30 / 41
29話「妖精、キスをする」
しおりを挟む29話「妖精、キスをする」
「婚約のお祝いがまだだったな。ラファエルとの婚約を認めてもらったのはこちらも嬉しい。感謝する」
「いえ……こちらこそ光栄でございます。ラファエル様の婚約者として恥じないよう過ごしていきたいと思っております」
「それにしても………シュリ、おまえはやはり魔力が高いな。この通信魔法は高い魔力が必要となる。こちらだけでは、こうやって話することは叶わないのだ」
「そうですが。魔力の力でこうやってアソルロ様とお話しできる事、嬉しく思います」
「そうかしこまらなくていい。今回は、君の知り合いだと言う異世界人の話しを聞きたい。私たちも手を焼いているんだ」
思いもよらない話しに、朱栞は驚いた。
この国で朱栞の知っている異世界人というのは、彼しかいない。穂純だ。
朱栞は焦る気持ちを抑えて、口をあけた。
「それは、穂純という男性の事でしょうか?」
「あぁ。そして、こちらでは名をセクーナと名乗っているらしい」
「セクーナ……」
初めて聞いた、彼の別の名前。朱栞は頭の中で反芻する。だが、ラファエルが探していると言っていた穂純の情報を国王が何故知っているのか。朱栞は不思議に思った。
それに先程国王が口にしていた「手を焼いている」というのは、どういう事なのか。朱栞は疑問だらけだった。
その表情が鏡の中の国王にも伝わったのだろう。彼も意外そうな表情を見せた。
「あいつは何も話してないのか。まぁ、あんな事があったのだ……話す事もないか」
「………恐れながら、国王様。穂純には何があったのでしょうか。手を焼いている、というのは一体……」
「ラファエルも負傷したのだ、少しだけ私から話そう。後は、直接王子から聞いてくれ」
「はい………」
そう言うと、国王の表情は厳しいものに変わった。
「この国の一番の問題は何だと思う?」
「え……」
朱栞はシャレブレ国の暮らしを思い出してみて、何か問題でもあるのだろうか、と疑問に思った。妖精との共存を選んだため自然豊かであるし、皆が平和に暮らしているようにも見える。仕事を持っている人もいるが、魔法のおかげで過度な作業はないとラファエルも話していた。以前にラファエルと話していた「戦争もないと聞いていましたので、伝染病などの病気への対応でしょうか?それとも、暮らしの向上ですか?」と自分の考えを伝えた。だが、王ははっきりと「違う」と否定した。そして、ゆっくりと思い唇を開いた。
「シャレブレでは、妖精の密売が1番の問題になっている」
「妖精の密売。まさか、それに……」
「そうだ。セクーナという男が関与している事がわかったんだ」
ブルッと体の体温が一気に下がった気がした。
そして、あたりがグラグラと地震のように揺れているような感覚に襲われた。けれど、何とか持ちこたえてその場に立ち続けた。が、きっと表情は焦りを隠せなかっただろう。
「穂純さんがそんな事を………」
「おまえは、その男を随分信頼しているようだな」
「穂純は、そんな酷い事をするような人ではありません。私が知っている彼は、優しくて優秀で、穏やかな人でした。ですから、何かの間違えではないですか!?」
国王の前だ。冷静に話しをしなければいけない。そう心がけていたのに、一気にそれは崩れてしまった。焦燥から口調は早くなり声も大きくなってしまう。けれど、それを気にしていられるほど、朱栞は落ち着いてはいられなかった。
穂純はそんな事をする人ではない。部活では優しく慰めてくれたり、勉強を一緒にしてくれる親切で熱心な先輩。社会人になってからも気にかけてくれ、朱栞の仕事ぶりを信頼し褒めてくれた。大好きな人。
その相手をそんな犯罪者として扱われているのだから、冷静になれるはずがなかった。
それが一国の王の前だとしても。
けれど、朱栞とは違い、アソルロ国王は冷静だった。
朱栞の話を聞いてなお、質問を続ける。
「おまえが知っていたのは表の顔。誰しも裏の顔があるものだ。それを見せていなかっただけだろう」
「そんな事はっ!」
「では、ラファエルが負傷した原因が、そのセクーナという男にやられたものだと聞いても、おまえはその男を信じるのか」
「え……」
その事実は、朱栞を大きく動揺させた。
ラファエルが負傷した原因は、穂純。穂純が魔法を使い、ラファエルを攻撃したというのだ。到底信じられるものでもなかったが、国王が話した事だ。しっかりとした情報なのだろう。それに、朱栞自身も彼の傷を見ているし、ラファエルが帰ってくる前に大きな魔力と爆発音を聞いていた。あれを穂純が行った。朱栞は、今度こそ立っていられなくなりその場にしゃがみ込んでしまった。
放心状態の朱栞を見て、国王は何も聞き出せないと思ったのか「異世界での男の様子はわかった。きっと切れ者だったのだろう」と結論付けた。
「夜遅くに悪かった。ラファエルの事、頼んだぞ。結婚のために頑張ってくれ」
「お、お待ちください、国王様っ!」
頭の中で国王の言葉を整理しているうちに、アソルロ国王は話しを閉めようとしているのに気づいた。ハッとして、朱栞は彼を引き留めようとしたが、その言葉は虚しくも届かなかった。鏡の表面がまた歪み始めたのだ。そこにはもう国王の顔はなく、少しすると普通に鏡に戻っていた。
「穂純さんが妖精の密売をしてる……?そして、ラファエルさんを攻撃した……そんなの信じられない。でも……。それに、最後の結婚のためって」
考えもしなかった国王からの沢山の情報。それに、飲まれそうになりながらも、朱栞はしっかりと考えた。
