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3話「決意」
しおりを挟む3話「決意」
★☆★
千春を求める感情が我慢出来なくて、彼女を求めすぎてしまう事がよくあった。
付き合い始めは、やっと自分の物になってくれたという気持ち。そして、慣れてくれば千春の方が甘えてくれるようになり、嬉しくなってしまった。
そして、離れた期間があったからか、結婚する前も、求める感情は止めることはなく高まるばかりだった。
今もそうだ。
夫婦という形になり、誰にも取られないという特別な関係になったのが幸せで、それをもっも実感したくて、肌と肌とを合わせたいと強く思っていた。
「要するに、付き合い始めてからずっとなんだよな……。」
秋文は、隣で眠る彼女を見つめて起こさないように優しく髪を撫でた。
事後は少し話した後に、彼女はいつもコロンと寝てしまう。そして、もたれるように自分に寄り添ってくれるのが、秋文は堪らなく嬉しかった。
「こんな俺をおまえが選んでくれた事が、今だに信じられないんだ…………。」
出会った瞬間から千春に惹かれるものがあり、すぐに気になる存在になった。
毎日一緒に過ごしていくうちにそれは好意になって、片想いが続いた。
あまりにも長い時間、自分だけが彼女を好きだったので、きっと片想いのまま終わって、1番好きな女性とは結婚出来ないのだろうと、半分諦めていたのだ。
けれど、その諦める気持ちを捨てたら、彼女は自分を好きになってくれた。
自分の気持ちを受け止めて、そして好きだと言ってくれる。それが、今はとても幸せなのだ。
だからこそ、彼女が知らない男に声を掛けられたというのを聞くと、激しく動揺してしまう。
昔から千春はモテていたし、ナンパなんていつもの事なのだろう。先ほどの会話でも、それが伺われた。秋文もそれはわかっているはずだった。
それなのに、実際に本人の口から言葉に出されると、どうしても心配になり、そして嫉妬から激しく怒りの感情がわいてしまったのだ。
そして、それをぶつけるように彼女に言葉を浴びせて、そして激しく体を求めてしまう。
そんな自分が嫌で仕方がなかった。
もっと彼女を信じて、大切にしてやりたいと思っているのに。
「信じてほしい。」という彼女の言葉を聞いて、俺はこいつを信じてないのか?と動揺してしまう。
信じている。
けれども、俺よりも魅力的な奴が現れたら。そう考えると不安になるのだ。
これは信じてないという事なのだろうか?
今、ずっと考えているあの事を話したら、千春はどうするだろうか?
秋文は、隣で眠る千春をぎゅっと抱きしめる。彼女の体温と鼓動が伝わるぐらいきつく抱きしめるのが、秋文が1番安心する方法だった。
「あき、ふみ……?」
秋文が強く抱きしめたせいか、千春はゆっくりと瞼を開けた。
「悪い……起こしたか?」
「ん………秋文………大好きだよ………すぅー……。」
千春は寝ぼけていたのか、隣に秋文がいるのを確認すると、秋文の体に顔をすりつけながら、笑顔でそく呟くとまたすぐに寝てしまった。
秋文はその愛らしい姿を見てしまい、すぐに笑ってしまう。
こんな近くにいて何を心配しているのだろうか。
千春は、こんなにも自分を愛してくれていると、こんな些細なことで秋文は実感した。
俺は千春を信じているし、きっと大丈夫。
「俺も愛してるよ、千春。」
秋文は幸せそうな寝顔を浮かべる最愛の奥さんに口付けをして、彼女を抱きしめながら、また眠りについた。
彼女の事、そして明日の事を思いながら…………。
☆★☆
次の日。
千春は、誰かに触れられている感覚を覚えて、眠たい目を擦りながら、目を開けた。
まだ朝日が昇ったばかりなのだろうか。
部屋にも、優しい光りが差し込んでいた。
いつもは大きなベットで寝ている千春と秋文だけれど、今日はいつもと違う。旅館の小さなな1つの布団で肩を寄せて寝ていた。
隣にひかれた布団はほとんど使っておらず、1つだけが乱れてしまっている。
使い慣れない布団だけれども、何も違和感を感じないのはきっと隣に彼がいるからだと千春はわかっていた。
「千春、起きたか?」
「ぅん……おはよう、秋文。」
「おはよう。」
秋文はとても穏やかな表情で、千春の髪をすいていた。昨日の少し焦っていた表情とはまるで違う。
普段も秋文の方が早く起きており、彼は朝食の前に自主トレをしていた。そのため、いつも早起きなのだ。その時間に起きてしまったのかな?と思いながらも、起きると隣に秋文がいる事がとても幸せだった。
遠征も多い仕事なので、一緒に寝れないことも多いし、自主トレに行ってしまうと、千春が起きる時には大きなベットにひとりでいる事が多かった。
休みの日だけは自主トレも後にしてのんびりしてくれるのが、千春にとって特別な日だった。
今日はその特別な日なのだ。
そう思いきり甘えたくなってしまう。
「頭撫でてくれてたの?」
「俺がそうしたかったから。……起こしたか?」
「ううん。気持ちよくて、いい夢見た気がする。」
「どんな?」
「んー、わかんない。けど、秋文は出てたよ、絶対!」
千春が夢の話をすると、秋文は笑いながら聞いてくれる。
そのなんという事もない2人の時間が、とても好きで、そして貴重なのだと千春は知っていた。
それを彼にも伝えたくて、千春は少し体を起こして彼に自分からキスをした。
短くて軽いキス。自分からはあまりしないから、少し照れてしまうけれど、したくなったのだから仕方がない。
「………おはようのキスしてなかったから。」
「あぁ、そうだったな。」
そう言うと、秋文もお返しとばかりにキスをしてくる。
啄むようなキスを何回をした後、秋文は両手で千春の顔を包むように触れた。
「昨日は悪かったな。」
「……ううん。私も強く言い過ぎた。」
「それと、夜も。無理させた。」
「そっ、それは………大丈夫。私も、秋文とそのそういうのしたい気持ちあったし。」
「……おまえに触れられてよかった。」
「うん。」
茶化されるかと思ったけれど、秋文は自分の気持ちを素直に話すと、もう1度だけ千春にキスをしてから布団から起き上がった。
「せっかくだし、部屋の露天風呂に入らないか?」
「うん!私も入りたかったの。」
面倒さがりの秋文が温泉に入ろうというのは珍しかったけれど、楽しみな気持ちが勝ってしまい、千春は深く考えずに、脱がされたままだった浴衣を簡単に着直して、2人で露天風呂に向かった。
冬が近づくこの季節の朝は、ひんやりとした空気になっていた。
露天風呂には丁度いい気温で、千春は朝日の輝きと露天風呂から見える山の自然を満喫していた。
小さめのお風呂なので、2人並んで入ると肩が触れ合う。それをいいことに、千春は頭を彼の肩に預けて、寄り添うように景色を見ていた。
「なぁ、千春。話しがあるんだ。」
「うん?なにー?」
今日の観光の話だろうか、そんな風に思って、軽い気持ちで返事をする。
次の言葉は、千春には予想外すぎるものだった。
「俺、サッカー選手を引退しようと思う。」
秋文のいつも通りのしっかりとした口調に、強い言葉。
千春は、秋文の方を呆然と見つめながら、返事をするのに時間がかかってしまった。
それぐらいに、その言葉はとても重要な事だった。
けれど、秋文の瞳を見れば千春にはわかってしまった。
もう、決めたことなのだ、と。
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