極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました

蝶野ともえ

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21話「あの曲」

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   21話「あの曲」




 ずっと使い続けて愛着のある皮製のキーケース。カチッとスナップボタンを外してキーフックにかけてある鍵を眺める。そこには2つの鍵がついていた。
 1つは畔の自宅。もう1つは、椿生の家のものだった。手の中で光る真新しい鍵を見て、畔は思わずニヤけてしまう。

 今朝、畔が出掛ける時に椿生から渡されたのだ。


 『このスペアキー持ってて。多分、俺の方が帰ってくるの遅いだろうから、家でゆっくりしてて』
 『鍵………貰ってもいいんですか?』
 『一緒に住むんだから当たり前だろ?どーぞ』


 椿生は畔の手を取り片手に鍵を載せた後、もう片方の手でギュッと鍵を包み込んだ。そして、『大切にして』と、口の動きで言われたので、畔はコクコクと頷いた。
 椿生が言った通り、畔の方が早くに帰宅したので、その鍵を使う事になったのだ。

 ドアの前で鍵を十分に眺めた後、鍵穴に差し込みドアも開ける。


 (ただいま………なんて、ね)


 恋人の家で「お邪魔します」ではなく、「ただいま」と言えるのが、妙にくすぐったい思いになる。





 誰もいない彼の部屋に自分一人。少し変な気分だった。けれど、畔は休む暇なくキッチンへと向かった。
 畔は帰りにスーパーに寄って買ってきた食材で夕食の準備をするためだ。
 彼の好きなものはどこか子どもっぽいもので、ハンバーグやパスタ、肉じゃが。この日はおろしハンバーグにして、他は和食に決めた。外食が多いと聞いていたので、なかなか和食は食べないと思ったのだ。
 特別に得意というわけではない料理だが、一人暮らしをしていたのだ。簡単なものは出来る。畔は黙々と料理を行った。



 途中、キッチンに誰か入ってくる気配を感じ、畔はハッとそちらを見た。すると、ニコニコとした顔でこちらを見ている椿生の姿があった。スーツ姿はやはり何度見てもかっこいいと思い、畔は見惚れてしまう。


 『おかえりなさい』
 『ただいま。料理してくれたんだ。調味料とか、重かっただろう?大丈夫だった?』
 『はい。いろいろあったので、マネージャーさんが付き添ってくれたので、大丈夫でした。あの、勝手にやってまったんですけど……お食事とお風呂、どちらを先にしますか?』
 『…………ご飯にしようかな………』
 『どうしました?』


 何故か照れて耳を赤くした椿生の顔を覗き込む。けれど、『何でもないよ』と言うだけで、彼は着替えに行ってしまった。
 畔は不思議に思いながら、彼を見送り料理を急いで完成させた。








 『おいしいよ、ありがとう。……手作りの料理を食べたのなんてかなり久しぶりだな』
 『お口に合ってよかったです』


 椿生は畔が作った料理をあっという間に食べてくれた。少し作りすぎたかなと思ったが、彼は全て食べてくれた。やはり男の人が食事の寮はすごいなと感じ、畔は次は多めに作ろうと心の中で決めていた。






 『それで、報道の事はどうだった?社長とは話が出来た?』
 『はい。社長は怒ってはいなくて、報道がいきすぎていたのではないかと………』
 『それはあるだろうね。アーティストが好きなことをしただけなんだから。……俺がでしゃばり過ぎたかもしれないけど』
 『それはないです!私は……助けてもらえて嬉しかったですし、あの場で騒ぎになるのはまずかったと思います』
 『そうか』


 椿生が食後のコーヒーを淹れてくれ、リビングのソファに座りながら、今日の事を話した。彼も随分心配してくれていたようだが、食事の時間は我慢してくれていたようだった。ゆったりとした時間で、畔たちは手話ではなくノートで会話をした。


 『じゃあ、無事に解決かな』
 『ファンを心配させてままはダメなので、本当の事を伝えました。今日、動画で伝えました。明日公開すると思います。そこで、新曲を早く歌ってみたくて一人で路上ライブをしてしまった事。そして、助けてくれた人は………その…………私の大切な人だ、と伝えてきました』



 その文字を書くまで大分時間がかかったが、彼には事前に伝えておきたくて、伝えた。そのために、公開する日も明日の朝にして貰ったのだ。
 畔の言葉を見て、椿生は優しく微笑み、畔の頭を撫でてくれた。


