△は秘密色、○は恋色。~2人の幼馴染みを愛し、愛されてます~

蝶野ともえ

文字の大きさ
37 / 40

36話「忘れない愛しさ」

しおりを挟む




   36話「忘れない愛しさ」





 宮が澁澤と会い、そのまま目の前からいなくなってから3日が経った。
 仕事が終わり、図書館から出てきたら車を停めて宮が待っていてくれるかもしれない。そう思って扉を開けては悲しくなる事が3回も続いていた。
 その間、警察が話を聞きに来る事はあったが、宮については「ただいま捜査中なので」と、詳しくは教えてくれなかった。虹雫の話を聞いてくる警察官は、朽木くちきという男性だった。細いフレームを掛けたつり目の男で、口調も態度も真面目だが、尋問されているような気分にさせる口調で怖いなと思ってしまう。高校生の時の話も「すぐに警察に連絡していただければよかったものを」と怒られてしまい、申し訳ない思いもあったが、悲しさも感じた。脅された時の怖さと苦しみに共感もしてくれずに、話も丁寧に聞かずに説教をしてくる。
 こんな人と宮は話をしているのだろうか。そう思うと不安が募るばかりだった。



 そんな3日目の夜。

 何度目になるかわからないため息をついていつもの帰り道を歩く。
 と、自分の部屋の近くに差し掛かると扉の前に誰かが立っているのに気づいた。一瞬、宮だと思ってしまったが、すぐにそれは違うをわかる。彼よりも小柄で若い男性だった。黒いフード付きのジャンバーに黒いズボンという黒ずくめの恰好に少しゾワリとしてしまうが、すぐにある事に気付く。


 「……もしかして、蜥蜴さん、ですか?」
 「正解ー!すごいですね、僕は虹雫さんの事は何度か見てますけど、あなたは初対面なのに。女の勘って奴ですか?」
 「え、えぇ、……そんなところです」


 裏社会に生きる人。
 怖い雰囲気とは打って変わって、明るい口調でニコニコと笑う蜥蜴は人懐っこささえもある。
 それが逆に怖いと感じてしまうから不思議だ。そんな虹雫の気持ちを知ってか知らないふりをしているのか。蜥蜴はトコトコと虹雫に軽い歩調で近づいてくる。


 「実は、虹雫さんにプレゼントがありまして」
 「プ、プレゼントですか?」
 「はい。手出してー?」
 「え、あ、はい」


 突然の事に恐る恐る、蜥蜴の方へと手のひらを伸ばす。
 そこにポトンッと落ちてきたのは、冷たい小さな金属。どこかの鍵だった。


 「これは?」
 「それ、宮さんのうちの鍵。合鍵貰ってたんだー。いいでしょ?」
 「あ、合鍵!?」
 「嘘うそ。ビックリた?俺が勝手に合鍵作っただけー」
 「そっちの方がビックリしますけど……」


 法外の事をやすやすと行える事や、それを悪びれる事もない態度に驚き続けていると途中から呆れるしかないのか、と虹雫は苦笑しか出来なかった。


 「そろそろ、宮さん戻ってくると思うから、おいしい手料理作って待ってたら、きっと喜んでくれると思いますよー。ね、いい作戦でしょ?」
 「み、宮が戻ってくるんですか!?」
 「うん、よかったね。虹雫さん、大好きだもんね。早く会えるといいですね」
 「………はい。でも、どうして、私のところに来てくれたんですか?」
 「僕と宮さんの契約はおしまいだからね。最後に、宮さんにサプライズしたくて。きっとあの人が貰って嬉しいのは虹雫さんだからね。僕のプレゼントになって欲しくて。お願いしていい?」
 「蜥蜴さん、もう宮とは会わないんですか?」
 「うん。だって僕と君たちは住む世界が違いますから。あんまり近くに居すぎると、君たちに迷惑がかかっちゃう。闇の世界ってそうところだから。虹雫さんは来ちゃダメですよー」


