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9話「妖精、言葉を覚える」
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★★★
この日は、シュリと過ごすために1日空けておいたはずだった。
彼女に契約の話をすれば、不信感を感じのはわかっていたはずだった。妖精の契約は良いものの婚約なんて、早急すぎるだろう。シュリの怪訝な表情を思い出してはため息をついた。
けれど、あの人からの連絡を無視する事など出来るはずなかった。
シュリに「急用が出来てしまった」と言って、彼女の元から離れたのはある気配を感じたからだった。自分の領地にある妖精が入ったのがわかったのだ。ラファエル自身の察知能力が高いのもあるが、その妖精の力が強すぎる事が要因だった。
ラファエルが屋敷の1番上にある自室に戻ると、すでにその妖精は部屋に居た。
「………リンネン、来ていたのか」
「こんにちは、ラファエル王子。相変わらずにお美しいですね」
「君ほどではないよ、リンネン。国王様はお元気かな?」
「えぇ。彼は変わらずよ」
リンネイはラファエルの机の端に腰掛け、ゆらゆらと細い足を揺らしていた。
炎のように赤い髪は腰まで伸びており、風が吹いていないが足と同じようにゆっくりと揺れている。シンプルな黒いワンピースに、首には髪と同じ色の宝石が付いたチョーカーをしている。シュリと同じぐらいの背丈の妖精。切れ目で凛とした雰囲気がある妖精だった。
炎の妖精リンネイ。彼女のシャレブレ国国王の契約妖精の1人だ。
現段階で確認されている妖精の中では、トップ3に入る力の持ち主だった。そのため、ラファエルが容易にその存在を確認する事が出来たのだ。
「それはよかったです。それで、今回のご用件は?」
「あら。もう少しお話しましょう」
「私も忙しい立場なのですよ。ご理解ください」
「やましい事があるから早く帰って欲しい、の間違えではなくて?」
「……まさか。何もありませんよ」
お互いに笑顔で話しているが、部屋の中はピリついている。リンネイがここに来ると、ラファエルの契約妖精たちが部屋から出て行ってしまうのはこのせいであった。
ニコニコと彼女の言葉を否定したラファエルを見て、リンネイは鋭い視線を送ったが、すぐに大きくため息をついた。
「国王からの指令書です。例の新しい隠れ場が見つかったので、対応を願いたいとの事です」
「わかりました。すぐに対処します」
リンネイは、小さくしたのただろう指令書を魔法でラファエルの元へ飛ばした。巻かれた紙は魔力が練り込まれた紐で縛られていた。送り手が指定された人物でなければ読むことが出来ない仕組みになっている。それをラファエルはすぐに解き、指令の内容を一読した。そして、頭に入れるとすぐにその紙を燃やした。
「………この大きな魔力、隠しているおつもりですか、ラファエル王子?好き勝手な事はなさらないでくださいね」
いつの間にか、リンネイはラファエルの耳元まで飛んできており、そう囁いた。
内容が違えばドキリとしるほど艶のある甘い声だったが、ラファエルにとっては全く逆の感情を感じるものだった。
「………何の事でしょうか?」
「その嘘くさい笑顔は嫌いじゃないから今日は許してあげますが、報告はします。では、無事指令を遂行出来る事を願っています」
そういうと、リンネンはラファエルの頬に触れて、ウインクをした後に、颯爽と窓から飛び去ってしまった。
いつも彼女の滞在時間は短い。ラファエルと話をしたいと言いつつも、指令を伝えたらすぐに本国へと帰っていく。国王に従順なのだ。
「面倒な事にならないといいけれど。俺がやり遂げる事は1つだけだけどな」
ラファエルは自分に言い聞かせるようにそう一人言葉を落としながら服を脱ぎ、闇夜のように真っ黒な服に手を伸ばしたのだった。
☆☆☆
「契約までこぎつけたら、すぐにいなくなるなんて。やっぱり利用しようとしてたんだわ」
書庫室から戻ってきた朱栞はそう声を荒げて、ベットの上にゴロンと横になった。
それも、すべてはラファエルの行いのせいだった。
2つの契約の話を終えた後、ラファエルは「ごめん。急用が出来たみたいだ」と、言って朱栞との時間を終わらせたのだ。1日空けていると言っていたのは嘘だったのだろうか。
彼は、とても申し訳なさそうな顔をしていたが、朱栞にはどうしても信じられなかった。
本来ならば、精人語や魔法や飛び方などを教えてもらうはずだった。朱栞は早くに言葉を覚えてこの国の人たちと話をしたかったので、その時を楽しみにしていた。が、それも叶わなくなった。けれど、ラファエルは人精語の文字の一覧表と、スペイン語での読み方を書いた紙をくれたのだ。見るからに子ども用の絵本と共に。
「仕方がないから、やれるところまで自分で勉強しないと」
ゆっくりと体を起こし、ラファエルが書いてくれた紙と絵本をベットに並べて、一人勉強をする事にした。妖精の体のままだと、本をめくるのにも一苦労だ。
苦戦を強いられている時だった。
コンコンッ
部屋のドアを叩く音がした。朱栞は少し警戒しながら「はい」と返事をすると、ゆっくりと扉が開き、昨日も面倒を見てくれたメイドが入ってきた。
『失礼致します。ラファエル様より、人精語の勉強を教えるよう言われ参りました』
「………はい」
もちろん、メイドの言葉はわからない。
昨夜、風呂場に向かった時も身振り手振りで何とかコミュニケーションをとったほどなのだ。
朱栞は困った顔をして彼女を見つめていると、メイドは小さく頭を下げたのちに、朱栞の方へと近寄ってきた。そして、ベットに置いてあった紙や本を見つめた後に、ラファエルが書いてくれた表を指さした。そして、ゆっくりと一文字一文字を指を置いていく。朱栞は、その文字を目で追っていくと「お・て・つ・だ・い・し・ま・す」となっていた。
それで、なんとなく彼女がラファエルに命令されてここに来たのだろうと朱栞は理解した。
勉強を手伝ってくれるのは、とてもありがたい。
朱栞は、彼女と同じように表で使って言葉を伝えた。もちろん、指ではさせないので、表の上を移動して、「あ・り・が・と・う」と。そして、彼女の方を向いた後に小さく頭を下げた。
すると、彼女は少し驚いた表情を見せた後に、柔らかく笑みを浮かべてくれたのだ。
彼女は絵本を使って文字を教えてくれた。
そして、彼女の名前が「メイナ」という事も。
朱栞は大好きな知らない言葉を覚えるという行為に没頭し、これからのどうなってしまうのかという不安から少しの間逃げる事が出来たのだった。
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