Kが意識不明の重体らしい

君影想

文字の大きさ
4 / 49
黒髪のヴィナス

3

しおりを挟む



 彼女が何か所目かのアルバイトを辞めて、さらになんのアルバイトも始めないまま一月以上たった。

 それらのアルバイトに関して、僕はなんのご挨拶にも行っていなかった。どれも数日で勝手に彼女が自分で辞めた。彼女によると、「私には向いていなかった」ということらしい。また、彼女は前回のものを最後にもう新たなアルバイトを始めるつもりはないと言う。「向いていない」という話は本当にその通りだと思うし、新たなアルバイトを始めないのも賢明な判断だと思う。しかしそれにしても、以前の彼女と比べるとあまりにも心が折れるまでのスピ―ドが早すぎる。
 それにここのところ、僕といる瞬間ですら震えているのを見かける。僕からの視線に気づくと、ぎゅっと手を握りしめたり足に力を入れて誤魔化しているが、ふとした瞬間にガタガタとその身体が震えだす。まるで、身体の奥底で今にも沸騰しようとする恐怖と狂気の釜を抑える蓋のように。

 __まぁ、だからなんだという話だが。

 このままだと近いうちに彼女は壊れるだろう。しかし、それがなんなのか。
 これで彼女が自発的に「助けてくださいお願いします」と僕に頭を下げに来たのならば、なにか考えてやってもいいかもしれない。しかし、彼女からは助けてどころか現状の相談すらないのだ。そんな状態で、なぜ僕がわざわざ先回りするようなことをしなければならないのかという話だ。

 …とはいえ、これに関してはもはや僕が何をどうしたところで恐らく無意味だろうが__と、廊下に貼り出された人名と数字ばかりが並ぶ紙たちを無感情に眺める。

 中級召喚術学、一番上"Louis Coupeau"。一番下"Kayoko Kagami"。視線を右上に滑らせる。
 中級召喚術実習、一番上から…ないないないない…ないない…あった"Louis Coupeau"。真ん中よりも少しだけ上の方…いつも通りの定位置。一番下"l'exception(例外) / Kayoko Kagami"。視線を右上へスライド。
 錬金術学、一番上"Louis Coupeau"。一番下"Kayoko Kagami"。視線を移動。
 錬金術実習、一番上から…ないない…ないないないない…あった"Louis Coupeau"。真ん中よりも少しだけ上の方。一番下"l'exception(例外) / Kayoko Kagami"。視線を右上へ…

 どんなに視線を右に流そうと変わらない。全部同じ。
 …無意味。無意味なのだ。権力があろうが、努力しようが、なにをしようが。

 __僕は彼女に「カヨコに攻撃を仕掛けた者に魔術的な攻撃が行われる魔法」を仕込んでいる。なのに、僕の魔術は発動しない。それどころか、なんの反応もしない。彼女への嫌がらせの中には「攻撃」とカウントされるはずのものも多く含まれているはずなのに。

 そこからわかる答えは一つ。
 彼女への嫌がらせを仕掛け扇動している人間Xは、おそらく僕よりも…いくらか…いや、数段階…魔術師として……
 
「…クーポ……いつ、また筆記全科目が…ねんトップだ」
「…で…、実技の成績がああじ…な…」
「…知識ばっかりあっても魔力が…り…い…」

 廊下のどこからか聞こえる忍び笑い。
 それ以外にも間違いなくこちらに向けられたいくつかの視線を感じる。 
 …不快、不快、不快だ。ゴミ以下どもが僕を視界に入れるな。どいつもこいつもどうせ実技でも大した成績はとれていない癖に。吐き気を催すほど矮小で無様な存在だ。

 __でも、もしかしたら僕も…

 この世界で"悪役"が権力を握っているのも、彼らの多くが"魔力"もしくは"暴力"という"力"の中でも最も純粋化された"力"を持っているからだ。権力も結局、暴力や魔力といった実質的な"力"に裏打ちされなければ結局無力だ。
 でも、僕の力は…そもそも、僕の特権も権力も母の威を借りてるばかりのもので、僕自身にはなんの"力"もない。全てにおいて実力が足りないのだ。Xのような強い魔力の持ち主__すなわち真の実力者とも言えるような人間と相対すれば、そんな僕の薄っぺらな権力も、努力も、全て無に帰す。
 …まずそもそも、僕にそんなことをしてやるつもりはさらさらないという前提は置いておくとして。Xの実力があれば、彼女への嫌がらせについて学校側に圧力をかけた人間を特定することなんて簡単なことだろう。さらに、その人間__すなわち僕の記憶か精神を弄るかなんかして全てを有耶無耶にすることだって普通にできるはずだしありえる。

 ああ__このままじゃ、

「…全然だめだ」

 ふと、後ろからそんな言葉を耳が拾い上げて一瞬身体が硬直する。
 振り返ってみると僕から少し離れた場所で、この場における最上級の馬鹿がまるでそれらに魂を吸い取られてしまったかのように、ただじぃっと紙ぺらたちを見つめていた。

「…なんで、私…」

 浅い息から吐きだされた小さな彼女の言葉は小刻みに揺れていて、彼女の身体がまるで吹雪の中にいる人間のように震えていることに気づく。

「…あっ、ルイゼ…すごい…また…」

 思わずその腕を掴もうとした時に、自分の名前が聞こえて中途半端な恰好で固まる。
 別に僕を視認したわけではないらしく、まだその視線は紙に縫い付けられている。

「…すごいなぁ。いいなぁ…」

 そんな言葉を吐きだしながら目を伏せるカヨコの身体は、相も変わらずガタガタと震えていて、もはや壊れた玩具のようであった。

 …別に、コイツに褒められようと羨ましがられようとなにも嬉しくない。
 僕に必要なのは実力であって、コイツからの誉め言葉などでは断じてない。コイツは僕の進む道にたかるただ無力で煩わしい…蠅みたいなものだ。そんなヤツからの誉め言葉など空気と変わらないし、僕を羨ましがる暇があるのなら、勉強して少しはその残念な頭をどうにかして欲しい。

「…おい」

 今度こそ本当に彼女の腕を掴む。
 淡いチューベローズの香りとともに彼女ははっと目線をこちらに向ける。そして、しばらく「あー」とか「うー」とか言った後に不細工な顔でへにょりと笑う。

「あの…ごめん。せっかく勉強教えてもらったのに、また…だめだったみたいで…」
「…別にどうでもいいけど」
「えっ?あっ…ああ。…その、ルイゼはさすがって感じだよ。また一位連発でさ、うん。いつもすごく頑張ってるもんね。やっぱり、」

 おどおどと不格好な動きで紙を指さす左腕にも、僕に捕まれた右腕にももう震えはない。
 そのことに気づいてなぜか安心している僕がいて、その事実に若干腹立ちつつも「早く行くよ」と腕を引っ張る。

 別に行きたいところなんてなかったけれど、彼女とだったらどこに行ってもいいような…気がしていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

ストーカーから逃げ切ったつもりが、今度はヤンデレ騎士団に追われています。

由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...