花筏に沈む恋とぬいぐるみ

蝶野ともえ

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14話「ドレス」

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   14話「ドレス」
 




 凛と花のケーキと紅茶が全てなくなったのを見計らって、花はもう1つのお土産をバックから取り出した。
 お土産というほど立派なものでもなく、試作品の段階であるし、プロである彼らに見せるのは少々恥ずかしく、花はそれを手にしながらも、口ごもってしまう。


 「あの、実はこれ、見て欲しいんだけど……」
 「ん?それは何?」
 「約束の物です」
 「もしかして、レース編みのか?」


 クマ様はすぐに察したようで、ソファからテーブルへと颯爽と飛びうつり、花が凛に渡そうとした紙袋を横からサッと受け取る。乱暴な取り方ではなかったが、突然クマ様が機敏な動きを見せたため、花は驚いて「クマ様っ!?」と大きな声を上げてしまう。当人は全くもって気にしていないようでさっさと袋に毛むくじゃらの腕をつっこんでいる
 そんな様子を見た凛は全く驚くことなく、「クマ様は好きなことには真っ直ぐだから」と笑って見守っていた。けれど、凛も中身が気になるようで視線は紙袋へと向けられている。

 花が作ったベージュ寄りの白のレース編みが紙袋から出され、2人の視線を集める。花はその瞬間がとても緊張し、まるで初めて舞台で一人で上がったおゆうぎ会のような気分になった。


 そこには繊細なレースが折り重なったドレスが姿を表した。裾はフリルが何層も重なった華やかなデザインになっており、うえに向かって花のような飾りがついていたら。その花も編んであるもので、少しだけピンク色に染まっている胸元はシンプルなものだが、細かく編んである。
 自分が編んだものといえ、今までの知恵を詰め込んだ自信作だ。だとしても、やはり他の人に見せるのはどうも勇気がいる。
 彼らの次の言葉を発するのに、大分時間がかかったように感じてしまうが、きっと普段と変わらないのだろう。


 「おまえ、………これ、すごいな。可愛い」
 「え……」
 「わぁー!花ちゃん、上手だね!すっごい繊細で綺麗だよー」
 「ほ、本当ですか?」


 2人はまじまじとレース編みのドレスを見つめながら歓声を上げる。
 想像以上の反応に、花はホッとしつつも驚きを隠せなかった。


 「あぁ。これはもう売れるぞ」
 「そうだね。商品化したら即売れるだろうね。それぐらい完成度は高いよ」
 「この部分にビーズとか入れも綺麗じゃないか?」
 「それも綺麗だと思う!けど、レース編みだけの純粋さも捨てがたいけど」
 「まぁ、それもそうだな」


 成人男性がぬいぐるみのドレスを見て、嬉しそうに微笑み、真剣に議論している。そんな様子は珍しくもあるが、今はそう言った趣味を持つ男性も多いのだろう。けれど、花の身近ではそんな人はいなかったので、褒めてもらった事よりもそちらが意外だった。
 けれど、凛はぬいぐるみ店の店主なのだ。可愛い物が好きなのだろう。それにクマ様も。


 「ね、クマ様。着てみてよ。花ちゃんも、このドレス着せてみてもいい?」
 「それはもちろんいいけ凛さんに、型紙もらったから大丈夫だと思うけど、少し心配だな」
 「俺、男用のテディベアなんだが」
 「いいからいいから」


 「しょうがないな」と、言いながらクマ様は凛に手伝ってもらいながら、来ていた服を脱ぎ始めた。
 それを見て、花は咄嗟に視線を逸らした。クマ様は体はテディベアだが、四十九日の奇で魂が入っていると考えれば、元は人間だった存在だ。それに、声や口調、そして凛との話し方で、凛と同じぐらいの年齢ではないかと思っていた。男性の着替えを見るのはどこか居心地が悪く、そわそわして様子で視線を窓の外へと逸らして着替えが終わるのを待った。

 「ピッタリだー!そして、可愛い」
 「初めて作ったのに、このクオリティはすごいな」
 「………」

 
 2人の声が聞こえ、花はすぐに視線をクマ様へと向けた。
 すると、クマ様が花の作ったドレスを着て、くるくるとその場で回ったり、裾をあげたりしてまるでモデルのように凛に見せている。凛もノリノリで、スマホを取り出して動画を撮影している。
 始めは拒んでいたクマ様もわりと楽しんでいるようだった。

 そんな様子と、ドレスがぴったりだったのに安堵して花も写真や動画を撮ったりしている。


 「細かい部分は修正が必要だけど、大体はこのままでも売り出せるな」
 「そうだね。タグ付けたり、着脱しやすいようにもっとボタンつけたりね」
 「……売るつもりなんですか……」
 「花ちゃんさえよければね」
 「でも、そんなに沢山作れないですよ……これだって1週間ぐらいかかったし」
 「ハンドメイドなんだ、それは仕方がない。花浜匙だって、そんなオーダーしてもらって完成するのは時間を貰ってるよ」
 「とりあえず、SNSだな。載せて反応みてみよう」
 「あ、それいいね!」
 「………本当に自分が作ったものが販売出来るの?」


 やる気満々で花よりも自信をもって話しを進める2人だが花は不安で仕方がなかった。
 レース編みも本や動画で学んだだけの独学であったし、家族や友人にあげるぐらいで、全く自信がなかった。心配な声を上げると、クマ様はずいっと自分の体をしゃがんでいた花に近づけてくる。


 「こんな不細工な練習用のテディベアでも、俺は可愛いだろ?このドレスも似合ってるだろ?」
 「え、うん。似合ってる」
 「本当に可愛いよー!クマ様の洋服、ずっとそれにしたら?」
 「まぁ、それはちょっと、な……」


 さすがにドレスで過ごすのはイヤな様子で返事を渋る。
 そんなクマ様を見つめ、花は気になった事を彼らに質問してみる事にした。


 「不細工なテディベアって……もしかして、凛さんが作ったものなの?」
 「あぁ……そうだよ。俺が初めて作ったのがクマ様なんだよ。確かにバランスは悪いけど、上手に出来てるだろ?」
 「………だから、大切なものなの?」


 つい、そんな事を口にしてしまいハッとする。
 大切なものだから、魂が宿ったのか。そう聞いているようなものだ。花が気づいた時には、凛は微笑みながらも少しもの悲しげにクマ様を見つめていた。


 「そうだよ。とても、大切なものだよ。……だから」
 「凛っ」
 

 だから、に続く言葉はクマ様によって遮られる。クマ様の瞳がキラリと鋭く光り怒っているように見えた。そんなクマ様を凛は困り顔のまま眉を下げて微笑んで見ていた。


 「……花ちゃんに、今まで作った洋服の資料を貸してあげるね。今作業場から持ってくるから待ってて」
 「……わかった」

 
 凛はすぐにいつもの穏やかな表情に戻り、そのまま作業場へと小走りで向かった。
 するとクマ様は「脱ぐから手伝え」と言って後ろを向いた。
 それは、「もうその話はおしまい」と言われているようで、花はそれ以上何も言えずにレース編みのドレスに手を伸ばしたのだった。



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