国王の話しを信じれるとすれば、穂純がこのシャレブレ国の世界に来てたら妖精の密売をしているというのだ。
何故、そんな事をしているのかもわからない。それに、何故そんな密売が行われ、この国で国王も懸念している問題になっているのか。それを朱栞は今まで知ることもなかったのだ。ラファエル達によって、闇の部分を見ないようにしてもらっていただけの事だった。
朱栞は、気づくと自然に手を強く握りしめていた。自分は守られていた。危険な事は知らなくてもいいのだ、と。シャレブレの事を覚えていくために勉強したはずだし、役に立ちたいと思っていた。けれど、暗い問題は知らなかった。
それで、本当によかったのだろうか。
朱栞は地下室の階段をゆっくりと上がった。
すると、当たりは少しずつ明るくなっていった。朱栞は朝の光りを浴びて、人間から妖精の姿になりながらもゆっくりと歩いた。
そして、向かったのはもちろん、ラファエルの元へだった。
守衛の男達はまた来たのか、と言わんばかりにこちらを見ていたが、何も言わずにドアを開けてくれる。朱栞は「ありがとう」と言っただけで、すぐに彼の部屋へと入った。
まだカーテンは閉められたままで、薄暗い、
けれど、陽の光りが入り込み彼の寝顔はしっかりと見ることが出来た。昨日よりも穏やかな表情のようで、朱栞は安心した。
「………シュリ?」
「あ、ラファエル!よかった、目を覚まして。今、お医者様を……」
「いいよ。すぐに知らせると騒がしくなる。少しだけ2人でいよう。昨日の夜は別々に寝たんだろ?今だけは2人で」
「わかった」
慌てて出ていこうとした朱栞を止め、そう言ったラファエルはいつものように優しい口調だったけれど、どこか疲れているようだ。怪我をしたのだ、大分体力を使ったのだろう。
朱栞は寝ているラファエルの枕元にふわりと降りると、そのまま座って彼の顔を覗いた。
「大丈夫なの?……とても心配したわ」
「心配かけて、ごめん。本当に悪かったと思ってる。ちょっとした油断があったよ。俺の悪い癖」
「………ラファエル。ラファエルは何をしているの?王子なのに、こんな怪我をするなんて。これは魔法による怪我でしょ?これって………」
「大丈夫だよ。心配しなくていいんだ。俺は必ず君の元へ帰ってくるから」
あぁ、やはり彼は優しすぎる。
それ故に心配になる。
「どうして……何も教えてくれないの?私が、異世界人でこの世界に来たばかりだから?」
「シュリ……?」
ラファエルは、ゆっくりと体を起こす。まだ本調子ではない体で無理をしているのかもしれない。けれど、朱栞のあふれでる気持ちはもう止められなかった。
自分勝手なのもわかる。
けれど、どうしても我慢が出来なかった。
「私、教えて貰ったの。妖精の密売の事も、それをラファエルは追っていたんでしょ?そして、それは私のためだって。穂純さんが関係しているからなんだよね?」
「ど、どうしてそれを………」
「私の大切な人がそんな事に関わっているから、伝えられなかったんだよね。だけど、私は伝えてほしかった」
「そうか、ごめん……。傷つけると思っていたんだ」
「ラファエルはそういう事を心配してくれる人だってわかってるけど、やっぱり寂しいよ。私の知らないところであなたが傷つくのは、嫌だ」
「わかった。朱栞の気持ち、考えてあげられなかった俺の責任だ。許して欲しい」
ラファエルはそう言って、指で頭を撫でてくれる。
それは嬉しいけれど、やはり手で包まれるように頭を撫でて欲しいと思ってしまう。ハーフフェアリだから、彼は大切にしてくれるとわかっている。けれど、やはりラファエルよりも小さい体では感じられないぬくもりを感じたいと思ってしまうのだ。
「シュリが悲しんで、怒っているのに、俺は嬉しいと思ってしまうよ」
「え……」
「シュリ。君は俺が少しは好きになってくれた?そんなに心配してくれるぐらいに、大切な存在になっているのかな?」
ラファエルはそう言って、申し訳なさそうな表情をしながらも口元は微笑んでいる。
自分は意を決して彼に気持ちを伝えたのに、それを反省をした途端にそんな風に笑うなんて。少し悔しい気もするが、それでも彼が笑っていてくれるのならば、そう感じてしまう時点で朱栞の気持ちはもう決まっているのだ。
朱栞はラファエルに「目を瞑ってくれたら、教える」と伝えると、彼は「君の顔を見て聞きたいけど、そういう可愛い事言われたら、言う事を聞かなきゃいけなくなるね」と、何故か嬉しそうに笑って、ゆっくりと目を閉じた。
長い睫毛は彼の目元に落ちる。
朱栞はジッとそれ見つめた。整った顔というのは、目を瞑っていてもきれいだなと彼の寝顔を見ていつも思っていた。
朱栞はふわりと飛び、彼の目の前に浮かぶ。
そして、少しの恥ずかしさを感じながらも彼に近づく。ラファエルがしっかりと目を瞑っている事を確認した後、ラファエルの頬に小さく口づけた。きっと彼にとっては人間の小指を当てられたぐらいの小さな感触だっただろう。
けれど、ラファエルは驚いた様子で目を見開いて朱栞を見ていた。
「こういう事、したいと思うぐらいにはラファエルが好きになってます」
ずっと大切だった人が悪い事をしていたから、別の人に乗り換えた。そう思われたくはない、彼との暮らしを考えるようになってから自分の気持ちに気づいたのだと知って欲しい。
けれど、今は自分の顔以上に真っ赤になっている彼の顔を見れただけでも十分だ、と思った。
しばらくの間、珍しく余裕のない彼の様子を眺めていたかった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる