囚われのおやゆび姫は異世界王子と婚約をしました。

蝶野ともえ

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29話「妖精、キスをする」

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   29話「妖精、キスをする」




 「婚約のお祝いがまだだったな。ラファエルとの婚約を認めてもらったのはこちらも嬉しい。感謝する」
 「いえ……こちらこそ光栄でございます。ラファエル様の婚約者として恥じないよう過ごしていきたいと思っております」
 「それにしても………シュリ、おまえはやはり魔力が高いな。この通信魔法は高い魔力が必要となる。こちらだけでは、こうやって話することは叶わないのだ」
 「そうですが。魔力の力でこうやってアソルロ様とお話しできる事、嬉しく思います」
 「そうかしこまらなくていい。今回は、君の知り合いだと言う異世界人の話しを聞きたい。私たちも手を焼いているんだ」


 思いもよらない話しに、朱栞は驚いた。
 この国で朱栞の知っている異世界人というのは、彼しかいない。穂純だ。
 朱栞は焦る気持ちを抑えて、口をあけた。


 「それは、穂純という男性の事でしょうか?」
 「あぁ。そして、こちらでは名をセクーナと名乗っているらしい」
 「セクーナ……」


 初めて聞いた、彼の別の名前。朱栞は頭の中で反芻する。だが、ラファエルが探していると言っていた穂純の情報を国王が何故知っているのか。朱栞は不思議に思った。
 それに先程国王が口にしていた「手を焼いている」というのは、どういう事なのか。朱栞は疑問だらけだった。
 その表情が鏡の中の国王にも伝わったのだろう。彼も意外そうな表情を見せた。


 「あいつは何も話してないのか。まぁ、あんな事があったのだ……話す事もないか」
 「………恐れながら、国王様。穂純には何があったのでしょうか。手を焼いている、というのは一体……」
 「ラファエルも負傷したのだ、少しだけ私から話そう。後は、直接王子から聞いてくれ」
 「はい………」


 そう言うと、国王の表情は厳しいものに変わった。

 「この国の一番の問題は何だと思う?」
 「え……」


 朱栞はシャレブレ国の暮らしを思い出してみて、何か問題でもあるのだろうか、と疑問に思った。妖精との共存を選んだため自然豊かであるし、皆が平和に暮らしているようにも見える。仕事を持っている人もいるが、魔法のおかげで過度な作業はないとラファエルも話していた。以前にラファエルと話していた「戦争もないと聞いていましたので、伝染病などの病気への対応でしょうか?それとも、暮らしの向上ですか?」と自分の考えを伝えた。だが、王ははっきりと「違う」と否定した。そして、ゆっくりと思い唇を開いた。


 「シャレブレでは、妖精の密売が1番の問題になっている」
 「妖精の密売。まさか、それに……」
 「そうだ。セクーナという男が関与している事がわかったんだ」


 ブルッと体の体温が一気に下がった気がした。
 そして、あたりがグラグラと地震のように揺れているような感覚に襲われた。けれど、何とか持ちこたえてその場に立ち続けた。が、きっと表情は焦りを隠せなかっただろう。


 「穂純さんがそんな事を………」
 「おまえは、その男を随分信頼しているようだな」
 「穂純は、そんな酷い事をするような人ではありません。私が知っている彼は、優しくて優秀で、穏やかな人でした。ですから、何かの間違えではないですか!?」


 国王の前だ。冷静に話しをしなければいけない。そう心がけていたのに、一気にそれは崩れてしまった。焦燥から口調は早くなり声も大きくなってしまう。けれど、それを気にしていられるほど、朱栞は落ち着いてはいられなかった。
 穂純はそんな事をする人ではない。部活では優しく慰めてくれたり、勉強を一緒にしてくれる親切で熱心な先輩。社会人になってからも気にかけてくれ、朱栞の仕事ぶりを信頼し褒めてくれた。大好きな人。
 その相手をそんな犯罪者として扱われているのだから、冷静になれるはずがなかった。
 それが一国の王の前だとしても。

