囚われのおやゆび姫は異世界王子と婚約をしました。

蝶野ともえ

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8話「妖精、契約する」

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   8話「妖精、契約する」



 穂純はシャレブレ国のどこにいるのだろうか。そして、元の世界の事を、自分の事を覚えているのだろうか。
 朱栞は、自分の立場のことよりもそれを強く心配していた。
 転移をした後、シャレブレ国では支援はしてくれるようだったが、妖精から嫌われた異世界人は、生きにくいのではないだろうか。
 苦しんではいないか。
 たとえ、記憶がなかったとしても、朱栞はそれだけが心配だった。


 そんな強い気持ちが心の外にも溢れてしまったのだろうか。
 ラファエルは、探し人の事を聞いてきた。
 彼は少し頭を下げて、小さくなってしまった朱栞の目線に合わせてラファエルはまた言葉を重ねた。


 「君は出会った頃から、この世界に来た人の事を心配していたね。元の世界に戻った人や亡くなった人、そして記憶がない人についても、とても心配そうに聞いていた。シュリは、誰か知り合いか誰かがこの世界に来ているのかな?」
 「…………はい」


 そこまで朱栞の気持ちに気づいているならば、朱栞も隠す必要はなかった。それに彼に秘密にする理由もないのだ。話をして協力してもらった方がいいはずなのだ。


 「話してくれるかな?」
 「………榊穂純さかきほじゅんさん。私の探している人です。その人は私の先輩……年上で学校で仲良くしてくれていました。仕事でも大変お世話になっていて、とても信頼している人なのです。そして、その人は5年ほど前にこの世界に転移したと聞いています。記憶が残っていたかはわかりませんけど、ですがもし残っていたとしたら頭がいい人だったので、この異性で役に立っているかと思います」

 
 彼の事を話すだけで、心が暖かくなりそして苦しくなる。もう会えないとわかっていても、気持ちはなくならなかった。そんな相手が居るであろう異世界に自分が居る。そして、少しずつ近づこうとしている。そう思うと、嬉しくて仕方がなかった。
 

 「シュリはその人が大切な人、なのかな?」
 「………そう、ですね……大切です」
 「恋人だった?」
 「それは………違いますけど」


 朱栞が好きな人ではあるが、恋人ではない。一方通行の片想いだ。そこで嘘をついても自分が虚しくなるだけであるし、それこそ嘘をつく理由がない。と、その時は思っていた。
 そう言うと、ラファエルは「よかった」と小さく息を吐き安心したように首を傾げながら微笑んだ。


 「2つ目の契約を話す前に確認しておきたかったんだ。恋人だとしたら申し訳なかったからね。シュリの大切な人がどこにいるのか、私も手助けをしよう。きっと役に立てるはずだ」
 「あ、ありがとうございます!異世界という知らない場所で一人探すのは難しそうだったので……嬉しいです」


 王子であるラファエルの助けを借りられるのは大きな成果だ。転移してからまだ1日も経っていないのに、初めに会ったのが王子というのはが良かった。
 朱栞はホクホクしながらラファエルを見つめ、そして深く頭を下げた。


 「ありがとうございますっ!よろしくお願いします」
 「いいんだ、俺も嬉しいよ。……それでは2つ目の契約も大丈夫だね」
 「は………い?」
 「僕と婚約して欲しい」
 「へ……?」


 このラファエルという男は、人を驚かす天才なのだろうか。
 あまりに予想外の展開に、朱栞は気の抜けた声が出てしまった。それぐらいに、ラファエルの語った契約内容は理解しがたいものだった。


 「結婚ではないから大々的にお披露目する必要はないけれど、報告はしなければいけないね。特に国王と領民にはね。あぁ、その時のドレスも新調しておこうか。白は本番までとっておかなければいけないから、薄ピンクとか黄緑色がいいかな。シャンパンゴールドとかもいいね」
 「ちょ、ちょっと待ってください。話が見えません。どうして、私と婚約だなんて。ハーフフェアリは、かつてない存在なんですよね。そんな私と王子が婚約なんておかしいです。それに契約でそんな事って。どうして、私なんですか?」
 「ハーフフェアリである前から、シュリを見ていたから。その時から、ずっと気になっていたから」
 「どういう事、ですか?」


 彼は以前から朱栞を知っているような口ぶりだった。
 けれど、朱栞は彼を知らない。彼は異世界人。ここに来たばかりなのだから、会う事もなかったはずだ。
 だが、彼が朱栞を見る視線は真剣そのものだった。


 「俺の両親が君を気に入っていたのは知っているだろう。それで、俺が君を知った。そして、話を聞いて会いたくなった。だから、実は君の居た世界に数回転移させてもらったんだよ。そこでパーティーに参加してみていたことがあった。君は自在にいろいろな言葉を使いこなし、話していた。とてもかっこいい女性だと思ったよ。魔法を使っているようだ、と。そこから、君と話をしてみたかった。そして、一緒に過ごしてみたくなった。そして、こうやって実際会ってみて、とても可愛らしい女性だともわかった。俺は君に惹かれているんだよ」
 「…………じゃあ、私がこの世界に転移するのを決めたのは、ラファエルさんなんですか?」
 「それを勧めたのは俺の意見もある。もちろん、それだけではないけど、否定はしないよ」
 「……契約で私と婚約しようと思ったんですか」
 「転移して、君の立場は一気に変わった。他の人に取られる前に俺が守りたいんだ。だから、手段は選ばないよ」
 「………」
 「それにシュリにとってもこれはいい条件だと思う。違うかな?」


 
 目の前の王子は、何を言っているのだろうか。
 異世界に連れて来て、婚約をさせるために条件をちらつかせる。
 これは優しく面倒をみてくれた王子の本当の姿なのだろうか。
 彼はこの契約を結ばせるために、転移してきた朱栞にいち早く出会い、優しく面倒を見てくれたのだろう。そう思えば、面倒なハーフフェアリを匿う理由もあるはずだ。

 けれど、ラファエルが話したように、朱栞の1番の目的を叶えるためには、条件はいいのだ。
 見知らぬ国で異世界人を探すのは難しいだろう。もし可能だとしても時間がかかってしまうに違いない。それに、朱栞はハーフフェアリでもある。その存在がどのように生活に影響するのかも未知数だ。魔法だって、言葉だってまだ覚えていないのだ。一人立ちまでは遠い。


 そうなれば、朱栞のする事は決まっている。


 「………わかりました。ラファエル様、その2つの契約お受け致します」


 契約を承諾するのみだ。

 2つ目の契約は、婚約なのだから穂純が見つかったのならば破棄すればいいだけだとも思った。

 朱栞がやうやうしく頭を垂れると、ラファエルは細い指で朱栞の頬に触れた。その手はいつものように温かかく心地よいはずなのに、朱栞は少しだけ怖いと思ってしまい、小さく後ずさった。
 すると、ラファエルの表情は一瞬固まり、ぬくもりは離れていく。


 「それでは、これからよろしくね。妖精の契約と婚約は後ほど。君を大切にして、守り抜くと誓うよ。俺の婚約者プロメティド


 はにかみ少し頬を赤く染めたラファエルの笑顔の奥にはどんな感情があるのか。
 そんな事を考えると、朱栞は曖昧な笑みを返すしか出来なかった。





 
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