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25話「妖精、恋を知る」
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朱栞は寝られなかった。
ラファエルの腕の中で、朱栞はジッと彼を見つめていた。
綺麗な顔、異世界人の男性とこうやって一緒のベットで眠るなど、元の世界では考えた事などなかった。異世界は現実になるとは知っていたが、まさか自分が選ばれるとは思っていなかった。けれど、こうやってシャレブレに来てラファエルに会ってから、自分自身の世界は変わった。
そして、ラファエルに言われて気づいた。
自分は、この世界で生きるために自分の役割やラファエルの事を考えている、と。
あんなに好きで、長い間片思いしていた穂純の事を、考える暇がなかったのだ。彼のために、ラファエルの契約妖精となり、婚約もした。それなのに、今となってはラファエルの婚約を受け入れ、シャレブレで生きようと役に立つ方法を考えている。
目の前のラファエルに相談し、少しずつ本を出す道筋も立ってきた。
きっと、ラファエルなら笑顔になってくれる。助けてくれる。教えてくれる。
抱きしめて、「シュリ」と名前を呼んでくれる。
生活の中が彼中心になっていたのだ。
それは何故だろう?
そんな事は考えるまでもない。
朱栞にとって、彼は大切な存在になってきているのだ。
優しくて、いつも朱栞を大事にしてくれる。命の恩人でもあり、朱栞に初めて「好き」と言ってくれた人だ。
それが嬉しかったのかもしれない。自分を好きになってくれる人がいる、特別になれている。そんな気持ちで舞い上がっているだけかもしれない。
けれど、自分の中で大きくなる感情があるのに、もう見て見ぬフリなど出来るはずがなかった。
「私、あなたが好きなの?」
その小さな声は、寝ている彼に伝わる事がない。
言葉にした途端に朱栞は感情が高まってきたのか、涙が流れた。
ラファエルに見られる事はないのに、咄嗟にうつむきラファエルの胸に顔をうずめる。
こんなに簡単に穂純を忘れ、違う男性を好きになる事なんてあるのだろうか。
1人の男性しか好きになってこなかった朱栞はわからない。
穂純だけが好きで、愛おしくて、大切だと思っていた。
それなのに、どうして、こんなにも今が幸せだと泣くほどに感じてしまうのだろうか。
「ん、シュリ?どうかした?」
「あ、ごめんなさい。起こしてしまって」
「いいんだよ。それより、眠れない?もしかして、泣いてた?」
ラファエルが起きてしまって、隠れて目元の涙を拭ったが、彼には隠し切れなかったようだ。
ラファエルは朱栞の顔に指を置いて、隠し切れなかった涙に触れた。
「ごめんね。ずっと待っててくれたのに、不甲斐ない結果しか伝えられなかった。次こそは見つけるよ」
「あの、それは違くて……」
「ん?違う?」
「あ、えっと……」
穂純の事が大切だと伝えた時に、きっと彼は気づいてただろう。
朱栞が片思いをしている相手だと。そうでなければ、朱栞は必死になっていなかっただろうし、彼も契約での婚約など結ばなかったはずだ。
それなのに、こんなすぐにラファエルを好きになってしまった。そうと知れたら、なんて移り気も激しい女だろうと思われてしまうだろう。
どう返事をしていいか迷ってしまうと、ラファエルは朱栞の頭の後ろを優しく押して、自分の体に朱栞を閉じ込める。とくんとくんっと彼の鼓動がよく聞こえてくる。最近はこの音を聞いて寝ているので、彼の鼓動を耳にするだけで、安心し眠くなってしまうのだ。
「ラ、ラファエル?」
「…怖い夢、見たの?」
「う、うん……」
「じゃあ、こうやってくっついて寝よう。あと手を繋げばきっといい夢を見れるよ。俺の夢はとても幸せだったよ。君と2人でラファエルの国を飛んで周る、旅をしていたんだよ」
「それは、とっても楽しそう」
「だろう。だから、一緒にその夢を見よう?おやすみ、シュリ」
「うん。おやすみ……」
この人にはきっと秘密がある。
けれど、こんなにも穏やかで自分の好きを朱栞に惜しみなく伝えてくれる。そんな優しい男の人。好きにならないわけがないのではないか。そんな風にさえ思ってしまう。
ゆっくりと瞼を閉じれば、すぐに夢へと誘われる。
