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プロローグ
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「香月先生、さようならー!」
「香月先生、結婚してくださーい!」
「冗談はいいから早く次の抗議に行こうね。遅れちゃうよ?」
「はーい!新卒の准教授先生は厳しいなー」
「講義中に寝なければ厳しくなりなせんよ」
「はーい!」
講義のレポートを受け取り、香月は講義室を後にする。生徒が次の部屋に移動するのを見送った後、自分の研究室に戻る。レポートの確認もしたいが、今日はもう1つの講義もあるので、その準備や確認をしたかった。
香月は大学院を卒業した後すぐに大学で働く事になった。専門は考古学。昔の人々の暮らしを調べるのが好きだった。どんな生活をし、どんな苦労があり、どんな娯楽があったのか。そして、信仰には特に興味があった。神社やお寺などの歴史が昔から好きだったため人より知識が深かった。そのために、大学院での研究も認められて、准教授となったのだ。
卒業したばかりのひよっこが先生として教壇に立っていいのかと迷ったが、幼稚園の先生や小学校の先生、もちろんそれ以上の学校でも新卒の先生が頑張っている。場所が違うだけだ、と思うようにした。
毎日が勉強で失敗もあるけれど、自分の好きな事を学生に教えられるのは楽しい日々であった。
新卒といわれるのももうおしまいで、もうすぐ春が訪れる。
社会人2年目になるのだ。
まだまだ寒い日が続くが、この時期になるとどうしてかソワソワする。その理由はわからない。
自分でつくったお弁当を持ち、早めの昼食をとることにした優月は、中庭へ移動した。
まだひんやりとした空気のせいか、外で食事をする学生は少ない。緑にかこまれたベンチに座り、お弁当を開けようとした時だった。
「え、……沈丁花の香り?」
香月が務める大学には沈丁花の木は植えられていなかった。
けれど、自分が大好きな沈丁花の香りが確かに香ってきたのだ。香月は、誘われるように昼食を中断してその香りの追った。その香りは、どうやら裏庭から漂ってきた。もしかして、裏庭に新しく沈丁花が植えられたのだろうか?それならば、休憩は裏庭でとることにしなけらば。そんな風に思って裏庭に向かって駆け出した。
「おっと!」
「ご、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ………」
必死になって走りすぎたのか、誰かとぶつかってしまった。
冷たい感触。シャツに何故か水がしみ込んでいるのがわかった。
起き上がり、顔を上げる。その瞬間に、ドクンッと大きく胸が鳴った。そして、何故か胸の奥が苦しくなり、涙が込み上げてきた。
そこには銀色の髪に金色の瞳の男子学生が立っていた。背が高く、何故か髪が濡れている。そこまで見たあと、フッと体をみると何故か上半身が裸でしたは水泳パンツをはいていた。鍛えられた体はとても男らしく、それでいて顔はとても整っている。異国風の雰囲気もある男子学生。
そういえば、裏庭には水泳部の室内プール場があったな、と思い出す。全く近寄らないので忘れてしまっていた。どうやら、プールを利用していた学生とぶつかってしまったようだ。
けれど、どうしてこんなに胸が苦しくなるのか。香月にはわからず、必死に涙を堪えていた。
「あー、服濡れちゃったか。どうしよう。俺のトレーニング用のTシャツなら貸せるけど」
「………」
「ねぇ、話聞いてる?あ、もしかして水もしたたるいい男ってやつで、見惚れてた?」
「な!先生をからかわないでください!」
「先生なんだ。へー、知らない先生だな。ま、いいや。Tシャツ貸すから、こっち来て」
ひんやりとした手が優月の手を掴む。
その右手の薬指にはシルバーのリングがあった。あぁ、こんなにもイケメンなのだ、恋人ぐらいいるよね。と、落胆した気持ちを感じ、また、何でそんな気持ちになるの?と自分でつっこみを入れたくなる。
この男子生徒といると調子が狂う。
が、そのシルバーリングの柄を見てハッとした。
「………沈丁花?」
「え、先生、沈丁花好きなの?」
「好きっていうか、生まれた時何故か指にこの指輪がはまっていたみたいで。気になって………」
そう言って、自分の右手の左指にある指輪を彼に見せる。小さな花が集まってさく沈丁花がかたどられた指輪だ。
男子学生はその話を驚いた表情で聞きながら、香月の指輪をまじまじと見つめた。
「沈丁花の香りがした気がしたんだけど。裏庭に沈丁花の木ってあるかな?」
「………先生の名前、何て言うの?」
「え?」
「俺は鏡音。ねぇ、先生の名前教えてよ。じゃないと、離さないよ」
「な、何でそうなるの?!」
「だって、なんか「やっと見つけたー」って思っちゃって。先生も、そんな感覚ない?」
「それは………」
もしかして、彼も自分と同じなのだろうか?
彼と会ってから、胸が騒めく。けれど、不安ではなく安らかな気持ち。
少し前にとある神社で発見された「矢鏡と月の物語」神話を呼んだ時のように、胸が高鳴るのだ。
神様と人間の女の恋物語。作者は不明だが、最近発見されたその物語は、考古学だけではなく古文としても注目を浴びているのだ。
その物語を呼んだ時も胸が苦しくなり、泣き続けた。
その感覚を、今も感じるのだ。
「先生、名前教えて。沈丁花が導いてくれたんだからさ」
「…………私の名前は………」
年下で、少し生意気な生徒との出会い。
それが、全ての物語と繋がった瞬間だと、2人は気づくはずもなかった。
これは人間同士の恋物語の始まり。
神様が語り続けた、物語の続きのお話。
おしまい
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