 けれど、朱栞とは違い、アソルロ国王は冷静だった。
 朱栞の話を聞いてなお、質問を続ける。


 「おまえが知っていたのは表の顔。誰しも裏の顔があるものだ。それを見せていなかっただけだろう」
 「そんな事はっ!」
 「では、ラファエルが負傷した原因が、そのセクーナという男にやられたものだと聞いても、おまえはその男を信じるのか」
 「え……」


 その事実は、朱栞を大きく動揺させた。
 ラファエルが負傷した原因は、穂純。穂純が魔法を使い、ラファエルを攻撃したというのだ。到底信じられるものでもなかったが、国王が話した事だ。しっかりとした情報なのだろう。それに、朱栞自身も彼の傷を見ているし、ラファエルが帰ってくる前に大きな魔力と爆発音を聞いていた。あれを穂純が行った。朱栞は、今度こそ立っていられなくなりその場にしゃがみ込んでしまった。

 放心状態の朱栞を見て、国王は何も聞き出せないと思ったのか「異世界での男の様子はわかった。きっと切れ者だったのだろう」と結論付けた。


 「夜遅くに悪かった。ラファエルの事、頼んだぞ。結婚のために頑張ってくれ」
 「お、お待ちください、国王様っ!」


 頭の中で国王の言葉を整理しているうちに、アソルロ国王は話しを閉めようとしているのに気づいた。ハッとして、朱栞は彼を引き留めようとしたが、その言葉は虚しくも届かなかった。鏡の表面がまた歪み始めたのだ。そこにはもう国王の顔はなく、少しすると普通に鏡に戻っていた。


 「穂純さんが妖精の密売をしてる……?そして、ラファエルさんを攻撃した……そんなの信じられない。でも……。それに、最後の結婚のためって」


 考えもしなかった国王からの沢山の情報。それに、飲まれそうになりながらも、朱栞はしっかりと考えた。

 国王の話しを信じれるとすれば、穂純がこのシャレブレ国の世界に来てたら妖精の密売をしているというのだ。
 何故、そんな事をしているのかもわからない。それに、何故そんな密売が行われ、この国で国王も懸念している問題になっているのか。それを朱栞は今まで知ることもなかったのだ。ラファエル達によって、闇の部分を見ないようにしてもらっていただけの事だった。

 朱栞は、気づくと自然に手を強く握りしめていた。自分は守られていた。危険な事は知らなくてもいいのだ、と。シャレブレの事を覚えていくために勉強したはずだし、役に立ちたいと思っていた。けれど、暗い問題は知らなかった。
 それで、本当によかったのだろうか。

 朱栞は地下室の階段をゆっくりと上がった。
 すると、当たりは少しずつ明るくなっていった。朱栞は朝の光りを浴びて、人間から妖精の姿になりながらもゆっくりと歩いた。


 そして、向かったのはもちろん、ラファエルの元へだった。


 守衛の男達はまた来たのか、と言わんばかりにこちらを見ていたが、何も言わずにドアを開けてくれる。朱栞は「ありがとう」と言っただけで、すぐに彼の部屋へと入った。

 まだカーテンは閉められたままで、薄暗い、
けれど、陽の光りが入り込み彼の寝顔はしっかりと見ることが出来た。昨日よりも穏やかな表情のようで、朱栞は安心した。


 「………シュリ?」
 「あ、ラファエル!よかった、目を覚まして。今、お医者様を……」
 「いいよ。すぐに知らせると騒がしくなる。少しだけ2人でいよう。昨日の夜は別々に寝たんだろ?今だけは2人で」
 「わかった」