 そういうと、蜥蜴はポンポンっと虹雫の頭を撫で、そのまますれ違い去っていこうとする。
 この人は、闇の世界で生きる怖い人なのかもしれない。
 契約だから、宮の手伝いをして自分を助けてくれたのだ。それはよくわかっている。
 だけれど、目の前の彼は怖いとも思えない。最後に人を喜ばせるために動いてくれる人なのだから。
 そう思うと、虹雫の口は自然と動いていた。


 「蜥蜴さん、私の物語を助けてくれて、ありがとうございましたッ!!」
 

 夜中にしては大きな声だったかもしれない。
 けれど、蜥蜴を飛び止めるには必要な音量だった。
 すると、蜥蜴はピタッ動きを止めてからくるりとこちらの方を向いた。


 「……好きな人なんて一生出来ないと思ってたけど、相思相愛の恋人っていいなって思えたよ……」
 「え?ごめんなさい、うまく聞こえないです」


 小さく唇が動いており、蜥蜴が何かを言っているのがわかるが、その声は虹雫の耳までは届かなかった。
 虹雫が聞き返すと、蜥蜴はニッコリと笑って今度は虹雫と同じぐらい大きな声で返事をした。


 「部屋のドアの前に置いてあるの、宮さんに渡しておいてー!お金貰いすぎちゃったから返すって!」
 「え、お金?」


 虹雫がすぐに無造作に置いてあった紙袋の中を見ると、そこには札束が3つほど入っていた。総額300万。虹雫は見た事もない大金に悲鳴を上げそうになる。


 「蜥蜴さん、これッ!………あ、あれ?」


 振り返ると、そこには蜥蜴の姿はなくなっていた。
 

 「やっぱり不思議な人だな」


 突然現れて、忽然と消える。神出鬼没とはこういう事を言うのだろうな、と虹雫は思った。
 彼がいなければ、きっと宮は一人で澁澤と対峙する事になっていたのだろう。もしかしたら、違った世界になっていた可能性がある。それを考えると、蜥蜴の存在は大きいはずだ。
 虹雫はもうすでにいなくなった蜥蜴に向けて、深くお辞儀をした後に紙袋を大切に抱きしめて、その場から駆け出した。

 目的地はもちろん宮の家だ。
 虹雫は、彼に会える事を迷いもなく信じて、急いで部屋へと向かったのだった。




 蜥蜴が渡してくれた鍵は、すんなりと宮の部屋の扉を開けてくれた。
 信用していなかったわけではないが、「本当に開いた」と驚いてしまう。
 真っ暗な部屋。電気をつけて「お邪魔します」と声を出すがそれに返事をしてくれる者はいない。
 虹雫は、蜥蜴の言葉を信じて食材を買って部屋に来ていた。キッチンにそれらを置いて、リビングに足を踏み入れる。少し散らばっており、ソファには宮の脱ぎ捨てた服、テーブルには飲みかけのペットボトルとコンビニで買った菓子が置かれていた。そして、その脇にあったものを見た瞬間、虹雫は目を大きくあけてテーブルに駆け寄った。


 「これ、私の日記。どうして、燃やしたはずなのに……」

 火を囲んで「忘れる」と約束を交わしたあの日の記憶が蘇ってくる。
 あの日、夢を書き綴り、執筆の記録を残していた日記。それを燃やす事で小説家になる夢も生み出した作品も、澁澤に脅され盗作された事も忘れるはずだった。燃やしたはずの日記を宮が持っていた。どうして?と思い、その時の事を思い出す。そういえば、燃やす直前に宮が水を買ってきて欲しいと虹雫に言ったのを思い出した。そして、コンビニで水を買ってくると、すでに日記は燃えていたのだ。宮は日記を燃やさずに、何か他の本を燃やしていたのだ。

