囚われのおやゆび姫は異世界王子と婚約をしました。

蝶野ともえ

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27話「妖精、後悔をする」

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   27話「妖精、後悔をする」



   ☆☆☆


 この日は何故かソワソワした。
 やりたい事が決まったからだろう。始めはそう思っていたが、どうも違う。
 あまり良い感覚ではないのだ。
 これは妖精の勘なのだろうか。

 この日、ラファエルは朝からピンっとした空気を発していた。
 朝早くにリトが彼を起こして何かを伝えていた。それを朱栞に教えて貰えるはずもない。けれど、部屋に戻ってきた彼の表情は張り詰めたものだった。朱栞は何も言えずに心配そうに彼を見つめると、ラファエルはすぐに笑顔に戻った。そして「何でもないよ。大丈夫」と朱栞の頭を撫でてまた抱きしめてベットに戻る。
 彼の鼓動が早い。彼は嘘つきだ。でも、きっとそれは自分を心配させないように、という配慮だとはわかる。けれど、教えて欲しい。もちろん、そんな事は伝えられないまま彼の温かい抱擁に甘えてしまうのだった。



 この日から、勉強や魔法の練習はなくなった。
 メイナにも「もう教える事はございません」と言って貰えたのだ。どうやら合格のようだ。そして、彼女にも本を作ろうと思うと話すとメイナは喜び、賛成してくれた。「売り出したら絶対に買います。友人にも勧めて、家族にも送ります」と、飛び跳ねるように喜んでくれた。そんな彼女の姿を見て、朱栞はますますやる気になった。


 ラファエルはその日のうちにタイプライターの手配をしてくれたようで、お昼前には城に届いた。メイナに方法を教えてもらいながら、ゆっくりと文字を打つのに慣れていく。
 自分の名前やラファエルの名前を打ちながら、文字の配列や改行、スペース、紙の交換などを試していく。
 その途中で、「穂純先輩」と文字を打つ。

 すると、胸がトクンッと少し痛い感覚が襲う。
 これが片思いの苦しみだと、朱栞は長い間味わってきた。


 「やっぱり、私は穂純先輩が好きなのかしら。でも、ラファエルへの気持ちは……」


 自分は1人の男の人だけを愛し、片思いのまま人生が終わる。
 そう本気で思っていた。

 それなのに、今は自分の「好き」の気持ちがわからない。
 2人の男性の狭間で、ゆらゆらと振り子のように気持ちが揺れている。

 今、穂純に会ったら、好きな気持ちが溢れてくるとも思う。
 けれど、ラファエルのあの純粋で明るい笑みと、一心に愛してくれる気持ち。それも、とても嬉しいと思うし、彼と共に生きていきたいとも思う。


 「恋愛の悩みは慣れてないよ。誰かに相談したいけど。そんな人いないし………」



 朱栞の近い存在と言えば、メイナかもしれないが、朱栞とラファエルは婚約者なのだから他の男性の存在を話すのはまずい。しかもラファエルは王子だ。朱栞が婚約をしているのに、他の男性に現を抜かしていたら問題だ。
 アレイはラファエルにぞっこんであるし、今は彼と一緒にどこかに行ってしまっている。

 妖精の姿の朱栞は、執筆に集中出来ずに、部屋の中をうようよと飛び回り、そして(魔法で小さくした)タイプライターの前に戻る。そんな事を繰り返して1日を過ごしていた。



 その夜。
 朱栞は寝れなかった。
 原因はわかっている。隣にラファエルが居ないからだ。そんな事は時々あった。それなのに、今日は昼と同じように胸騒ぎも感じてしまい、寂しさと焦りが朱栞を襲った。何度もメイナを呼び「ラファエルはまだ?」と聞いてしまうほどだった。その度に「ラファエル様は他の方々とも一緒にお出掛けです。大丈夫です。心配なさらず、ゆっくりお休みください」とベットに戻されてしまう。

 大きなベットで一人で寝ると、こんなにも寒く冷たいのだろうか。
 朱栞はベットの中で自分の体を抱きしめて、目を瞑った。体を温まればきっと寝れるだろう。彼の体温ではないまやかしの温かさだとしても。きっと次に目を覚ませばラファエルは隣りで眠っているだろう。


 そう思った時だった。

 
 ドンッ


 大きな音が遠くで鳴ったような気がした。それは、魔力が弾けるような音。地の底から響く不気味な音だった。
 朱栞はハッとしてベットから飛び起きた。慌てて窓に近づき外を見渡すが、そこには暗闇の城下町と静かな空気があるだけだった。聞き間違いだろうか。いや、微かに魔力を感じるような気がした。