 『俺を紹介してくれるんだ。ありがとう』
 『あのもちろん身分は隠します!一般の方とお伝えするので、椿生さんにはご迷惑をかけないようにしますので』
 『…………ありがとう』


 2回目のありがとうの時、椿生の表情が変わった。先ほどまでの笑みから、困った顔で何か悲しげに見えた。
 時々見せる彼の表情。畔はそれが気になって仕方がなかったが、聞けるはずもなかった。
 自分がそうさせているのではないか。そんな風に思ってしまうのだ。


 『社長も1度会いたいと行っていました』
 『それは緊張するなー』


 椿生はそう言い笑いながらコーヒーを一口飲んだ。悲しげな顔はすぐになくなり、畔は少しホッとして同じようにコーヒーを飲んだ。
 畔にはミルクと砂糖が少しずつ入っている。ほろ苦いけど少しだけ甘い。そんな彼の淹れるコーヒーに畔はすっかりハマっていた。
 そんなコーヒーを一気に飲んだ後、畔はテーブルにカップを置き、隣に座る彼の方へと体を向けた。

 真剣に椿生を見つめる。


 『椿生さんに、お話があります』
 『ど、どうしたの?急に………』


 畔のまっすぐな視線を受けて、椿生は驚きつつもこちらを向いてくれる。同じようにテーブルにカップを置き、少し背筋を伸ばして畔の方を見た。
 ノートではなく、直接手話で話をしたいも思い、畔はゆっくりと手を動かした。


 『椿生さんにお願いがあるんです』
 『お願い?何だろう?』
 『恋人の畔ではなく、歌手のhotoRiとしてのお願いです』


 声を出すわけでもないのに、畔は深呼吸をした後、1度唾を飲み込み、それから手話を始めた。


 『椿生さんが作った曲を私に提供してくれませんか?』
 『………俺の曲を?』
 『はい。椿生さんの曲は不思議で、楽譜を見ただけなのに自分の曲のようにすんなりと頭で再生出来たんです。それに、旋律がとても綺麗で、あの日から頭から離れない……忘れたくない曲になっているです。この曲で歌ってみたい。歌詞をつけたいって思うんです』


 椿生がピアノを弾いていた時の雰囲気、楽譜をみた時の感動を畔は今でも覚えていた。
 新曲の事を考えると、その曲が頭の中に流れてしまう。それぐらい、畔は気に入っていた。
 本当に大好きな曲になっている事を畔は彼に伝えたかった。


 『無茶な事を言っているのはわかっています。でも、大好きになってしまったんです。あの曲に歌詞を歌声を……そして、タイトルをつけたいです。』
 『畔ちゃん………』
 『もちろん、提供していただくのですからお金は支払います。社長もマネージャーもそれは了解しています。完成したものを聞いて判断してもらうことになってはいますが、私は必ず素敵な曲が出来て、みんなに納得されると確信していますっ!』


 畔が手話で熱弁した後、彼の瞳をジッと見つめる。驚きと困惑した表情の後、椿生は目を細めて微笑んだ。


 『そんなに気に入ってくれたなんて、俺は嬉しいよ』
 『じゃあ………!』
 『昔作ったものだから訂正したい部分とかあるけど……畔ちゃんが望むのならば、あの曲を提供するよ。その方が、あの曲も喜ぶだろうしね。………素敵な曲にして欲しい』
 『あ、ありがとうございます!絶対にいい曲にしますっ!』


 畔は、深く頭を下げるが椿生は畔の肩をポンポンッと撫で「そこまでかしこまらないで。お願いって聞いたから、もう帰りたいとか言われるんじゃないかと思ったよ」と、椿生は苦笑いをした。


 『そんなはずないです!私はとても嬉しいです』
 『そっか。………これから、2人でいい曲作りをしようね。まぁ、俺は役に立つかわからないけど』
 『そんなことないです!よろしくお願いしす』


 畔が椿生に手を差し出す。
 すると、その手を見て、少し驚きながらも彼は大きな手で畔の手をとってくれた。
 繋いでくれた手から彼の温かさが伝わってくる。

 畔は、その繋がれた手を見つめながら、あの曲がどんなものになるのか、今から楽しみで仕方がなかった。





 
 
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