 その事を初めて知った虹雫は驚きと、宮の「忘れたくない」という気持ちと行動に胸が熱くなった。

 自分は恐怖から忘れる事を望んだ。
 けれど、宮はずっとずっと虹雫の夢を大切にしてくれていた。
 その気持ちを抱きしめるように、虹雫は日記を胸に抱き寄せて目を瞑った。


 「宮、早く会いたいよ……」


 それが虹雫の1番の願いだった。
 その願いが届いたのだろうか。ガタンッと玄関から音が響いた。
 それと同時に「蜥蜴か?勝手に合鍵つくったのか、それとも不法侵入か?」と、宮の疲れた声が聞こえた。虹雫の靴が置きっぱなしになっているのにも気づかずに、蜥蜴が部屋にいると思っているようだ。虹雫は日記を持ったまま、駆け出した。声よりも体を先に動かしたかった。1秒でも早く彼に会いたかった。


 ドタドタッと玄関に向かうと、宮は「……やっと戻ってこれた。予想外に時間がかかった」とため息をつきながら、ゆっくりと顔を上げた。
 そして、宮の視線と虹雫の視線が合うと彼は驚いた表情になり、そしてすぐに顔を歪ませた。


 「虹雫っ!どうしてここに……」
 「宮、私あなたに会いたかったの。だから、来ちゃった」
 「………ごめん、迎えに行くって約束を守れなくて」
 「それはいいの………!だって、宮は私を守ってくれた。小説も夢も、自信も。そして、私を愛してくれていた。それなのに、私、ずっと自分のことばっかり、ごめんなさい」
 「虹雫。俺は、虹雫が好きなんだ。ただそれだけだよ」


 虹雫の謝罪の言葉。
 宮は影でずっと愛していてくれていた。「愛しているよ」と囁くよりもずっとずっと深い愛をくれていた。それなのに、それにも気づかずに一人悲しんで片思いだと苦しんでいた。
 「ありがとう」だけでは足りない。「ごめんなさい」だけでは許されない。
 どんな言葉を言えば彼に気持ちは伝わるんだろうか。

 宮を見つめながら言葉を探すが、どの言葉も当てはまらない。
 口を開いて声を出そうとするが、なんといえばいいのかわからず黙ってしまう。ただただ、瞳から涙がこぼれるだけだった。
 そんな虹雫の頬に温かい手が添えられる。大好きな宮の手だ。ごつごつとして、細い、男の人の手。


 「…………虹雫、俺の事を愛してるって言って。その言葉をずっと俺は待っていたんだよ。全てが終わった後に、君から聞きたかった言葉なんだから」


 あぁ、いつもの宮だ。
 この言葉も優しさも温かさも匂いも切ない笑みも。全てが大好きな宮だった。


 「宮、私は宮をずっとずっと愛しています」
 「うん、俺も愛してるよ。ずっとずっと昔から今も、これからも。虹雫だけが好きだよ」


 宮の瞳が潤んでいる。
 あぁ、宮も同じ気持ちなのだ。
 愛しくて大切で会いたくてたまらなかった。そんな感情で、瞳が揺れている。

 虹雫も彼の頬に両手を添えて、宮の目元を優しく親指でなぞる。
 その感触に宮は目を細め、小さく微笑む。彼が笑えば、私も笑顔になる。
 2人は笑みを浮かべ、そして自然と距離を縮める。そして、ゆっくりとお互いの存在を確かめるように唇を合わせる。

 全てが終わった日。
 気持ちをさらけだした、涙を見せあった、心から向き合い、お互いの好きを知れた日。
 やっと本当の恋人になり、繋がれた気がした。


 その後は呼吸さえも奪い合うようなキスが続く。
 やっと手に入れられる。自分だけの恋人。その幸福を全身で確かめるように、虹雫は宮から与えられる甘い熱を受け入れ、長い長い夜を過ごしたのだった。
 


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...