Kが意識不明の重体らしい

君影想

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ファム・ファタール

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「かよ子!」

  相変わらずゴミみたいな毎日が続くある日、その白い人は大きな身体をぴょんぴょんと跳ねさせながらこちらに近寄って来た。その白い人は、大きな身体をぴょんぴょんと跳ねさせながらこちらに近寄って来た。
 にこにこと崩れ切った顔は親愛に溢れていて、さらにその声は明らかに顔見知りにかけるそれだ。しかも、その人は近づいてくると同時に思いっきりハグをしようとしてきた。だが、私はその人を知らない。

「あのね、わたしね、かよ子に会うためにひさしぶりに大学にきたんだ」
「…そ、そうなんですね…」

 私のために学校に来た?
 意味はわかるけどよくわからないそのフレーズに頭がフリーズして、そのあとその人が言っていた言葉を聞き逃す。
 和風な顔だし見覚えがあるような気がしないでもないけど、一回ぐらいどっかの授業であったか、遠目で見たレベルぐらいの「見覚えがあるような気がする」レベル。たぶん、こんな親し気に話しかけられて「私のために学校に来た」なんてレベルでは深い関わりは持っていない。

  …と、ここまで考えて気づく。
 一瞬真剣に考えちゃったけど、たぶんだけどこの人は私に嫌がらせをしにきただけだ。
 こんな人ごみで親し気に話しかけられて少し混乱してしまった。

「えっと…その…」
「どうしたの?」

 …どうしよう。暴力はやっぱりいやだ。そもそも、どんな嫌がらせにしろ回避したい。
 こんな人ごみだし、ここではおそらく直接的な嫌がらせはされない。でも、どこかに移動するとなったら終わりだ。
 でも、移動しようと言われた時どう断ればいいのかわからない。誰か様子がおかしいことに気づいて止めてくれないだろうか。ルイゼは「これから母から電話がくるから」と先ほど足早に教室から去ってしまったからもうここらへんにはいないとして、あとは…先生とか。もしくはすごく正義感の強い生徒とか…。

「…かよ子」

 冷や汗を流す私に、ここにいるはずはない、でもよく聞きなれた声が後ろからかけられる。
 穏健を装っているけど隠しきれない攻撃性が見え隠れする声。最初の頃は怖かったけど、今はむしろ落ち着くしなんだか泣きそうだ。

「る、ルイゼ…」

 ありがたい。すごくうれしい。
 でもどうして彼がここにいるんだろう。
 彼はさきほど慌てて教室を出て行ったはずだ。お母さんは忙しくてめったに連絡がとれないけど、今回は公演と公演の間の短い時間だけどすごく久しぶりに声が聞けると喜んでいたはずなのに。

「約束の時間もうとっくに過ぎてるんだけど。…行くよ」

 約束の時間?となりかけて、ルイゼからの「黙って従え」という圧のある視線に気づき黙る。
 
「すみません、ハチジョウさん。ちょっと約束があるので彼女のことお借りしますね」

 ハチジョウ__ルイゼの発した聞き覚えのある名前に思わず顔をあげてその人を見る。
 そして、その顔をみて思わずドキリとする。その人には先ほどまでの無邪気とも言えるような笑顔の影は一切なく、全ての表情が抜け落ちた顔でこちらを見つめていた。その顔は造られたみたいにキレイで精巧だけど、人間味に欠けていて…正直怖い。

 私はその顔から慌てて目を逸らし、左右の足を動かしそこから移動することに集中する。
 なにか気づきかけたことがあった気がするけど、とりあえずそのことからも目は逸らすことにした。


「あの…お母さまとの電話は…」
「…あのさ。お前、まだハチジョウと関わりあったの?」

 時々後ろを気にしながら結局私の部屋まで私を送り届けたルイゼは、私の言葉を大きなため息で遮りながら貧相なソファに身を預けた。

「は、ハチジョウってさっきの人?」

 そもそも「ハチジョウ」って名前が気になるけど、とりあえずそれは置いておく。
 色合いは似てるけど見た目年齢からして明らかに同一人物ではないし、この世界には「ハチジョウ」さんが多いのかもしれないし、「ハチジョウ」が苗字であの八条とハチジョウさんが遠い親戚の可能性もある。

「そう。こっちの世界に来たばっかの頃に会ったことあるだろ?」
「…え?」

 記憶にない。まさかあの人の親し気な様子は嘘でもなんでもなくて本当のことだったということだろうか。
 いくら脳内のフォルダをひっくり返しても、あんなキレイな人___あ。

「アイツがお前に翻訳魔法かはわからないけどなにかしらの魔法だか魔術をかけたから、今のお前はこの世界でフツーに話せてる…って、それぐらい知ってるか」

 思い出した。
 あの人は、こっちの世界に来たばっかの頃に唯一言葉が通じた人だ。
 あの人が色々教えてくれたのに、最後は疲れてたのか眠ってしまってお礼も言えずに別れてしまった。そして、たしかに目を覚ましてから周囲の言葉を普通に理解できるようになっていた。

