囚われのおやゆび姫は異世界王子と婚約をしました。

蝶野ともえ

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24話「妖精、気持ちを知る」

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   24話「妖精、気持ちを知る」



 このシャレブレという国で自分がやれる事、やりたい事が決まった。
 そうとなれば、2人の話しは弾む。

 「やはり本を出す方がいいね」
 「そうね。シャレブレではどのように本を作ってるの?」
 「白紙の紙を束ねて、それから魔法で複製するんだ。原本となる本は印字はタイプラターで打ち込むんだ」
 「タイプライターはあるのね!自分の字だと恥ずかしいと思ったから嬉しいわ」
 「では、タイプライターを用意させよう。なんの物語がいいかな」
 「ありがとう、ラファエル。んー……私は思い出がある人魚姫がいいけど、少し悲しすぎる終わりだから」


 本までも魔法で作っているのは驚きだが、少しずつ自分が伝えていきたい話が本になるのは嬉しいことだった。


 「君は、作家として人気になるね!」
 「違うよ。私は翻訳家として出そうと思ってる。人魚姫だって、元の世界でハンス・クリスチャン・アンゼルセンという作者がいるのだから」


 朱栞がきっぱりとそう言うと、「君のそういう物語全部を愛しているところ、かっこいいね」とラファエルは微笑みながら言った。

 この世界で物語を伝えると聞いてから、朱栞は自分の名前では出版しないと決めていた。異世界で、シャレブレ国の人々がアンゼルセンという作者を詳しく知る人はいないだろう。けれど、この素敵な物語を自分が作ったかのように伝えるのは、嫌だったし、そんな風に有名になりたいとも思わなかった。
 物語を伝えたい、自分のように楽しんでほしい。そう思っただけなのだから。


 「わかった。ではそうしよう。それと、俺も人魚姫がいいと思うよ。それに1つにしなくてもいい。同時に、2冊でもかまわないしね」
 「うーん……そこは、いろいろ考えたい、かな」
 「シュリの好きが納得いくまで考えるといいと思うよ。あ、相談する相手は俺が1番にして。メイナばかりだと、さすがに悲しくなる」
 「頼りにしてます、王子様」
 「そこは、婚約者、だろう?」


 含みのあるニヤリとした笑みを浮かべるラファエルは、意地悪な顔をしていた。
 それが悔しくて、朱栞はつい飛び切りの笑顔で「頼りにしてますよ、婚約者さん?」と言い、クスクスと笑った。
 言葉遊びのつもりで、彼もきっと笑うと思っていた。
 それなのに、ラファエルは何故か真剣な表情で朱栞を見つめ始めたのだ。何故急にそんな態度になったのか、朱栞は見当もつかない。


 「ラ、ラファエル?」
 「シュリ……」


 ラファエルの長い指がゆっくりと朱栞の頬に触れられる。そして、顔の輪郭をなぞるように彼の片手に包まれる。彼の顔を近づくと、ラファエルの瞳がうっすらとうるんでいるのがわかった。
 彼の顔がまじかに近づいてから、朱栞はやっと理解した。
 ラファエルはキスをしようとしているのではないか、と。


 キスはしないという約束だったのに。どうして、と思いつつも朱栞の体は動かない。
 その場に流されるような女なんかじゃない。そんな思いと反して、緊張からか彼の瞳から目が離せないのだ。


 「………………ごめん。約束を破るところだった」
 「ぁ、…………うん」


 先に体を動かしたのは、ラファエルだった。
 ハッとしたかと思うと、朱栞から手を離し距離をとった。
 申し訳なさそうに、ラファエルは言うが視線は離したままだった。
 彼の顔はほのかに赤くなっている。その表情を見ていると、朱栞までドキドキしてしまう。気持ちが伝染してしまうようだ。
 朱栞は恥ずかしさを隠すように、彼に質問をした。2人だけの空間で、あんな雰囲気になってからの沈黙は気恥ずかしいからだ。


 「あ、あのラファエル……。私のあなたが話したい事って何だったの?教えて欲しいわ」



 2人の時間を作ってくれたのは、朱栞のためでもあるだろうが、きっとラファエルも話したい事があったのだろう。2人きりで。
 そう思っていた朱栞は、次はラファエルの番だと彼に伝える。


 「俺の話。うん、そうだね。やっぱり君には話しておいた方がいいだろう」


 独り言のように呟いた後の彼の表情は先程の照れ顔が嘘のように真面目になっていた。
 そして、離れていた体を朱栞に向き直して、まっすぐと瞳を見据えた。
 
 朱栞の中で、ラファエルはきっと国王に婚約の挨拶に行く事が、以前の大きな魔力の発生した経緯を教えてれるのか。どちらかだろうと考えていた。
 けれど、その予想はどちらも外れた。


 「君の探していた男性、榊穂純について調べてきたよ」
 「え………」
 「落ち着いて聞いて欲しい。彼は、やはり元の世界の記憶は失っていた」
 「…………」


 久しぶりに聞く愛しい片想いの相手。大好きな先輩の名前。
 ドキドキをするかと思った。思いが溢れて涙が出てくるのかと思っていた。


 それなのに、どうだろう。今の朱栞は冷静だった。

 むしろ、そんな自分を客観的に見て、焦ってしまうほどだった。
 どうして、自分はこんなに落ち着いていられるのだろうか、と。


 「そして、榊穂純は数年前から、行方不明だそうだ」
 「そう、なんだ……」
 「…大切な人なんだろう、ショックを受けるのは仕方がない事だ。俺が見つけ出すから、待ってて欲しい」
 「うん」


 言葉が出ないほど、悲しんでいるのだと、ラファエルは勘違いをしたのだろうか。
 壊れ物を扱うかのように、優しく朱栞を抱き寄せて、そっと頭を撫でてくれる。
 

 朱栞は、穂純ではない男性に抱きしめられながら、自分の気持ちの変化にようやく気がついたのだった。




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