 朱栞は窓を開けて、夜空に向かって飛び込む。


 「あ、羽が……っ」


 朱栞はハーフフェアリ。妖精は夜になると魔力が下がる。そして、朱栞は人間の姿になる。
 そんな事はわかっていたはずなのに、焦りでそれを忘れてしまっていた。

 ガクッと体が地面に向かって降下する。
 何とか1度体制を戻したが、それでも飛ぶことは出来ずに、朱栞の体は無残にも地面にも叩きつけられる。


 「……………っっ!!」


 ドンッという音と共に、全身に鋭い痛みが走る。あまりの痛さに、声も出ない。
 それでも体を起こして、立ち上がろうとした。


 「何の音だ?何かが落ちのか?」
 「あそこに、誰か倒れているぞ!」


 城の守衛だろう。男性が魔法の明かりをこちらに照らしながらかけてくる。
 そして、そこに居たのが朱栞だとわかると、驚きながらも怪訝な顔でこちらを
見た。

 「ラファエル様の婚約者様。こんなところで何をしているのですか?」
 「まさか、夜の散歩中に落ちたのですか。ハーフフェアリ様は、まだ夜の飛行には慣れてらっしゃらないのですね」


 倒れている朱栞を見ても手を差し伸べる事もなく、その守衛達は呆れ半分、ニヤつき半分といった表情でこちらを見下ろしていた。この人達はハーフフェアリである朱栞とラファエルが婚約を結ぶ事に反対していた人達のだろう。
 朱栞は怒りを感じる前に、焦った様子で彼らに話しかけた。


 「先程の爆発音を聞きましたか?あれは何だったのですか?」
 「爆発音?」
 「そんなものは聞いていない。寝ぼけたんじゃないんですか」
 「そんなはずは。ラファエルは、彼から連絡は」
 「ラファエル様はまだご帰宅されていない。婚約者様はベットでも温めてお待ちしていればよろしいのでは。お飾りの異世界人なのですから」
 「…………」


 そこまで言われてしまっては、朱栞は何も言い返せない。
 「わかりました。お騒がせしました。警備、ご苦労様です」と立ち上がり優雅に言う事しか出来なかった。けれど、肌は所々切り傷があり、夜着も泥や草がついている。全く王子の婚約者らしくはないかもしれないが、朱栞の小さな意地でもあった。

 痛む体を堪えながら、よろよろと城の玄関まで戻り、歩いて部屋に戻ろうとした。
 

 「ラファエルっ!!」


 今度こそ彼の魔力の感じ、闇夜の空を見つめる。けれど、それがいつもより弱々しく感じるのだ。朱栞は一気に不安に襲われる。そして、気づいた。ゆっくりと近づいてくる彼は、リトに抱えられているのだ。


 「ラ、ラファエル……その傷は!?どうしたの!」


 朱栞の近くに舞い降りたラファエルは意識がないようだった。それに服はボロボロで肩には大きな傷もある。
 彼に駆け寄り、震える声で彼を呼ぶ。どうしてこんな大怪我をしているのだろうか。彼は大丈夫なのか。朱栞はゆっくりと彼に触れようとした。


 「安心してください。ラファエル様は自分で飛んで帰ると聞かなかったので、私が魔法で無理矢理寝せただけですので」
 「そ、そうだったの……。けれど、怪我が酷いわ………大丈夫……」
 「これはあなたのせいで負った怪我ですよ。そんな心配など止めてください」
 「ぇ………」


 冷たく言い捨てるリトは、それ以上に凍りついた瞳で朱栞を見ていた。
 彼を怒らせるような事態が、自分のせいで起こってしまったのだとすぐに察知した。


 「それはどういう事ですか?私のせいで……どうして、ラファエルが………」
 「愚かですね。本当にあなたは、自分の事しか考えていない。そして、王子の事を信じてなさらない。……婚約者として、私は相応しくない。改めて思いました」
 「っ……それはなぜ………」
 「契約妖精として王子と契約を結んだのに、何故王子にその力を使わせない約束をしたのですか?危険はいつ起こるかわからない。あなたの必要価値はハーフフェアリの莫大な力だ。それさえも、彼に使わせないで意味がないのではないですか?………あの時、あなたの魔法を使っていれば、ラファエル様は怪我を負わなくてすんだのです。あなたとの愚かな約束を、ラファエル様は守り怪我をした。……その事実を、胸に刻んでください」


 とても冷静な言葉だった。
 そして、朱栞にとって重く、胸が傷つく言葉でもあった。けれど、リトが話している事はすべて正論であった。それゆえに、朱栞はショックのあまり、その場から動けなくなった。

 ラファエルを抱えて城に入っていくリト。そして、そこから見える力なく垂れるラファエルの揺れる腕を、朱栞は見つめていたが途中からそれさえも出来ずにその場から逃げたのだった。






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