたんに。


 これでこれ以上謎の音に煩わされずにはすむハァースッキリ…という話では終わらせられない。これは、音の主…つまり、特定の「ナニカ」が窓の外にいることに他ならない。よっぽどの偶然が起きたわけじゃない限り、自然現象説は潰えたということだ。

 これは、ガトーを呼んでくるべきだろうか。

 さすがに開けっ放しは怖いので、まずはカーテンを閉めようとその甘やかな香りのクレープ生地に手ゆっくりと手をのばす。正直窓の近くにあるカーテンに触れることすらおそろしいが、背に腹は代えられない。おそらく、「ナニカ」は窓の外にいるようだし、カーテンに触れる私の腕を「ナニカ」が突然鷲掴み☆といったようなこともないだろう。いや、「ナニカ」が心霊的ななにかであった場合は、もしかしたら部屋の外とか内とか関係ないかもだけど。

 びくびくと震える手があともう少しでカーテンに触れ…

「ひっ…!!!」

 突然、室内が暗くなった。
 もともと暗かったがそれでも月明かりにより多少明るくなっていた部屋が、それがカーテンを開く前と同じように…いや、違う。これは違う。

 __


「あ…う…!!!」

 恐怖のあまり声すら出ない。ただ、惨めにしりもちをついて震えることしか出来ない。


 コンコン!!!コンコン!!!


 月光を背負う真っ黒なその人は、ただただノックを繰り返し続ける。
 さきほどからの音はこの人がこの窓をノックしていた音だったのかと、脳内のどこか冷静な私が分析している。でも、音の正体がわかったところで不気味なことには変わりない。むしろ、その正体こそ音なんかよりもずっと恐ろしい。幽霊の正体見たり枯れ尾花…なんて言葉が日本にはあったけど、下手に探って本当に枯れ尾花じゃなかった時は悲惨だ。今みたいに。


 コンコンコン!!!コン!!!


 …ただ、本当にノックを繰り返され続けるだけであれば、さすがの私でも一分程度で冷静になる。
 その状況は不気味だし、恐ろしいけど意外と人間って慣れるものだ。
 ついでにいうと、段々目も暗闇に慣れてきた。つまり、がどんな顔をしているのかだって見えるようになってくる。

 その幽霊は、月の光に亜麻色の髪をキラキラと反射させて、その大きな榛色の瞳を吊り上げてこちらを…

「…マルガレーテ?」

 おそらくこれはマルガレーテだ。それもめちゃくちゃぶちギレているマルガレーテ。
 
 ビビリと驚き半々で、慌てて飴で出来た窓を開ける。
 すると、彼女は怒りで真っ赤に染まった顔でこちらを睨みつけ、

「あ…むむむむむ~~~~!!!!!!!」

 彼女が息を吸い込んだ瞬間に咄嗟に口をふさいだが、やはりそうして正解だったようだ。

 私を軽くパンチしたり、叩いたり、つねったりなど様々な攻撃をしかけつつ、彼女は声を発し続ける。
 だが、それでもこの手を外すわけにはいかない。さっきまではガトーに起きてきてほしかったが、今は起きてきてもらっては困る。というか、さっきとっさに大声をあげてガトーを起こさなくてよかった。

「むむ!むむむむ…!むむむむむむむ…」

 先ほどと変わらず「む」ばかりが並ぶが、それでもなんとなく彼女が落ち着いてきたのを察知して手を外す。

「…メイ。久しぶりね」

 私の見立ては正しかったらしく、口から手を離しても彼女は先ほどのように喚きたてず、静かな声であいさつを告げる。
 逆に、怖いぐらいに静かな声で。

「私が何度も何度も何度もノックしたのによくもまぁ無視してくれたものだわね…と言いたいけれど、まぁ、それは許すわ。逆にすんなり開ける方が不用心だもの」

 なぜかここでにっこりと笑うマルガレーテ。
 だが、いくら笑顔でもこれは明らかに鬼の形相だ。目元が一切笑っていないし、おでこの血管がバキバキだ。
 顔の上半分と下半分のギャップが激しすぎるのでどうにかしてほしい。

「…すみません…」
「あら、敬語?昔からの友人に随分他人行儀ね?なにか後ろめたいことでもあるのかしら?」

 …むしろもう後ろめたいことしかない。
 今の今まですっかり忘れていたが、そういえば今度村に行って状況説明するみたいな約束を彼女としていた。にも関わらず、私はあれから一切村に行かなかったし、マルガレーテと会おうとすらしていなかった。

「まぁ、そうよねぇ?あるわよねぇ?…忘れてたとは言わせないわよ、約束」

 ついに口元から消える笑顔。
 美人の真顔は恐ろしいと言うが、あれはどうやら本当らしい。ただ、表情が消えているだけ(だけか?)なのに怖い。私なんかが怒った顔よりも絶対何倍も怖い。

「…すみません…」
「…忘れてたの?」
「ごめんなさい…」
「謝ってばっかりじゃわからないわよ」 
「すみません、色々あって忘れてました。本当にごめんなさい…」

 もう謝るしかないと言わんばかりに、全力で謝罪を繰り返す私をマルガレーテはじっと見つめる。

「…マルガレーテ?」

 ここまでなにも言われない&表情の動きがないのに逆に不安になった私は、彼女の名前を呼びつつ顔を覗き込む。

「…待ってたのよ」

 エっ?と思う間もなく下がるマルガレーテの柳眉と目元。

「私、ずっと待ってたのよ。あなたが話しに来てくれるのを。…あなたが、帰って来るのを」
「あ…」
「心配で心配でしょうがなかったけど、約束したし…ちゃんと待ってたの」
「…」
「…でも、メイは私との約束なんかとっくのとうに忘れちゃってたのね」

 みるみるうちに瞳の中が潤んでいく。キラキラと風にさざめく稲穂みたいな瞳が、静かに雨に沈んでいく。

「その…ちがくて…いや、忘れてはいたんだけど…でも、マルガレーテとの約束をどうでもいいと思ってたわけじゃなくて…。色々、自分のことに必死で…」

 本当にごめん、と深く頭を下げる。
 私は、腹の底から溢れてくる申し訳なさをどうにもできずに、ただただ謝罪という形で表現していた。謝って許されることじゃないかもしれないけれど、そうせずにはいられなかった。

「…あんたが無事で、元気にしてたら別にそれでいいのよ」

 でも、次に約束を破ったら絶対に許さないからねと、マルガレーテは私の身体を窓越しにぎゅっと抱きしめる。
 私もマルガレーテの背中に腕を回すと、その力はさらに強くなる。

 マルガレーテも私も普段ハグなんてするキャラでもないから、そのハグはすごくぎこちなかった。だけれど、その抱擁は…たしかにお互いへの深い親愛に満ちていた。




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