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誓いの女王
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しおりを挟む「彼女は、この世界で生きてゆけるのか」、この不安への答えは悪い意味で思いの他早く出そうであった。
彼女は大学に本格的に通い始める前からトラブルをしばしば起こした。
共に街中に買い物に行けば、少し目を離した隙に迷子になって柄の悪い輩に絡まれ、店に入ってもなぜか従業員に盗人と勘違いされ、通りすがりの人間におそらくわざとぶつかられて商品を壊し、私が店に謝罪している間にまた柄の悪い輩に絡まれる。
どうやら彼女は人に目を付けられやすい性質があるようだった。
特に、性質の悪い人間に。
それは彼女の運の悪さ故かもしれないし、彼女の人とは少し異なる雰囲気故かもしれないし、彼女の人に対して極端に下手に出る性格故かもしれないし、彼女の不器用さ故かもしれない。わからないが、とにかく厄介なタイプの人間が彼女を害そうと集まるようだった。
それこそ、夏の夜に炎に集まる虫のように。
そして、大学に通うようになってからはそれはさらに顕著になって、毎日こまごまとした嫌がらせが続いた。
通常ではありえないルートで大学に入ったことや、学内で注目を集めていることへの嫉妬もあったのだろうと思う。その悪意のぶつけられ方は学外とはくらべものにならなかった。
だが、さすがに私がいるのに手を出すような愚か者はいない。なので、いつもなるべく彼女の傍にいるようにはしていた。しかし、どうしても目を離せざるを得ない瞬間はあった。
勇気あると表現すべきなのか蛮勇と表現すべきなのかわからないが、カヨコについて私に直接言ってくるような人間もいた。
カヨコは「愚か」なのに「皆のことを内心見下している」、「性格の悪い女」なのだと言う。しかし、彼らが彼女の何を知っていると言うのだろう。
私は知っている。彼女はただ人に比べて少し生きづらいだけの善良な少女だと。
しかし、いくら生きづらいとは言っても、この世界でなければ彼女の生きづらさがここまで露呈することはきっとなかったのだろう。
でも、この世界は少しでも「弱い」部分を持つ人間に__いや、「弱い」部分を隠すことのできない人間に対してあまりにも厳しい。他者に「弱い」部分が見つかれば、脅され、嬲られ、食い物にされて当然。むしろ「弱い」部分を持つ方が悪いと、ヒトであれば「弱い」部分があって当然なのに「強くあれ」とお互いに脅迫し合っている。
ゆえに彼女の隠されることのない「弱さ」は格好の標的となり、もともと生きづらさを持つ彼女を余計に生きづらくしている。
だが、個人的に言うのであれば、私は彼女の「弱い」部分を隠さない__あるいは、隠せないその性質を好ましく感じている。
その性質は彼女の不器用さ故かもしれない。でも、私の目には彼女が生きてきた世界がこの世界よりももう少し美しいものであった証明のように見える。少なくとも「弱い」部分を隠さずとも生きていくことが出来た世界だったのだ__と。
しかし、私がいくら好ましいと感じたところで現状が変わるわけではない。
さらに言えば、彼女は人から与えられた攻撃や悪意に対して口を閉ざす癖がある。なにかされても私に対して報告するようなことは勿論ないし、私が直接「これは誰にされたのか」と尋ねても「自分で転んで…」や「なくしちゃって…」などと答えるばかりで何も言わない。これは本当に悪癖と言う他ない。いくらやっても何も報復がないというのは、彼女の元の世界でどうだったかは知らないが、この世界ではさらに加害者を増長させることにしかならないのだ。
残念ながら彼女にそれを伝えたところで、困ったように眉を下げて「あー」と「えっと…」と「その…」を繰り返すばかりでなにも理解してくれないが。
ただ、理解してくれないからとこのままこれを放って置くわけにはいかない。
彼女が動かないのであれば大学側__いや、私が動くしかない。もちろんこれまでも動いてきたが、これまでの受動的な動きから能動的な動きに変える。言い換えるのであれば、これまでは「偶然」見つけた嫌がらせから助けるなりなんなりしてきたが、それを全て「必然」にする。
どうするか?__簡単だ。
「…カヨコ、背中になにかついている」
私の部屋での勉強会が終わり、室内にある魔術扉を使い自室に帰ろうとするカヨコの背中に声をかける。
「えっ」
「私がとるから君が動く必要はない」
背中に腕を伸ばそうとして空を切っている腕を静止し、彼女の後ろに立つ。
「絶対に動かないでくれ」
背の中央あたりにそっと人差し指を当て、
"לב לב מעקב סמו"
少々特殊な魔術ではあるが大した魔術ではない。彼女の心に少々糸を巡らせ、その糸の先を私に接続するだけだ。
簡単に言えば心を監視する魔術だが、彼女にもプライバシーがあるのでそこまで詳細にわかるようなものにはしていない。私にわかるのは恐怖や不安といった負の感情、あとはその時の彼女の現在地だけだ。
これからは恐怖や不安といった感情が感知され次第、彼女のもとに向かう。時々はずれの場合もあるだろうがそれは仕方ない。
「シェバさん?」
「とれた。行って構わない」
律儀に動かないままでいる彼女の背中をそっと押す。
おそらく、大変なのは最初だけで「必ずシェバが来る」となれば嫌がらせは徐々に減っていくだろう。
「…あの」
「どうした」
行っていいと言ったにも関わらず、カヨコは動かず立ち止まっている。
どうしたのだろう。魔術による不具合でも発生したのだろうか。
「いつも…ありがとうございます」
振り向いたと思ったら、生真面目な顔でそんな言葉を掛けられて思わず息が止まる。
「そんな…改まって礼を言われるようなことはなにもしていない」
「そ、そんなわけないです!本当に!…その、いつも…すごく…ありがたくて…。今日だってこうやって勉強を教えてくれて、困ってたら絶対助けてくれて」
彼女は淡い色に頬を染めると小さな声で「なんというか、ヒーローみたいなだなって」と発し、私が何も言えずにただ彼女の頭を見つめていると、慌てたように「その、変な意味じゃなくて!…なんというか、憧れというか…」と付け足し目を伏せた。
「…私は君のヒーローや憧れになれるような大層な人間ではない」
心の底から出た言葉だった。
私はなにもしていないし、何も為せない。なにかを為していたとしても、多くの場合それは全て父の威光あってのことで私個人の力では全くないのだ。
彼女のヒーローになるべきなのは、私のような者ではなく、独立自尊の精神を持ちそれを実行しているような者だろう。
「そういう言葉を自然に言えちゃうところがヒーローなんです…私にとって」
「そんな、」
「私は馬鹿だからうまくいえないけど、とにかくシェバさんはすごいです。本当に。これまで私が会ってきた人の中でも一番かっこよくて、優しくて、なんでもできる人です。私なんかよりずっと大人だし…」
「…」
「…私も、シェバさんみたいに自立した大人になれるように…ううん、せめてシェバさんに迷惑をかけないようになれるよう頑張ります」
そう言い残すと「そ、それじゃあ、お休みなさい!」と軽く頭を下げて、彼女は魔術扉の奥に吸い込まれていく。
私は別れの挨拶すら言えずにその姿をただただ見つめていた。彼女がいなくなっても、その場から動けずに扉を見つめていた。
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