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13話「人魚姫の恋」
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「競泳を止めるって決めたのは、自分でした。自分でも勝負事とか合わないと思ってましたし、プレッシャーにも弱いから試合ごとに負担に感じながら生きていくのは無理だなって。それでも水泳は好きなので、水泳に関わる仕事をしたいなって思ってサポートスタッフとして生きていく道を選びました。それは、以前お話ししましたよね」
「うん。教えてくれたよね」
夕影は七星を優しく抱きしめながら、ゆっくりとした口調で話し始める。耳元に彼の吐息がかかって、先ほどから胸の高鳴りがすごいことになっている。七星は自分の手をギュッと握りしめて、なんとか恥ずかしさを堪えていた。
「それを部活の友達や家族やコーチなどに伝えたんです。そしたら、みんな何て言ったと思いますか?」
「………え?」
「『自分で選んだ道だからいいんじゃないか』『プレッシャーに弱いから、そっちの方があってるんじゃないか』っていってくれました。みんな俺の夢を応援してくれたんです」
「………」
「だけど、誰も止めてくれなかったんです。『競泳やめるなんて、勿体無い』『おまえは才能があるからやめるべきじゃない』って誰にも言われなかったんです」
「夕影くん」
七星を抱きしめる腕の力が強くなる。それと同時に、声だけは弱々しくなる。
彼はずっと胸の奥にしまっていた事を話してくれているのだとわかり、七星は思わず彼の方を振り向こうとしてしまうが、それは出来なかった。先ほどと同じように彼の腕が小刻みに震えているのがわかったからだ。
「俺には競泳の才能はないんだ。合っていないんだ。だから、やめた方がいいんだって思っちゃったんです。自分で考えて決めたはずなのに、誰も引き止めてくれないことで、皆にやめろって言われたような気持ちになってたんです。だから、競泳は自分に合っていなかった。自分も他の人もそう思ってたって」
「そんな……」
「だから、七星さんに「競泳を辞めるなんて勿体無い」って言われて嬉しかったんです。俺に才能があるとか、そういう意味で言ったんじゃないっていうのはわかってます。それでも、七星さんに止められたのが嬉しかったんです。その時、わかったんです。俺はやっぱり迷っていたんだって。競泳を続けたかったんだって。今更だけど、競泳が本当に好きだったんだって」
「夕影くんは、競泳再開した事、後悔していないって事?」
おそるおそる聞いた言葉。
それの質問を聞いた夕影が笑った気配を背後で感じた。そして、優しい言葉で返事が返ってくる。
「七星さん、俺にはチャンスをくれてありがとうございます」
夕影はそう呟くと、七星の体をゆっくりと半回転させて正面から七星を覗き込む。
その笑顔は、練習試合で2位になり負けたというのに、とても清々しい笑顔だった。
自分では競泳に向いていないと思っていても、それがとても好きでやり続けたいと願う場合だって大いにありえる話だ。夕影は自分には合っていない。そう思い続けて、それが正しいと思うようにしていた。
本当の気持ちを無視して生きていくのは、どんなに辛かっただろうか。自分と少し似ている境遇に、七星は自分の事と同じように苦しさを感じた。
それと同時に、夕影が本当の事を自分に話してくれたのがとても嬉しかった。
「ありがとう。話してくれて」
「人の意見に左右されるかっこ悪いところ、本当は知られたくなかったんですけどね」
「他の人の言葉で悩む事なんて、誰でもあることだよ」
「それが人生を左右するようなことでも?」
「でも、こうやって最後には自分で決めて、好きなことやってるじゃない。よかったね」
「全部、七星さんのおかげです。やっぱり俺は昔から七星さんと出会う運命だったんだなって思います。いつか、絶対隣に立ってやるんだって思ってましたから」
「見つけてくれてるありがとうって私も思ってるよ」
「……え」
自分でも思い切った事を言ったと思ったが、どうしてもそれは夕影に伝えたかった。
人形姫と呼ばれた頃に私を見つけてくれて、今でもずっと追いかけてくれていて、沢山の人の中から思い続けて見つけてくれた事。それに感謝してもしたりないほど、夕影に出会えてよかったと思えるのだ。
「俺の隣に居てくれるって事ですか?」
「……うん」
「ずっとずっとですか?」
「そうだよ」
「もっともっと近くにいきたいです。七星さん、俺はあなたがずっと好きでした。昔の俺も大好きだったけど、今でもの方が好きが大きくなってるって思います。絶対に大切にします。……俺の恋人になっていただけますか?」
彼のまっすぐとした熱い視線。頬や耳まで真っ赤にした夕影は、七星の肩に両手を置いて、自分の思いの丈を必死に言葉を紡いで伝えてくれた。
それが夕影にとって重要な言葉なのか。これ以上言葉を重ねなくても七星はわかっていた。
七星だって、夕影と同じ気持ちなのだから。
「私も夕影くんが好きです」
「………ありがとうございます!嬉しすぎて、泣きそうです。やばい、本当に俺って幸せ者かもしれない」
透き通った瞳はまるでビー玉のようで、今でもはそれが艶をおびて、雫が落ちそうだった。
夕影は大切なものを扱うように、七星の頬を両手で包み、そのまま距離を縮めた。先ほど、願った事が叶ったのだ。2人の距離はもっともっと近くなる。
七星は緊張で胸が張り裂けそうだったが、そうするのがわかっていたかのように自然と瞼を閉じた。
すると、ゆっくりと唇に冷たい感触を感じた。ああ、これがキスなんだ。今、自分は大好きになった人とキスをしているんだ。そう思うと夕影と同じように涙がこぼれた。
初めてのキスは、七星の大好きなプールの香りに包まれていた。
こ
のキスを、きっと永遠に忘れないだろう。
短いキスだったが、七星にはとても大切な出来事だった。
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