 慌てて出ていこうとした朱栞を止め、そう言ったラファエルはいつものように優しい口調だったけれど、どこか疲れているようだ。怪我をしたのだ、大分体力を使ったのだろう。

 朱栞は寝ているラファエルの枕元にふわりと降りると、そのまま座って彼の顔を覗いた。


 「大丈夫なの?……とても心配したわ」
 「心配かけて、ごめん。本当に悪かったと思ってる。ちょっとした油断があったよ。俺の悪い癖」
 「………ラファエル。ラファエルは何をしているの?王子なのに、こんな怪我をするなんて。これは魔法による怪我でしょ?これって………」
 「大丈夫だよ。心配しなくていいんだ。俺は必ず君の元へ帰ってくるから」
 

 あぁ、やはり彼は優しすぎる。
 それ故に心配になる。


 「どうして……何も教えてくれないの?私が、異世界人でこの世界に来たばかりだから?」
 「シュリ……?」


 ラファエルは、ゆっくりと体を起こす。まだ本調子ではない体で無理をしているのかもしれない。けれど、朱栞のあふれでる気持ちはもう止められなかった。

 自分勝手なのもわかる。
 けれど、どうしても我慢が出来なかった。


 「私、教えて貰ったの。妖精の密売の事も、それをラファエルは追っていたんでしょ?そして、それは私のためだって。穂純さんが関係しているからなんだよね?」
 「ど、どうしてそれを………」
 「私の大切な人がそんな事に関わっているから、伝えられなかったんだよね。だけど、私は伝えてほしかった」
 「そうか、ごめん……。傷つけると思っていたんだ」
 「ラファエルはそういう事を心配してくれる人だってわかってるけど、やっぱり寂しいよ。私の知らないところであなたが傷つくのは、嫌だ」
 「わかった。朱栞の気持ち、考えてあげられなかった俺の責任だ。許して欲しい」



 ラファエルはそう言って、指で頭を撫でてくれる。
 それは嬉しいけれど、やはり手で包まれるように頭を撫でて欲しいと思ってしまう。ハーフフェアリだから、彼は大切にしてくれるとわかっている。けれど、やはりラファエルよりも小さい体では感じられないぬくもりを感じたいと思ってしまうのだ。


 「シュリが悲しんで、怒っているのに、俺は嬉しいと思ってしまうよ」
 「え……」
 「シュリ。君は俺が少しは好きになってくれた?そんなに心配してくれるぐらいに、大切な存在になっているのかな?」


 ラファエルはそう言って、申し訳なさそうな表情をしながらも口元は微笑んでいる。
 自分は意を決して彼に気持ちを伝えたのに、それを反省をした途端にそんな風に笑うなんて。少し悔しい気もするが、それでも彼が笑っていてくれるのならば、そう感じてしまう時点で朱栞の気持ちはもう決まっているのだ。


 朱栞はラファエルに「目を瞑ってくれたら、教える」と伝えると、彼は「君の顔を見て聞きたいけど、そういう可愛い事言われたら、言う事を聞かなきゃいけなくなるね」と、何故か嬉しそうに笑って、ゆっくりと目を閉じた。

 長い睫毛は彼の目元に落ちる。
 朱栞はジッとそれ見つめた。整った顔というのは、目を瞑っていてもきれいだなと彼の寝顔を見ていつも思っていた。
 朱栞はふわりと飛び、彼の目の前に浮かぶ。

 そして、少しの恥ずかしさを感じながらも彼に近づく。ラファエルがしっかりと目を瞑っている事を確認した後、ラファエルの頬に小さく口づけた。きっと彼にとっては人間の小指を当てられたぐらいの小さな感触だっただろう。
 けれど、ラファエルは驚いた様子で目を見開いて朱栞を見ていた。

 「こういう事、したいと思うぐらいにはラファエルが好きになってます」


 ずっと大切だった人が悪い事をしていたから、別の人に乗り換えた。そう思われたくはない、彼との暮らしを考えるようになってから自分の気持ちに気づいたのだと知って欲しい。

 けれど、今は自分の顔以上に真っ赤になっている彼の顔を見れただけでも十分だ、と思った。
 しばらくの間、珍しく余裕のない彼の様子を眺めていたかった。



 
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