 すごく濃い出会いではあったけど、あの時は色々あり過ぎたし今もありすぎるから忘れかけてしまっていた。
 それになにより、あまりにも初めて会った時と印象が違うからわからなかった。あの人はあんな風にあどけなく笑う人だっただろうか。初めて会った時はもう少しかったるそうな、どちらかといえば最後の無表情のような顔がデフォルトだった気がする。

「え…どうしよう…」
「…?」
「知らなかったからさっき…あんな態度とっちゃって…」

 それでもやっぱりあんな親し気に話しかけられるような関係ではなかったように思うけど、それにしたって失礼な対応をした気がする。
 あの人はいわば私の恩人だろう。あの人に魔法をかけてもらったから、今一応生きることはできている。そんな人にたいしてあの対応は絶対によくなかった。なにより、私がお礼を言いたかった。

「な、なんであの場で教えてくれなかったの…」
「は?」
「…ご、ごめんなさい…」

 めちゃくちゃ睨まれてすぐさま謝罪する。
 実際「なんでよ…」って気持ちも結構あるけど、これは単なる八つ当たりだと薄々わかっている。

「…明らかに異様な雰囲気ではあったし、別に知ってるものだと思ってただけ。お前がそこまで恩知らずだとは思わなかった」

 それはそうだ。私も自分の恩知らずぶりにビックリだ。そもそも自分が急に言葉を聞き取れるようになって、話せるようになったわけを知ろうともしなかった。
 ハチジョウさんに話しかけられたあの時、たしかに危機を感じていた私を助けてくれたルイゼに感謝こそすれど、責めるのは圧倒的にお門違いだろう。責めるべきは、あの時会ったことをまともに記憶してなかった私の残念なおつむと、諸々をちゃんと深く考えなかった私の愚かさだ。
 
「それにそもそもあいつは…あんまりいい噂がないから。恩人だろうとなんだろうと近づいても近づかれても厄介なだけだし」
「あいつってハチジョウさんが?」
「それ以外誰がいると思うわけ?」
「だ、だ、だってそんな感じあんまりしなかったから…」

 たしかに気まぐれそうな感じはしたけど、悪い人という印象はなかった。

「お前、自分の判断力が狂ってることいい加減自覚した方がいいよ」

 ルイゼは救いようのないものを見る目で私をじっとり見たあと、ため息を吐いてハチジョウさんについて語り出した。
 ルイゼいわく、彼は東方の国のやんごとなき方の御子だとか。ただ彼は母方の祖先である化け狐の血があまりに強く出て、その制御の効かない力と明らかな異形の見た目から人里から離されて育てられた。そんな彼が数年前にようやく力をコントロールできるようになったのか、軟禁から解き放たれ送られた先がこの大学…ということらしい。ルイゼは「体のいい島流しでは?」とも言っていたが。
 そんな彼は。やっぱりいきなり人里に、しかもいきなりの集団生活に馴染めるはずもなく。授業どころか校舎にもまともに来ず、大学内の森の一部を占拠して遊んで暮らしている。人里から離されて気儘に暮らしてきた影響なのか、非常に気まぐれで倫理観に欠けた存在らしく、噂では彼の魔術を使った「遊び」で心を壊された生徒もいるとかいないとか。

「…東方、化け狐、森…」

 そこまで聞いて、私は嫌な予感…というよりはもっと確信に近いなにかを得ていた。

「ハチジョウって名前って…この世界で結構一般的…?」
「さぁ?僕の故郷やここらでは全く一般的ではないと思うけど。少なくとも僕はハチジョウしか知らない」
「化け狐って、身体のサイズとかも変えられたりする…?」
「当然」

 …これって、そういうことなんじゃないかな。
 そう考えたら、「かよ子のために」という言葉にも辻褄が合う。

「八条…」

 本当にかわいそうなことをしてしまった。
 彼は私のために来たくもない学校にわざわざ来てくれたんだ、きっと。私がぜんぜん森に来ないから。 
 それにも関わらず、私は知らなかったとはいえあんな対応をしてしまって…。
 明日森に謝りに行こう。森の方に行くと人気がないから高確率で狙ったように絡まれるから避けていたけど、そんなこと言ってられない。

 さっきのルイゼの話はちょっと気になるけど、これまでをみてそんな子じゃないというのは十分わかる。たぶんだけど…彼も、私のようにあることないこと言われてるだけ。
 たしかに八条は幼いゆえの奔放な振る舞いはあるけど、意図的に人を傷つけたりはしない。むしろ、傷ついてる私にまっすぐで優しい言葉と可愛らしくも心温まるおまじないをかけて、精一杯励まそうとしてくれる優しい子だ。たぶん、八条がいなければ私はずいぶん前に完全に潰れていた。
 それに…八条も私と同じように来たくもないのにこの島に流された仲間だとわかって、むしろより親近感が湧いた。どこにいってもいらないもの扱いされる苦しさと悲しさは__私にもよくわかる。
  



 そして翌朝、私は謝罪になど行く以前に言葉を失った。
 朝顔を洗うのと同じように、ごく当然のように、私の絶望と混乱を嘲笑うかのように、あっさりと、「日常」が日常の顔をして簡単に消え去った。

 それと同時に、私と八条の日常は無償の親愛に溢れた穏やかなものから、当然ではなかったらしい「日常」をなにかしらの代償をもって買い取るものにすり替わった。



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