どんな夢を見るのか、それがわかっていると不思議と体の力が抜けていくのがわかる。
ラファエルと一緒に温かな風を受けて、草原を飛び回りたい。鳥を追いかけて、競争などするのだろうか。妙に懐かしさを感じながら、朱栞は夢での旅に思いをはせたのだった。
★★★
シュリがいた世界での王子様といえば、優しくてかっこいい、そして強い。
そんな夢のような理想を物語の中で描いていたのだろう。
けれど、実際の王子は違う。
いや、本当にそんな王子もいるのかもしれないが、シャレブレ国では理想の王子と程遠い。
だからシュリにはバレたくなかった。
「いくぞ」
「はい」
この日は街はずれになる廃墟同然の建物周辺に待機していた。
闇夜に紛れるように、ラファエルとリトは真っ黒な服に身を包んでいた。ふわふわとラファエルの傍で浮いている小さな妖精アレイも、黒いマントをつけていた。
ここはある組織の移転した隠れ家である可能性が高いと警備隊から報告があった場所だった。昨晩、先に調査をしたリトが「今日は隠れ家にいる可能性が高いと判断しました」とラファエルに報告したため、ラファエル本人も動く事になった。
今日は違う場所で取引が行われるようで、人員も少なくなっているらしい。そしてラファエルが最も重要視していた人物がこの場所に残るだろうと思われたのだ。案の定、先程大人数がこの隠れ家から出てきたが、対象人物の姿はなかった。リトの調べはやはり正確だ。
必ず、見つけ出す。
必ず、だ。
それが、彼女を悲しませることになったとしても。
ラファエルはギュッと手に力を入れて握りしめる。
ラファエルの言葉の後、3人は急いで、かつ静かに隠れ家に忍び込んだ。
見張りには3人ほど体格の良い男が居たが、リトがあっという間に倒してしまう。彼は気配を消すのが上手く、気づいたころには自分の懐に飛び込まれており、あっという間に短剣で切りつけられる。もちろん、命まではとらない。話しを聞きたい事もあるので生かして連行するのだ。
隠れ家の中は、荒れていた。
家具などはほとんどなく、古く傷ついて中の綿が見えているソファには、汚れた布団が乱雑におかれ、床には酒の瓶が散らかっていた。そして、置くには小ぶりな檻が重ねておかれている。そこには何も入っていない。ラファエルはそれ冷たい視線で見つめ、小さく舌打ちをした。
「いないか、逃げられたのか」
「いえ、まだ奥に部屋があります」
「向かうぞ」
言葉が終わる前にラファエルは音もなく掛けだした。
そして勢いよくドアを開ける。古びた扉のせいか、ギギギッっと大きな音が鳴り響いた。
その部屋は真っ暗だった。
先程の部屋は所々にランプが置かれていたが、ここはそれらもない。
リトが魔法で手の上に炎を作り上げる。ぼんやりとした、灯りがともり当たりを照らす。そこは思った以上に狭い部屋で古くなったベットが置かれており、そこに1人の男性が布にくるまって寝ていた。見た限りラファエルよりも年下だろうが、寝顔が幼く見えるだけで、もしかしたら同じぐらいかもしれない。
「なんだよ。取引失敗でもしたのかよ。戻ってくるの早い」
「寝ている所悪いな」
「なっ」
その男はラファエルの声を聞いた瞬間に飛び起きベットに立てかけていたサーベルに手を取ろうとした。が、それを許すほどラファエルやリトは愚かではない。リトは、すぐにその男に鼻先に剣先を向けた。少しでも動けば肌に傷がつくだろう。
「お、おまえらは誰だよ。最近取引を邪魔してるやつらか」
「君はシャレブレ国の民だろう。まさか、俺を知らないとでもいうのか?」
「は、何言って、お、おまえは……」
「異世界から来たのは昔の事だ、このシャレブレ国の王子の顔ぐらい覚えておいた方がいいぞ」
「…………」
ラファエルは、ゆっくりと男に近づく。
この状況ならば、普通は怯えたり助けを求めたり、言い訳をするものだ。
だが、この男は違った。冷静に、突破策の頭の中で練っているのだろう。そして、この状況に怒りを覚え王子であるラファエルを睨みつけていた。
やはりこの男はやっかいだ。
「榊穂純だな。やっと見つけた。君を探していたんだ」
ラファエルは口元では笑みを見せていたが、とても冷たく低い声言葉が名前を告げた。
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